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四章5
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ミュラー家に戻ったアデリナは抜け殻になってしまったように、ただぼんやりと日々を過ごしている。ジェインは輿入れの準備をと言っていたが、特にやるべきことも思いつかなかった。
朝食の席で、レガッタとオルコットは同時に大きなため息をつく。
「やだわ、お父さまったら。朝からため息なんてついちゃって」
「レガッタこそ」
顔を見合わせたふたりの間をしんみりとした空気が流れていく。
「かわいい孫が皇太子妃になるなんて、めでたいことだと思うんだが」
「そうよね、これ以上ない名誉よね。でも……」
レガッタは眉根を寄せて天井をにらんだ。
「やっぱり、少しおかしな話よね」
オルコットも同意する。
「あぁ。これまで散々冷遇しておいて、急に皇太子妃になんてなぁ。レイン殿下がアデリナに懸想してたんだろうか」
「思いつく理由はそのくらいよね。アデリナは帝国一の美人だから、それはありえる話かもしれないわね」
レガッタの娘贔屓はあいかわらずだ。アデリナはきっぱりした口調でそれを否定する。
「それは絶対にないわ。よくわからないけど、なにか政治的な理由だと思う」
自分を見るレインの瞳から愛情らしきものは一切感じられなかった、それははっきりと言いきれる。カイから注がれる眼差しがどれほど甘いか、カイを見つめるときにどれだけ胸が高鳴るか、恋をすると人はどう変わるか、アデリナは知っている。レインはきっと、誰にも恋などしていない。
この婚姻にはもっと別の目的があるのだろう。だが、アデリナはそこで思考を止めた。
(婚姻の理由も、レイン殿下の目論見も、そんなものはどうでもいい。考える必要もない)
アデリナはその心をカイのもとに置いてきたのだ。心は彼とともにある。抜け殻の身体は、なにも考えずにただ皇太子妃としての役目を果たせばいいのだ。
客の訪問を告げるノッカーの音が響いた。ミュラー家に使用人はいないので、アデリナが扉を開けて訪問者を出迎える。
扉の外にいた人物を見て、アデリナは目を丸くした。
「レ、レイン殿下!」
少数の側近だけをともなってレインが訪ねてきたのだ。アデリナは戸惑いを隠せなかったが、ひとまず彼を応接間に通した。
くつろいだ様子で出されたお茶を飲んでいる彼にオルコットが言葉をかけた。
「あの、レイン殿下。今日はどういったご用で」
「用というほどの用はないけど、妻になる女性にあいさつにね」
そう言ってアデリナに目配せをするレインにアデリナは曖昧な笑みを返す。やはり彼は自分に好意など持っていないことを確信する。レインの視線は無機質でぞっとするほど冷たく、アデリナは恐怖を覚えた。
だが、彼はアデリナのそんな感情を気にも留めず、にっこりとほほ笑んだ。
「僕の正妃に選ばれるなんて、君は本当に幸運だね」
「光栄なことでございます」
理由などどうでもいい。そう思っていたが、自分の存在がどう利用されるのかは知っておきたいとアデリナは思い直した。臆することなくレインに問う。
「ですが、男爵家ごときが殿下に輿入れなど恐れ多くて……どうして私なのでしょうか」
レインは「ははっ」と乾いた笑い声をあげる。
「だから伯爵位を与えてやっただろう。君が僕の子を身ごもったら侯爵位も贈ろうか」
「レイン殿下に似合いの侯爵令嬢は多くいたはずですが」
アデリナの言葉を遮るように、レインはガタンと音を立てて席を立った。アデリナを見おろし、冷笑を浮かべる。
「余計なことを考える必要はないよ。君はただ自身の幸運に感謝して輿入れの日を待っていればいいんだ」
アデリナは深々と頭をさげて、彼の背中を見送った。
