仇敵騎士団長と始める不本意な蜜月~子作りだけヤル気出されても困ります~

一ノ瀬千景

文字の大きさ
4 / 44

一章2

しおりを挟む
「嫌な夢を見ちゃったわ」

 色あせたカーテンの隙間からキラキラと輝く光が差しこんでいる。爽やかな朝だというのに、アデリナの顔色は冴えない。新鮮な空気を吸おうと、アデリナはベッドからおりて窓に近づく。たてつけの悪い出窓を開けるのにはコツがいるのだが、もうすっかり慣れたものだ。「よっ」という令嬢らしからぬかけ声とともにアデリナは窓を全開にした。
 夏の熱気をはらんだ風が、アデリナの長い髪をなびかせる。

「いいお天気。今日も一日頑張ろう」

 視界の奥には濃い緑の森が広がっている。この帝国は国土の半分近くを森林が占めている。海はないが、代わりに雄大な大河が二本。その大河の交差するところに帝都ローザがある。
 ミュラー男爵家の屋敷は帝都の北の外れに建っている。帝都とは名ばかりの田舎だが自然が美しく、住めば都というやつでアデリナはすっかりここを気に入っていた。

 平民の娘が着るようなコットンレースのワンピースに着替えると、ドレッサーの前に座り髪をすいた。緩くウェーブのかかった白銀の髪は彼女の自慢だった。手慣れた様子で編み込んでいき高い位置でお団子にする。かつては着替えも髪も侍女に任せきりだったが、今ではすべて自分でする。慣れてしまえばなんの不自由もない。アデリナは生来手先が器用なのだ。

 身支度を整えると一階のダイニングにおりていく。厨房からグツグツというおいしそうな音が聞こえてくる。料理をしているのは専属シェフではなくて……アデリナの母であるレガッタだ。

「おはよう、お母さま。今日の朝食は野菜スープ? とってもおいしそう」

 アデリナは鍋をのぞき込みながら聞いた。

「えぇ。古くなった野菜をタダで譲ってもらったの。ちょっと変色してるけど、火を通せば大丈夫よね!」

 長年の貧乏暮らしでレガッタもアデリナもずいぶんたくましくなった。エバンス侯爵夫人だった頃は野菜を洗ったこともなかったレガッタが今ではミュラー家の料理人だ。

「この暮らしも慣れれば案外楽しいわよね。私、家庭菜園にもチャレンジしようと思ってるの。節約になるでしょ?」
「すごくいいと思うわ! 私も手伝う」

 使用人を雇う余裕などなく、現在のミュラー家の住人はレガッタとアデリナと、アデリナの祖父でありミュラー家当主のオルコットの三人だけだ。オルコットは厄介者となったふたりを優しく迎えてくれて、貧しいがそれなりに楽しく暮らしている。
 レガッタがしみじみとつぶやく。

「あのときは、もう生きていても仕方ないなんて思ったけど、そんなことなかったわ。クリスティアだって……」

 彼女はその先は口にしなかった。けれど、続きは聞かなくてもわかる。死ぬことはなかった、そう言いたいのだろう。アデリナだって同じ気持ちだ。

「朝食を終えたら掃除を済ませて、それからシャロットのところへ行ってくるわね」

 シャロットはアデリナの教え子だ。貴族の子弟の家庭教師は結構いい稼ぎになるのだ。

「掃除は助かるけど、庭の手入れはしちゃダメよ」

 レガッタの言葉にアデリナは首をかしげた。

「前から思っていたけど、どうして庭の手入れはダメなのよ?」
「だって、鎌で手や顔に傷をつけてしまったら困るでしょう。アデリナは嫁入り前なんですから」

 アデリナは苦笑を返す。

「嫁入りって……全然予定もないじゃない。もし嫁入りすることになったとしても、きっと手の傷を気にするような殿方じゃないわよ」

 謙遜でも自虐でもなく、ただの事実だ。権力も財力もないミュラー家の娘の相手なら、きっと同じように貧しい相手だろう。白魚のように美しい手より鎌を使いこなすたくましい手のほうが喜ばれるに違いない。
 だが、レガッタは唇をとがらせて反論する。

「そんなことないわよ! 家柄がちょっと劣っていたって、アデリナは美人で頭もよくて気立てもいいもの。我が娘ながら、非の打ちどころのない完璧な令嬢だと思うわ」
「あ、ありがとう」

 親の欲目というものは厄介だ。彼女の目にはアデリナがいまだ深窓のご令嬢に映っているのだろうか。

『ローゼンバルトの真珠』

 そんなふうにもてはやされていた頃があったのだ。だが、今のアデリナはただの貧しい男爵令嬢だ。変色しかけた野菜も平気で食べるし、汚れ仕事も力仕事も自分でこなす。自慢だった容姿もだいぶ陰りが見えてきた。美を維持するのには金がかかるのだ。
 けれど、アデリナは今の自分も嫌いではない。自分の力でなにかを成し遂げるということは楽しいものだ。エバンスの名を失って、アデリナは初めてそのことを知った。

「さぁ。今日はこの階段をピカピカに磨きあげますか!」

 バケツと雑巾を手にアデリナは元気な声をあげた。貧乏だが仮にも貴族の屋敷、広さだけは十分にある。夢中になって掃除をしていると、一時間くらいあっという間に過ぎてしまう。

「あら、大変! そろそろ準備して出かけないと」

 教え子のシャロットのところへ向かう時間だった。アデリナは大急ぎで掃除道具を片付けると、家を出た。今やちょっと裕福な庶民でも馬車を所有している時代だが、ミュラー家には馬車がない。いな、正確に説明すると、持っていたが金に困って売ってしまったのだ。

 シャロットの家、ブラウ伯爵邸は帝都の中心街にある。ローゼンバルト帝国の街は、どこも軍事国家らしく堅牢に造られているが、帝都しは少し華やいだ空気も漂う。中心街に近づくにつれどんどん洗練されていく街並みを眺めながら、アデリナは歩を進めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...