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三「エバの仲間達」
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三「エバの仲間達」
たしか彼女が働いて一年ほど経った頃だったかしら。 週二から三日だったけど、だんだん店が気に
入ったようで、その頃にはほぼ毎日出勤するようになったの。 家族には夜のアルバイトということで
承認はもらってるの。けど仕事の内容は内緒なの。 オネェの髭っていう店も当然内緒。
そんなある日だったわ、お店に三人の客が入ってきたのよ」
エバが「福島さん、盛岡さんいらっしゃいませ~」
盛岡が「おう、来たよ。あれ?」
「盛岡さんどうなさいました?」
「エバさんの胸がふたつに見えたから」
「やだ~最初からふたつです~。 ところで今日はお連れさんですか? 初めましてエバと申します。
よろしくどうぞ」
「はい、はじめまして福島と盛岡の同僚で前橋です」
エバが「やだ~福島・盛岡・前橋ですって。 誰か地図持ってきて~」
「いや、ごめん、ごめん僕は安部といいます。 こいつらの幼なじみです」
「あ~~びっくりした。今日は三人で飲んでいらしたの?」
安部が「はい、久しぶりに三人が会ったんで、話しはずんでしまい、けっこうな量飲んでます」
「そうですか、楽しくてよろしいこと、安部さんこれからもごひいきにお願いいたします」
「はい、どうぞ宜しく」
その時だった幽霊のミワがエバに囁いた「この安部さんとアズミを合わせないで! 私達の父親。お願い」
「えっ? 分かった」
エバが「今日は私もこのボックスに座っちゃおうかな。 でご馳走になろうっと」
盛岡が「おや? ママがボックスとは珍しいね。 安部を気に入ったのかな?」
「皆さんが楽しそうだから」
福島が「ほんとうかな?」
「ほんとうだ、てめぇ。 あらごめんなさ~い。 つい男が出ちゃったみたい」
全員笑った。
安部が「愉快、愉快。ママ面白い。 ところで店の娘はみんなオネェなのかい?」
「そうで~す。 みんなオネェです。 まだ工事途中もいますけど」
「そうなんだ、あそこのカウンターの娘。 僕の娘ソックリなんだ。 化粧のしかたが違うけど輪郭や
物腰なんてよく似てるよ。 そういえば娘も男っぽいからどこか似てるのかな娘に見せてやりたいよ……」
「そうですか、娘さんに似てるんですか……」
福島が「双子のお姉ちゃんが白血病で亡くなったんだよ」
「そうなんですか…… それは不憫ですね」
「うん、妻と妹は落ち込んだよ。 今でも妻は思い出す度に涙してる。 本当に辛くショックな出来事だった。 僕は今でもたまに死んだ娘が側にいるような気がするよ、声が聞こえてきそうだ」
「ご心中察します。 今日はごゆっくり飲んでいって下さい。 おい、そこのふたりお前らも飲めよ」
三人はまたこけた「だ、ははは」
翌日、エバがアズミに「昨日はビックリしたわね、帰ってからどうだった?」
「父は酔ったまま寝たらしく起きてもその事は話してません」
「そう、それならよかった。 けど不思議なこともあるのね、都内には沢山の飲み屋があるのにさぁ、
よりによってこの店に。 とにかく今日もお願いね」
「その時はそれですんだの、そして私もアズミも忘れた頃にある事件が起きたの。 お父さんがひとりで
店にやってきたの」
ふたりは身を乗り出した「で?」
「いきなりカウンターに座ったの、しかもアズの前に。 でっ、『焼酎ボトルで』って言ったの。
もう、アズミはフリーズしたまま。 当然よね。
私は咄嗟に分け入り『アズミちゃん向こうのお客さんお願い』
そしたらお父さんが『いや、このアズミちゃんがいい』っていうのね、もう最悪……
