女王様、ラビット・ファーを纏う

草津 玲緒

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【10-5 華城Side】

 夜も更け、午後十時を回った頃に不意に鳴り響いたスマートフォンの呼び出し音。ビクッと肩を震わせ、恐る恐る鈍い光を放つ液晶画面を見つめた。
 また吉家からか? はたまた玖音からだったらどうしよう……。
 不安とわずかな期待がよぎる中、そこに表示されていた番号は見慣れないものだった。
 安堵すると共に、このタイミングで間違い電話か……と苛立ちを隠せなかった。いつもの俺だったら呼び出し音が途切れるまで放置しておくのだが、なぜかその時だけは、何かに吸い寄せられるように着信ボタンをタップしていた。
「――もしもし?」
 警戒しながらも自身から名乗ることはせずに電話に出ると、騒音かと思うほどの大声が耳元で響いた。
『華城くん? 私、積算部の折原ですけどっ! お疲れ様ですっ』
 その衝撃に、スマートフォンを思わず耳から遠ざけて画面を見つめていた俺だったが、声の主が分かると再び耳に押し当てた。
 彼女のことは良く知っている。玖音の同期であり、仲の良い友人だ。
 そして……玖音との関係を疑っている女。
『いきなりこんな時間にゴメンね! 電話番号調べちゃって……。今、いい?』
 拒否は認めないと言わんばかりの勢いで矢継ぎ早に話す彼女に圧され、俺は訝りながらもそれに応えた。
「――お疲れ様です。一体、どうしたんですか?」
『これから言う店に大至急向かって欲しいんだけど。場所は……っ』
「え、えっ? ちょ……ちょっと待ってください。こんな時間にですか?」
『時間なんか関係ない! いい? 場所はねぇ……』
 俺の困惑をまったく無視し、無遠慮に住所を言い始める彼女を止める術はさすがの俺でも見つけられなかった。
 切羽詰まっている――いや、鬼気迫るものがそこにあったからだ。
 慌ててテーブルの上にあったメモ用紙とペンを引き寄せ、彼女が言う店の場所と名前をメモする。
 言い終えるなり、彼女はまた声を荒らげた。
『大至急行って! お願いだからっ』
「そこに行って、どうするんですか?」
『酔っ払いの女王様クイーンを見つけて! 放っておくとまた……』
「また?」
『――私に言わせないでよ! いい加減、分かってるんでしょ! いつまで恍けてるつもり? あんな状態じゃ、また何をしでかすか分かったもんじゃない……。だから、早く……行ってあげて』
 勢いのままにそう告げた彼女だったが最後の方は声も小さくなり、まるで何かに縋るように掠れていた。
 コピー室で見かける彼女は実にマイペースで、言い方は悪いがどっしりと構える姐さん的な雰囲気を醸し出している。そんな彼女が慌てた様子で、しかも俺に電話をしてきたところをみると相当急がねばならない状況なのだと察する。
 俺は通話を終了させると、すぐさま部屋を飛び出した。
 指定された店は最寄駅からそう遠くはない場所にあるが、ここからだと車で十五分ぐらいかかる。自身の所有する車で一路駅前へと向かった俺は、コインパーキングに車を停め、スマートフォンの画面に出した地図アプリを頼りに店のある方角へ足を進めた。
 夕方から降り出した雨は強さを増し、外灯はあることにはあるが煙ったように視界は良くない。
 傘を差しながら店の方へ向かっていくと、歩道のガードパイプに腰かけるスーツ姿の男を見つけた。
 彼は傘も差さずにびしょ濡れになったまま、暗い空を仰いでいる。
(玖音……!)
 その姿に息を呑んだ俺は足早に近づき、迷うことなく声を掛けていた。
「――おい、この雨の中で何をやってるんだ?」
 傘を傾けると、濡れた栗色の髪を張り付けたまま俺の方に顔を向けた。
 栗色の勝ち気が目が真っ赤に腫れている。いつもなら、人を食うような表情で見下すその顔も弱々しく、儚い。
 彼は、焦点の合わない目で俺を見据えると、冷えて色が変わった薄い唇を綻ばせて力なく言葉を紡いだ。
「誰だか知らないけど、抱かせてやるよ……。めちゃくちゃにしてもらいたい気分なんだよね……今」
 近づくと酒臭い。かなりの量を飲んでいるらしく、自分の目の前にいるのが俺だと気付いてはいないようだ。
 酒には耐性のある彼が、これほど酔っぱらう理由――。
『ヤケ酒』なのだろうか。やはり、さっきの話を聞かれていたのでは……。
 再び襲う罪悪感にため息をつく俺の手を掴んで引き寄せた彼はゆっくりと目を閉じた。
 やるせない想いと、罪悪感に苛まれながらも、彼から目を逸らすことが出来なかった。
しかし、本当に俺だと気付いていないのか?