(カイ。あなたは頭がいいけど、今回の予想は大外れね)
レインはアデリナを大切にする気など毛ほどもない。アデリナが皇家に嫁ぐ理由は、決して明るいものではなさそうだった。
朝食の席で、レガッタとオルコットは同時に大きなため息をつく。
「やだわ、お父さまったら。朝からため息なんてついちゃって」
「レガッタこそ」
顔を見合わせたふたりの間をしんみりとした空気が流れていく。
「かわいい孫が皇太子妃になるなんて、めでたいことだと思うんだが」
「そうよね、これ以上ない名誉よね。でも……」
レガッタは眉根を寄せて天井をにらんだ。
「やっぱり、少しおかしな話よね」
オルコットも同意する。
「あぁ。これまで散々冷遇しておいて、急に皇太子妃になんてなぁ。レイン殿下がアデリナに懸想してたんだろうか」
「思いつく理由はそのくらいよね。アデリナは帝国一の美人だから、それはありえる話かもしれないわね」
レガッタの娘贔屓はあいかわらずだ。アデリナはきっぱりした口調でそれを否定する。
「それは絶対にないわ。よくわからないけど、なにか政治的な理由だと思う」
自分を見るレインの瞳から愛情らしきものは一切感じられなかった、それははっきりと言いきれる。カイから注がれる眼差しがどれほど甘いか、カイを見つめるときにどれだけ胸が高鳴るか、恋をすると人はどう変わるか、アデリナは知っている。レインはきっと、誰にも恋などしていない。
この婚姻にはもっと別の目的があるのだろう。だが、アデリナはそこで思考を止めた。
(婚姻の理由も、レイン殿下の目論見も、そんなものはどうでもいい。考える必要もない)
アデリナはその心をカイのもとに置いてきたのだ。心は彼とともにある。抜け殻の身体は、なにも考えずにただ皇太子妃としての役目を果たせばいいのだ。
客の訪問を告げるノッカーの音が響いた。ミュラー家に使用人はいないので、アデリナが扉を開けて訪問者を出迎える。
扉の外にいた人物を見て、アデリナは目を丸くした。
「レ、レイン殿下!」
少数の側近だけをともなってレインが訪ねてきたのだ。アデリナは戸惑いを隠せなかったが、ひとまず彼を応接間に通した。
くつろいだ様子で出されたお茶を飲んでいる彼にオルコットが言葉をかけた。
「あの、レイン殿下。今日はどういったご用で」
「用というほどの用はないけど、妻になる女性にあいさつにね」
そう言ってアデリナに目配せをするレインにアデリナは曖昧な笑みを返す。やはり彼は自分に好意など持っていないことを確信する。レインの視線は無機質でぞっとするほど冷たく、アデリナは恐怖を覚えた。
だが、彼はアデリナのそんな感情を気にも留めず、にっこりとほほ笑んだ。
「僕の正妃に選ばれるなんて、君は本当に幸運だね」
「光栄なことでございます」
理由などどうでもいい。そう思っていたが、自分の存在がどう利用されるのかは知っておきたいとアデリナは思い直した。臆することなくレインに問う。
「ですが、男爵家ごときが殿下に輿入れなど恐れ多くて……どうして私なのでしょうか」
レインは「ははっ」と乾いた笑い声をあげる。
「だから伯爵位を与えてやっただろう。君が僕の子を身ごもったら侯爵位も贈ろうか」
「レイン殿下に似合いの侯爵令嬢は多くいたはずですが」
アデリナの言葉を遮るように、レインはガタンと音を立てて席を立った。アデリナを見おろし、冷笑を浮かべる。
「余計なことを考える必要はないよ。君はただ自身の幸運に感謝して輿入れの日を待っていればいいんだ」
アデリナは深々と頭をさげて、彼の背中を見送った。
(カイ。あなたは頭がいいけど、今回の予想は大外れね)
レインはアデリナを大切にする気など毛ほどもない。アデリナが皇家に嫁ぐ理由は、決して明るいものではなさそうだった。
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