完全にばれると思った。 どうにでもなれって感じよ」
大城が「もうお父さんは知ってたんですかね?」
「でもないの。 死んだミワさんを思う気持ちを、そっくりなアズミにただ聞いてほしかったらしいの、
アズミ本人とは知らずに。 で、小一時間ほどひとりで話しまくっていたの。 アズミ目には涙が溢れて
いたわ。 横を視るとミワの心も泣いていたの。 結局気づかずに帰っていったの。
それはそれで好かったんだけどミワの心に変化がおきたみたいなのね」
安部が「どんな変化が?」
「アズミの話だと『私このままだと駄目、違う世界に戻らないといけない』って思うようになったらしいの。
アズミが『そうね、私も精神的にミワに頼らないでちゃんと自立するから光りの世界に帰って』って言った
瞬間『アズミありがとう』って言葉を最後に旅立ったの」
中浦が「で、なんで店を辞めたんですか?」
「アズミに好きな男性が出来たのよ。 その事は普通にあたりまえの事なのね。 その男性は海當ちゃんって
いう男性で詩人なのよ。 タダの詩人じゃなく、前衛的というか自然児というか形容しがたいの……」
中浦が「自然児? どういう風にですか?」
「例えばこんな事があったの」
エバが「海當ちゃんいらっしゃい。 今日は早いのね」
「ママさん焼酎飲ませて下さい」
「どうぞ、というか、売るほどあるから好きなだけ飲んでちょうだい」
「そうだった、ここは飲み屋さんでしたなるほど」
「なにがなるほどよ、それになんでそんなところで感心するわけ?」
「そうでした、ボクは少し酔ってるみたいです」
「見れば解るわよ! そうだ、海當ちゃんはアズミちゃん初めてよね。 アズミちゃんちょっときてくれる」
「アズミです宜しくお願いします」
エバが「こちら、詩人の海當ちゃん」
「海當です。 詩を書いてます」
「どんな詩を書いてるんですか?」アズミは興味深そうな目をして聞いた。
「僕の書いてる詩のテーマは人間の根源と自然との係わりを表現します」
エバは「あら、わたし始めて聞いた。 いままで何で話してくれなかったのよ! それに、なんでそんな
小難しいこと書いてるの」
「僕は小難しいと思ってない。 だって人間は自然の一部だし、どこかで繋がってるから、感じたまま、
ありのままを書いてるつもりなんだ。 解釈する側が難しく思ってるのでは?」氷を混ぜながら淡々と言った。
アズミが「今までで気に入ってる詩はありますか?」
「どれも、その都度気に入ってるけど……」海當は不思議そうな顔をしてアズミを凝視した。
「あっ、ごめんなさい質問の意図は、よく自分の作品はイマイチ納得していないっていう アーティストが
いるから、そういう意味で質問したんです」
「なるほどね、僕の場合はその都度作品に納得してます。 だから公表してます。 基本自分が納得してない
作品は世に出しません。 よく陶芸の作家さんなど、何十年も作り続けて納得した作品は未だに無い
とか言ってますけど、僕にはその心境はよく分かりません。
そういう方に聞いてみたいです。 どこが終着点なんですか? って、自分の作品に自信が持てないのに
それを世に出してるんですか? っね! てなこと言える身分に僕もなってみたいですね」
アズミは「あ~~ビックリした。 一瞬、海藤さんって厳しいものの見方する人なんだとビックリしました」
「冗談、冗談。 ごめんね僕はうだつの上がらない吟遊詩人。 季節によっては沖縄や群馬、愛媛とバイト先を転々して好きな詩を創る。 都内では美装のアルバイトをして、たまに作品が売れるとこうして酒を飲みに
街に出る浮き草のような男です。 吟遊詩人は格好良いけど僕の場合は浮き草詩人です…… ハイ」