かなり警戒しながらも、雨に打たれる切なげな表情に抗うことは出来なかった。
 そして俺は……ずぶ濡れの女王様クイーンにそっと唇を重ねていた。
 冷えた唇に触れた瞬間、ふらりと崩れるように倒れ込んだ彼を抱きとめた。その感触に、俺の中に閉じ込めていたはずの想いが音を立てて弾け飛んだ。


 *****


 俺はその場でタクシーを拾うと、駅から少し離れた場所にあるシティホテルへと移動した。
 周辺にはいくつかのホテルが建ち並び、出張のためのビジネスマンの常宿として使われているだけあって値段もリーズナブルなところが多い。
 びしょ濡れで、しかも泥酔状態の玖音をタクシーに乗せる際に運転手に露骨に嫌な顔をされたが、こんな時にぐずぐずはしていられないと一万円札をこっそり握らせた。途端に上機嫌になった運転手は裏道を駆使し、最短ルートでホテルへと運んでくれた。
 幸い、部屋はツインに空きがあり、早々にチェックインを済ませてから、衣類のクリーニングサービスはどうなっているかを聞いた。
 みすぼらしく濡れた彼のスーツを明日の朝までに何とか出来るか確認し終えたところで、力なく体を預ける彼を抱きかかえる様にして部屋に向かった。
 部屋に入るなりエアコンの設定温度をあげ、バスタブに湯を張りながら、ぐったりとしている彼のスーツを一枚一枚脱がしていく。
 ワイシャツが肌に張り付き、すっかり冷たくなってしまった白い肩をそっと抱き寄せる。こんな日をどれだけ待ち望んでいたことだろう。
 だが、俺がしていることは自分のポリシーからことごとく逸脱した行為だ。泥酔し自我を失った想い人を、犯そうとしているのだから……。
 本来であればこのまま風呂に入れて、温まったところで寝かせてあげるのが思いやりというものだろう。しかし、こんなにも哀しそうな表情かおをした玖音を、一人でこの部屋に置いていくのは酷というものだ。
 それに……。そんな彼を何もせずに見守るだけなんて……出来るわけがない!
「おい。風呂入るぞっ」
 虚ろな目で俺をじっと見つめてから、両手を伸ばしてくる。
 抱いてくれと甘えているのだろうか、それに応えるように彼の背中に手を回して抱きしめると、縋るように胸に顔を埋めてくる。
(か……可愛いっ!)
 グイッと体を持ちあげると意外と軽く、そのままバスルームへと運んだ。
 冷えた体を温めてからタオルで丁寧に拭き、いつもよりウェーブが強くなった柔らかいクセ髪を乾かしてバスローブを着せてやる。
 この俺がこれから犯そうという相手に対して、こんなにも甲斐甲斐しく世話を焼いたことなど今までにあっただろうか。いや――彼だからこそ、してあげたいと思うのだ。
 ぐったりと身を任せたまま。俺になすがままの玖音をベッドに運ぶ。そのまま、まだ温かい体をそっと重ねると、無意識なのか俺の首に両腕を絡ませてわずかに舌を見せた。
 その顔にとてつもない怒りが湧きあがってくる。こんな無防備な顔を安易に見せる彼にも腹が立つが、何よりキスを強請るこの愛らしい顔を見てきた奴らに憤りを感じずにはいられない。
 まだ俺のものになったわけではないのだが、これほどの独占欲を掻き立てる魔性の存在に、俺は身を震わせた。
 血色が良くなった薄いピンク色の唇に啄むようにキスを繰り返すだけで、堪えきれないのか熱い吐息が零れ出す。
 薄い下生えを押し退けるように力を持ち始めている彼のペニスから目が離せなくなる。これだけ泥酔してもなお勃起出来るという驚異的な下半身――いや、その淫乱な体質は目を瞠るものがある。
 淡く色づいた胸の突起を指先で摘まむと可愛い声で啼く。
「んぁ……っ。う……っふ」
 硬く尖った突起に舌を這わせ、唾液を塗すように転がしてから強く吸い上げると、まるで女のような甲高い声をあげた。
 誘うようにくねる細い腰を掴み寄せ、慎ましく閉じたままの綺麗なピンク色の蕾を丁寧に時間をかけて解し、手で温めたジェルをたっぷりと流し込んだ。
 ここは何よりも慎重にならざるを得ないところだ。いくら男慣れしているからとはいえ、俺の長大なイチモツを強引に突っ込めば、傷つくことは間違いない。
 愛しい存在だからこそ、大切にしたいと思うのは当然なことだ。一本、二本……と徐々に指を増やし、薄い粘膜を広げながら腹の内側を擦ってやると、ビクンと体を震わせてシーツを掴む姿が堪らなく可愛い。
