あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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本編

30.取材の日

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 その日は、営業時間終了後に一件の取材が入っていた。都心部でもやや広範囲のスイーツ特集の雑誌取材で、区のおすすめにピックアップされたというのだから光栄なことだった。

 その日も夕方より少し前に商品は完売し、東は店じまいの作業をしているところだった。和山が会計関係の処理をし、外に出している看板などを下げる作業は東が担当していた。ちょうど東が表の立て看板をしまったり照明を消したりしているところに、蓜島がやってきた。
「今日はもうお終いですか」
「蓜島さん! お疲れ様です、そうなんですよ。今日はもう売り物なくなっちゃって。蓜島さんはこんな時間に帰りですか?」
「はい、今日はたまたま外出先から直帰だったもので。あと少し、労働環境が改善したので早上がりできるようになりました」
「わ、よかったですね~。蓜島さん、大変そうでしたもんね」
 店先で会い、話すことはなかなか珍しいことだったが、もちろんお互いに不慣れな場所というわけではないので自然といつも通り話は弾んだ。

「お疲れ様です、今日はもう店じまいですか?」
 二人が話しているところに、一人の女性がやってきた。
「今日はもう完売で……あ、もしかして取材の方ですか?」
「はい、東さんですよね。本日担当いたします田崎と申します、よろしくお願いします……」
 綺麗なジャケット姿のいかにも仕事ができそうなその女性は、今日の取材に来てくれる予定だった人だった。
 綺麗なお辞儀をして東に挨拶をしてくれた田崎の言葉が曖昧に途切れたのは、その瞳が蓜島を捉えた瞬間だった。
「? どうかされましたか?」
「……通成さん?」
「……冴子さん」
 二人の目が合い、その場所だけ一瞬時が止まったような感じがした。二人はそれからぽつりと名前を呼び合った。

 その瞬間に、東は色々と察してしまった。親しい人がさほど居ないと話していた蓜島が、名前で呼び、また名前で呼ばれる間柄の女性。
「お二人、お知り合いなんですか?」
 なんとなく予想がつきながらも、東はそう尋ねた。そう話すことがこの場では自然だと思ったからで、事実を知りたかったわけではない。
「……ええ、少し前のことですが、ちょっと付き合いがありまして」
「そうなんです、すごい偶然。本当に久しぶりね。変わってないからすぐわかったわ」
「……田崎さんは雰囲気が変わられていて、気づかなかったです」
「ふふ、そう」

 二人は気まずそうにしながらも、かつて親しかったことがわかる空気だった。さすがにこれを察せられないほど、東も鈍くはなかった。
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