エバが「なんで詩を書いてみたいと思ったのよ?」
「僕は言葉で表現するのが苦手っていうか照れくさいんだ。 思ったことを随筆のように書いていたんです。
ところがある時、文章がだんだんと詩的に変化してきたんです。 短い文章に込める深い意味あいが快感に
思えたんですね、気が付いたら詩人という肩書きで行動していたんです」
エバが頷いた「う~ん。 やっぱ海當ちゃんは根っからの詩人よね。 浮き草詩人なんか格好いいよ」
アズミが「嫌いなものって何ですか?」
「嫌いなもの? そりゃあ戦争の類は吐き気がする。 あと地位や権力を振りかざす人たち、それと他人を
卑下してでも自分の我を通そうとしたり、上位に立とうとする人。 ちょっと苦手かな、だから個人的には
自然や動物が心落ち着くんだ」
「それ分かります。 私は人と触れあう商売してるから本当に分かります。 たまに猫カフェに行ったり、
衝動的にひとりで海をみに電車に飛び乗ったりします」
エバが「へぇ~アズミちゃんでもそういうことあるんだ」
「ママさんわたしも年頃のオネエですから」
「ごめん、ごめん、じゃあ後はアズミちゃんお願いね」そう言ってママは違う客の接客に入った。
海當が「君は正真正銘の女でしょ?」
「えっ、どうしてですか? ここはニューハーフのお店ですけど」
「だって君だけオーラが純粋な女性的だもの」
「えっ、オーラが視えるんですか?」
「うん、自然や動物と向き合ってるとなんとなくバイブレーションとかオーラみたいなものが分かるんだ」
「ママやあの娘はどんなにつくろっても、やっぱり男性なんだ。 でもアズミちゃんは完璧な女性……
ちがう?」
「おそれいりました。 お客さんにはわけあって内緒なんです。 ここだけの話しにして下さい」
「うん、分かったよ。 それに、僕には関係のない話しだから」
「これがアズミと海當さんの初めての出会いなの」
大城が「それからはどこにでもよくある、ホステスと客の恋愛に発展というパターンですね? でもそれが
どうしてアズミさんの死と繋がるんですか?」
「そこなのよ、交際してから一年ぐらいした頃。 彼女が海藤さんの事でこんな話しをしてたの……」
アズミが「エバさんチョットいいですか?」
「なに?」
「じつは海當さんのことなの」
「海當ちゃんがどうかした?」
「私とお付き合いして一年ぐらいになるんですけど、徐々に気付いていたらしいの」
「なにが?」
「詩が創作出来なくなってきたみたいなんです」
「どういう事? 具体的に話してちょうだい」
「彼の創作って、あるパターンがあったんです。 感性でものごとを捉えて文章にするっていう。
たとえばスズメを見てスズメの波長に同調してそれを詩にするという具合なんですけど、それが最近は
同調できないって悩んでいるの。 話を聞いた時は一過性のものかなって思ったのね、でも違ったんです。
最近は自然を見ても動物を見てもなにも感じなくなってきたみたいなんです。 どういう事か分かります?」
「チョット待ってね」ママは数分瞑想に入った。
目を開けて静かな口調で「海當ちゃんは普通の人間の感性になってきたのね」
「つまり?」
「アズミちゃんと付き合ってから普通に嫉妬心をおぼえたり、一般的な喜怒哀楽という彼に今まで忘れていた
感情が芽生えたのね。 その感情が優先されたから詩が書けなくなったのかも。 つまり詩の感性と
アズミちゃんへの感情は反比例してしまったのかもね」
「それって、恋愛したがゆえに詩が書けなくなっちゃったっていうこと?」
「うん、早い話がそういうことみたい」
大城が「で、ふたりはどうなったんですか?」
「直接アズミから聞いたわけじゃないけど、彼女が身を引いたのね。 死というかたちで、べつに死ななくて
