命姫~影の帝の最愛妻~

一ノ瀬千景

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余命 1

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 木枯らしの吹く晩秋。

 初音と成匡が屋敷を出て、もうじき二年になろうとしている。

 広いばかりでなにもないその部屋に、雪為はひっそりと佇んでいる。

 肉の落ちた細い肩、ヒューヒューと嫌な音を立てる喉、生気のなくなった肌に、もうなにも映さない瞳。

 遠目にも、彼の身体が蝕まれているのがわかる。

 余命はあと……半年もつかどうかといったところだろう。

 弱れば弱るほど、手ぐすねを引いて待っていた異形たちが彼を貪る。そして、雪為自身が彼らを歓迎し、受け入れてしまっている。

「どうか跡継ぎを……でなければ、成匡さまを呼び戻しくださいませ」

 日課のように、入れ替わり立ち替わりに訪れる者たちが、雪為に同じ言葉を繰り返し聞かせる。

「あいつは俺の息子ではない。なんの妖力も持たない役立たずだった」

「それでは、新たな跡継ぎを! 後継を残すのは、東見の当主の務めです」

「わかった、わかった。考えておく」
 
 雪為は億劫そうに片手を振る。

 障子の閉まる音を聞くとすぐに、彼は顔をゆがませ「ふはは」と声をあげて笑った。

「後継など残してたまるか。この国がそれで滅びるのならば、それまでのこと」

 雪為の肩に、大きな黒い影がへばりついている。

 それは日々少しずつ膨れあがって、いつしか彼を丸ごとのみ込むだろう。

 雪為はもうじき死ぬ。

 人間の死など、数え切れぬほどに見てきた。

 それなのに、どうしてか、私の心にひやりと冷たい風が吹き抜けた。

 はるか遠い過去、『巴』と呼ばれた頃には、なじみのあった感覚だ。

 サミシイ。

 とうの昔に忘れたはずの人間の感情がふいに胸に迫ってきて、私を苦しめる。

 生まれたばかりの頃からずっとそばで見守ってきた。

 この男だけが、私の存在を認識してくれた。

 こんなふうに愛されたかった、守られたかった。

 雪為がこの世を去るのは、サミシイ。

 私は後ろ足を力強く蹴って駆け出す。

「おい、ネコ。どこへ行くんだ?」

 雪為の問いかけを無視して、走った。

 異形なのに、本物の猫ではないのに、胸が詰まって息苦しさを覚えていた。

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