 酔っているせいで感覚が幾分鈍くなっていることもあり、三本の指を入れても苦しげな顔を見せるどころか、ふにゃりと顔を緩ませて可愛い声をあげる。
(この顔は、ヤバい……って)
痛いほどに張り詰めている自身のペニスを数回扱き上げると、突き込んでいた指を引き抜き、いつもに増して怒張し蜜を溢れさせている先端をゆっくりと蕾に押し当てた。
「ん……。ん……っ」
 酔っているせいで無駄な力が入らない。挿入は思ったよりスムーズで玖音もまた気持ちよさそうに受け入れている。
 顔色を窺いながら腰をユルユルと動かしてみる。正直を言うならば、本能のままに腰を振りたくり、早く彼の中に俺の精を注いでマーキングしたいと思う。
 しかし、アルコールが回っている状態でそんな動きを無理強いしたら、間違いなく――吐く。
 出来るだけ彼の望むままに快楽だけを与えてやりたいと思っている俺は『本来の俺』ではなかった。
 大きく広がった蕾を擦りあげるように抽挿を繰り返し、その合間にも胸の突起を噛み、手で愛撫する。
 滑らかな白い肌は男のものとは思えないほどキメが細かく、触っている方としても気持ちがいい。
 指を入れて掻きまわしただけで、射精しそうなくらいよがっていた彼。こんな無抵抗な状態ではなく、正気の時には一体どうなるのだろうと期待は膨らむ。
「んあ……ぁっ」
「く――っ。なんだ……これっ」
 グチュッと水音を立てて薄い粘膜を割り開いたペニスが、まるで吸い込まれるかのようにすんなりと入っていく。そこは温かく、歯を食いしばっていないとすぐにイってしまいそうなくらい気持ちが良かった。
 太い茎が粘膜を纏わりつかせたまま入っていく様は酷く卑猥で、それを細い体を震わせて受け入れる玖音を可哀相に思う反面、うちに秘めた加虐心がムクムクと頭を擡げる。
「あぁ……。きもち……いぃ~っ」
 本能のままに歓喜の声をあげる彼を見下ろして、俺は猛烈な嫉妬心に駆られた。
「クソッ……」
 細い腰をグッと引寄せ、根元まで沈めたペニスをゆっくりと引き抜く。クチュッと小さな音を立てながらジェルを纏った茎が見え隠れするたびに、俺の理性が粉々になっていくのを感じた。
 気が付けば、力任せに腰を打ち付け激しく抽挿を繰り返していた。その度に発せられる彼の声と、後孔から漏れる濡れた音が重なり、部屋の空気を淫靡なものへと変えていった。
 ただ性欲を満たすためのセックスとはまるで違う。愛おしくて堪らない者と繋がった瞬間の悦びと、とてつもない快楽。
 これを凌駕するものなど、この世界に存在するのだろうか。
 腰を突き出し、離れることを拒むように喰い締める彼の中が激しく蠢動する。それに呑み込まれないようにと、力任せに自身を引き抜くと、また脳髄をが蕩けてしまうような快感が襲う。
 蕩けた後孔から力の衰えない楔を引き抜くと、ぽっかりと口を開けたままの蕾に指を突き込んだ。
 何度も抽挿を繰り返し、敏感になっている内部を指の腹で擦ってやると、ぷっくりと膨らんだ前立腺が熱くなっていく。そこを指が掠めるたびに、彼はアラレのない声をあげて白濁交じりの蜜を自身のペニスから溢れさせた。
「あぁ……っふ、も……指、やらぁ……っ」
「何が欲しい?」
「硬くて……太いの……っ」
 呂律の回らない舌足らずな甘え声が堪らなく可愛い。
 そんな声で強請られたら、断る理由を見つける方が難しい。俺は突き込んでいた指を一気に引き抜くと、玖音の体に圧し掛かるように体を重ねると、節操なく蜜を溢れさせる先端を再び後孔に押し当てた。
 薄い粘膜を刺激するように触れる硬い先端を、自身の蕾に何とか導こうと腰をモゾモゾと動かす玖音だが、思うようにいかずにムスッと唇を尖らせたまま、枕に顔を埋めて声をあげた。
「挿れて……。奥まで……挿れてっ!」
 その声に応えるように腹で彼のペニスを擦りながら動き、柔らかい蕾に標準をあわせると、大きく張り出したカリを蕾の縁に引っ掛けるようにグッと腰を進めた。
 トロトロになった蕾は難なくそれを呑み込むと、嬉々として蠢動を始めた。
「んぁ……あぁ……っ!」