もいいと思うんだけど彼女は死を選んだのよ……」
大城が「単純な疑問ですけど、ただ別離ればいいことじゃないんですか?」
「そこ、そこなの、これは私の憶測なんだけど、たぶん彼を動かすには感性に訴えかけるのが好いと
思ったんじゃないかしら、その手段が人間にとって最大の問題である死だったのよ…… 自分の付き合っていた
彼女が自殺した。 これは一生涯心に残る出来事よね。自殺が海當ちゃんを復帰させる切掛けになると
思ったんじゃないかな?」
中浦が「で彼は復帰したんですか?」
「逆。 あと追い自殺してしまった…… 雪の降る寒い朝になんともやるせない話しでしょ。
死ぬことはないのにね、生きていれば違う術もあるのにどうして死に急ぐかしらね。
ふたりとも素直で優しいひとだったのよ。 特にアズミちゃんは素晴らしい娘だった。
人間的にも魅力的な人。 店の客もみんな泣いたわ。 店ではアズミちゃんを偲んで追悼の会を客が変わる
毎に何回もやったのよ! わたしはその都度大泣きした」
エバの目には涙が溢れていた。 中浦と大城は、アズミが本当にこの店のママと客に愛されていたんだと
分かった。
中浦が「今日は本当に素敵な話しありがとうございました。 原稿が出来たら一度目を通して下さい。
またこちらから連絡します」
たしか彼女が働いて一年ほど経った頃だったかしら。 週二から三日だったけど、だんだん店が気に
入ったようで、その頃にはほぼ毎日出勤するようになったの。 家族には夜のアルバイトということで
承認はもらってるの。けど仕事の内容は内緒なの。 オネェの髭っていう店も当然内緒。
そんなある日だったわ、お店に三人の客が入ってきたのよ」
エバが「福島さん、盛岡さんいらっしゃいませ~」
盛岡が「おう、来たよ。あれ?」
「盛岡さんどうなさいました?」
「エバさんの胸がふたつに見えたから」
「やだ~最初からふたつです~。 ところで今日はお連れさんですか? 初めましてエバと申します。
よろしくどうぞ」
「はい、はじめまして福島と盛岡の同僚で前橋です」
エバが「やだ~福島・盛岡・前橋ですって。 誰か地図持ってきて~」
「いや、ごめん、ごめん僕は安部といいます。 こいつらの幼なじみです」
「あ~~びっくりした。今日は三人で飲んでいらしたの?」
安部が「はい、久しぶりに三人が会ったんで、話しはずんでしまい、けっこうな量飲んでます」
「そうですか、楽しくてよろしいこと、安部さんこれからもごひいきにお願いいたします」
「はい、どうぞ宜しく」
その時だった幽霊のミワがエバに囁いた「この安部さんとアズミを合わせないで! 私達の父親。お願い」
「えっ? 分かった」
エバが「今日は私もこのボックスに座っちゃおうかな。 でご馳走になろうっと」
盛岡が「おや? ママがボックスとは珍しいね。 安部を気に入ったのかな?」
「皆さんが楽しそうだから」
福島が「ほんとうかな?」
「ほんとうだ、てめぇ。 あらごめんなさ~い。 つい男が出ちゃったみたい」
全員笑った。
安部が「愉快、愉快。ママ面白い。 ところで店の娘はみんなオネェなのかい?」
「そうで~す。 みんなオネェです。 まだ工事途中もいますけど」
「そうなんだ、あそこのカウンターの娘。 僕の娘ソックリなんだ。 化粧のしかたが違うけど輪郭や
物腰なんてよく似てるよ。 そういえば娘も男っぽいからどこか似てるのかな娘に見せてやりたいよ……」
「そうですか、娘さんに似てるんですか……」
福島が「双子のお姉ちゃんが白血病で亡くなったんだよ」
「そうなんですか…… それは不憫ですね」
「うん、妻と妹は落ち込んだよ。 今でも妻は思い出す度に涙してる。 本当に辛くショックな出来事だった。 僕は今でもたまに死んだ娘が側にいるような気がするよ、声が聞こえてきそうだ」
