あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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本編

35.二人の時間

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 東の心の中のざわめきを他所に、二人の時間はゆったりとしていた。

「蓜島さん、本当に最近帰りが早いんですね」
 以前は蓜島がふらふらになって倒れる寸前のような働き方をしていたのに、ここ最近は夕方に帰宅し、こうして東と二人で食事をするような日も少なくない。

「はい。実はあの激務だった期間に社員たちにも協力いただいて、思い切って労基も入れたうえで、言葉だけでないちゃんとした働き方改革のようなものをしまして」
「おお、すごいですね。そこまでやるのも正直大変ですよね」
「ええ。でもおかげで大幅に労働環境と業務量が見直されたので、ようやく常識的な時間に帰宅できるようになりました」
 東もかつてはとんでもないブラック企業に勤めていた。そんなときに蓜島のように動いてくれる上司や同僚が居たら、安心しただろうなと東は思う。
「本当にご苦労様です。蓜島さん、きっと職場では頼れる上司って感じなんだろうなあ」
「周りが優秀なんです。私は立場の割に年が若いですから、頼られるって感じではなくて。信頼されているとは思いますが」
 蓜島は謙遜するが、蓜島が若くしてどんどんと出世していっているのは紛れもない事実である。蓜島は一見とっつきにくそうに見えて、関わっていくほどに嘘のない誠実な男なのだということがわかるから、部下たちや取引先からの信頼も厚かった。


「…じゃあこれからは、こうしてふたりで過ごせる時間が増えるって思っていいんですか?」
「はい、もちろんです。そのために頑張ったところも、かなり大きいというか…」
「そうなんですか? うれしい」
 食事も終わり、二人はリビングのソファに並んで座り、テレビ等をつけるわけでもなく、ただのんびりと二人でくっついていた。

「……本当は寂しく思っていたんです。朝早い東さんと夜遅い私では、すれ違ってばかりになってしまうから」
 東が素直に甘えるようなことを言えば、蓜島も同じ温度で想いを返してくれる。そのことがお互いに心地よかった。
「…おれもです、蓜島さんと、もっと一緒にいたかったから」
「伝わってますよ」
「本当に?」
 取り繕ってばかりで生きてきたから、本当の気持ちが伝えられているのか東はいつも不安だった。こんなにも自分を隠さずにさらけ出すことをしてこなかったから、それを見せて本当に大丈夫なのか、どう思われるのかわからなかった。

「ええ。いつも夜遅い時間になると眠そうなのに、頑張って起きてようとして結局寝落ちしてしまうのがかわいいです」
「うっ……それはほんとうに申し訳ないと思ってるんですけど」
「いいんですよ。私のほうこそ、本当なら早く休んでもらうべきなのにもっと東さんと過ごしたくてそれができない。だめな男です」
 自分はだめだと話しているのに、蓜島のその瞳は砂糖をたっぷり含ませたホイップみたいにどこまでも甘かった。

 東はそんな蓜島の表情に切なくなる。その甘さに身を委ねて、つい本音をこぼしてしまってもいいんじゃないかという気持ちになった。
「……あのね、蓜島さん」
「なんですか?」
「おれ、実はちょっと落ち込んでたんです。蓜島さんの元カノ、すごい綺麗でかっこよくて。しっかりしてて出来る女って感じで。おれは、そういう感じじゃないから」
「……はい」
 蓜島は東のそんな言葉を聞いても引いたりがっかりしたりせず、ただ愛おしいものを見つめる瞳を東に向けている。東は胸の中でがんじがらめになっていた糸がほどけていくような、許されていくような心地だった。
「……でも、こうして蓜島さんと話していたら、もしかしたらおれは、このままでもいいのかなって思っちゃうんです。かっこよくなくて、お菓子作る以外はなんもできないおれでも……」
 縋るような目を向ける東の頬を、蓜島の指先がさらりと優しく撫でる。蓜島は、そんなにも強い不安を抱えてしまうなんて東はいったいどれ程の人に受け入れてもらえず寂しい思いをしてきたのだろうと、胸がしくりと痛んだ。同時に、自分に対してはその不安を真っ直ぐにぶつけてくれたことに、これまで以上の愛おしさが溢れた。
「いいんですよ。東さんは、東さんのままがいいんです」
「蓜島さん……!」
 それは、とても短くて飾らない言葉だけれど、東がずっと欲していた言葉だった。
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