 俺と彼の体の間に挟まれた玖音のペニスがビクンと脈打ち、白い腹の上に白濁を撒き散らす。俺もその熱さを感じ、腰を進めてもっと深い場所へと突き込んでいく。
「まら……イッてるからぁぁぁ。らめぇ――っ!」
 俺の体の下でビクビクと小刻みに体を震わせた彼が、何度も首を左右に振る。散らかった精液を広げるかのように腹でペニスごと擦り上げると、シーツから背中を浮かせて玖音が声をあげた。
「きも……ち、いいっ! はぁはぁ……あぁ……っん」
 玖音の両肩に手を掛け、自身との繋がりをより深いものにする。繋がった場所から発せられる水音が激しくなっていく。
 そっと耳元に顔を寄せ、俺は掠れた声で囁いた。
「もっと……啼け」
 彼の手が縋るように俺の背に回され、立てられた爪が肌に食い込む。
 その痛みさえも今は快感への呼び水へとすり変わっていく。
 以前、誰がつけた物かも分からない首筋に残されたままのキスマークを見て嫉妬に駆られたことがあった。
 この細く美しい首筋には二度と……触れさせない。
 俺は顎を上向けたままの彼の喉笛に唇を強く押し当てると、その場所を犯すように吸い上げた。
 玖音の汗と香水、そしてまだ抜けきらないアルコールの匂いに軽い酩酊感を覚える。
「いやぁ……痛い……よぉ」
 小さな悲鳴をあげて目尻から涙を溢れさせた玖音に、俺は小さく息を呑んでその涙を舌先で掬い取った。
その涙は美しく、でも儚げで悲しかった。俺が首筋を強く吸った痛みで泣いているのではないということはすぐに分かった。
「なんで泣いてる?」
「も……俺……何も、考えたくない。あんな奴……し、知らな……いっ」
「あんな奴?」
 一体誰のことだ? と訝るように眉間に皺を寄せてグリッと最奥を抉ると、彼は小刻みに全身を震わせながら背を弓なりに反らした。
「あぁぁ……っ!」
 互いの腹の間で彼の勃起したままのペニスが、白濁混じりの蜜を滴らせながらブルンと揺れる。
 腹には先ほど吐き出した白濁が飛び散り、色づいた胸の突起までも淫らに濡らしている。
「やぁ……もぉ……。また……イ、イク――ッ!」
 その声にいよいよ余裕がなくなってきた俺は、グチュグチュと音を立てて激しく攻め立てた。
俺の熱棒を喰い締める後孔にさらに力が入り、中でうねる様に蠢く粘膜が俺を奥へと引き込んでいく。
まるで、この形を記憶するかのように全体がギュッと締まり、俺も耐えているのが厳しくなってきた。
 その時、玖音は顎を上向かせて声をあげた。
「イク、イク――イッちゃう~ッ!」
 ビクビクと体を痙攣させて、玖音は大量の精液を腹にまき散らす。
 同時に彼の内部で俺の質量が一段と大きくなり、隘路を駆け上がってきた灼熱の奔流が最奥に放たれる。
「ぐぁ――っくぅ!」
 ぶるりと体を震わせ、低く呻きながら射精してもなお、中の居心地の良さに何度か腰を揺らすと、彼は小刻みに痙攣したままの内腿で俺の下肢をぎゅっと挟み込んできた。
(ヤバい……。最高に、気持ち……いいっ)
 ぐったりと弛緩した彼の上に覆い被さる様に体を重ねる。互いに荒い息を繰り返しながら、汗ばんだ肌を合わせた。
 熱い……。激しい鼓動が肌を通して感じられる。
 やっと、一つになれた――。これで、今まで彼を抱いた男たちの記憶に上書きすることが出来ただろうか。
「――好きぃ。あなたのこと……好きになり……そぅ」
 不意に呟く玖音に目を瞠る。その顔をじっと見つめ、うわ言だと気付いてほんの少しだけ切なくなる。
 俺は黙ったまま彼の体を抱き寄せ、首筋に唇を押し当てた。
 かいた汗が冷えはじめ、玖音の体が先程までの熱を失っていく。
すると玖音は再び涙を一筋流した。
「泣くな……」
 最愛の男が何かに苦しんでいる。それなのに、気の利いたセリフ一つ言えない自分のもどかしさにイラつきながら、腕の中で眠りについた彼の唇に何度も触れるだけのキスを繰り返す。
 自分を強く見せようとして猛獣の毛皮を纏った女王クイーンも、それを脱いで裸になれば、か弱く愛らしい子ウサギに変わる。
 いつか、俺の腕の中でフワフワのラビット・ファーを纏った可愛らしい女王のまま笑って欲しい。――そう願いながら、愛おしい者の寝顔をずっと見続けていた。 
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