「ご心中察します。 今日はごゆっくり飲んでいって下さい。 おい、そこのふたりお前らも飲めよ」
三人はまたこけた「だ、ははは」
翌日、エバがアズミに「昨日はビックリしたわね、帰ってからどうだった?」
「父は酔ったまま寝たらしく起きてもその事は話してません」
「そう、それならよかった。 けど不思議なこともあるのね、都内には沢山の飲み屋があるのにさぁ、
よりによってこの店に。 とにかく今日もお願いね」
「その時はそれですんだの、そして私もアズミも忘れた頃にある事件が起きたの。 お父さんがひとりで
店にやってきたの」
ふたりは身を乗り出した「で?」
「いきなりカウンターに座ったの、しかもアズの前に。 でっ、『焼酎ボトルで』って言ったの。
もう、アズミはフリーズしたまま。 当然よね。
私は咄嗟に分け入り『アズミちゃん向こうのお客さんお願い』
そしたらお父さんが『いや、このアズミちゃんがいい』っていうのね、もう最悪……
完全にばれると思った。 どうにでもなれって感じよ」
大城が「もうお父さんは知ってたんですかね?」
「でもないの。 死んだミワさんを思う気持ちを、そっくりなアズミにただ聞いてほしかったらしいの、
アズミ本人とは知らずに。 で、小一時間ほどひとりで話しまくっていたの。 アズミ目には涙が溢れて
いたわ。 横を視るとミワの心も泣いていたの。 結局気づかずに帰っていったの。
それはそれで好かったんだけどミワの心に変化がおきたみたいなのね」
安部が「どんな変化が?」
「アズミの話だと『私このままだと駄目、違う世界に戻らないといけない』って思うようになったらしいの。
アズミが『そうね、私も精神的にミワに頼らないでちゃんと自立するから光りの世界に帰って』って言った
瞬間『アズミありがとう』って言葉を最後に旅立ったの」
中浦が「で、なんで店を辞めたんですか?」
「アズミに好きな男性が出来たのよ。 その事は普通にあたりまえの事なのね。 その男性は海當ちゃんって
いう男性で詩人なのよ。 タダの詩人じゃなく、前衛的というか自然児というか形容しがたいの……」
中浦が「自然児? どういう風にですか?」
「例えばこんな事があったの」
エバが「海當ちゃんいらっしゃい。 今日は早いのね」
「ママさん焼酎飲ませて下さい」
「どうぞ、というか、売るほどあるから好きなだけ飲んでちょうだい」
「そうだった、ここは飲み屋さんでしたなるほど」
「なにがなるほどよ、それになんでそんなところで感心するわけ?」
「そうでした、ボクは少し酔ってるみたいです」
「見れば解るわよ! そうだ、海當ちゃんはアズミちゃん初めてよね。 アズミちゃんちょっときてくれる」
「アズミです宜しくお願いします」
エバが「こちら、詩人の海當ちゃん」
「海當です。 詩を書いてます」
「どんな詩を書いてるんですか?」アズミは興味深そうな目をして聞いた。
「僕の書いてる詩のテーマは人間の根源と自然との係わりを表現します」
エバは「あら、わたし始めて聞いた。 いままで何で話してくれなかったのよ! それに、なんでそんな
小難しいこと書いてるの」
「僕は小難しいと思ってない。 だって人間は自然の一部だし、どこかで繋がってるから、感じたまま、
ありのままを書いてるつもりなんだ。 解釈する側が難しく思ってるのでは?」氷を混ぜながら淡々と言った。
アズミが「今までで気に入ってる詩はありますか?」
「どれも、その都度気に入ってるけど……」海當は不思議そうな顔をしてアズミを凝視した。
「あっ、ごめんなさい質問の意図は、よく自分の作品はイマイチ納得していないっていう アーティストが
いるから、そういう意味で質問したんです」
「なるほどね、僕の場合はその都度作品に納得してます。 だから公表してます。 基本自分が納得してない
作品は世に出しません。 よく陶芸の作家さんなど、何十年も作り続けて納得した作品は未だに無い
とか言ってますけど、僕にはその心境はよく分かりません。
そういう方に聞いてみたいです。 どこが終着点なんですか? って、自分の作品に自信が持てないのに
それを世に出してるんですか? っね! てなこと言える身分に僕もなってみたいですね」
アズミは「あ~~ビックリした。 一瞬、海藤さんって厳しいものの見方する人なんだとビックリしました」
「冗談、冗談。 ごめんね僕はうだつの上がらない吟遊詩人。 季節によっては沖縄や群馬、愛媛とバイト先を転々して好きな詩を創る。 都内では美装のアルバイトをして、たまに作品が売れるとこうして酒を飲みに
街に出る浮き草のような男です。 吟遊詩人は格好良いけど僕の場合は浮き草詩人です…… ハイ」
エバが「なんで詩を書いてみたいと思ったのよ?」
「僕は言葉で表現するのが苦手っていうか照れくさいんだ。 思ったことを随筆のように書いていたんです。
ところがある時、文章がだんだんと詩的に変化してきたんです。 短い文章に込める深い意味あいが快感に
思えたんですね、気が付いたら詩人という肩書きで行動していたんです」
エバが頷いた「う~ん。 やっぱ海當ちゃんは根っからの詩人よね。 浮き草詩人なんか格好いいよ」
アズミが「嫌いなものって何ですか?」
「嫌いなもの? そりゃあ戦争の類は吐き気がする。 あと地位や権力を振りかざす人たち、それと他人を
卑下してでも自分の我を通そうとしたり、上位に立とうとする人。 ちょっと苦手かな、だから個人的には
自然や動物が心落ち着くんだ」
「それ分かります。 私は人と触れあう商売してるから本当に分かります。 たまに猫カフェに行ったり、
衝動的にひとりで海をみに電車に飛び乗ったりします」
エバが「へぇ~アズミちゃんでもそういうことあるんだ」
「ママさんわたしも年頃のオネエですから」
「ごめん、ごめん、じゃあ後はアズミちゃんお願いね」そう言ってママは違う客の接客に入った。
海當が「君は正真正銘の女でしょ?」
「えっ、どうしてですか? ここはニューハーフのお店ですけど」
「だって君だけオーラが純粋な女性的だもの」
「えっ、オーラが視えるんですか?」
「うん、自然や動物と向き合ってるとなんとなくバイブレーションとかオーラみたいなものが分かるんだ」
「ママやあの娘はどんなにつくろっても、やっぱり男性なんだ。 でもアズミちゃんは完璧な女性……
ちがう?」
「おそれいりました。 お客さんにはわけあって内緒なんです。 ここだけの話しにして下さい」
「うん、分かったよ。 それに、僕には関係のない話しだから」
「これがアズミと海當さんの初めての出会いなの」
大城が「それからはどこにでもよくある、ホステスと客の恋愛に発展というパターンですね? でもそれが
どうしてアズミさんの死と繋がるんですか?」
「そこなのよ、交際してから一年ぐらいした頃。 彼女が海藤さんの事でこんな話しをしてたの……」
アズミが「エバさんチョットいいですか?」
「なに?」
「じつは海當さんのことなの」
「海當ちゃんがどうかした?」
「私とお付き合いして一年ぐらいになるんですけど、徐々に気付いていたらしいの」
「なにが?」
「詩が創作出来なくなってきたみたいなんです」
「どういう事? 具体的に話してちょうだい」
「彼の創作って、あるパターンがあったんです。 感性でものごとを捉えて文章にするっていう。
たとえばスズメを見てスズメの波長に同調してそれを詩にするという具合なんですけど、それが最近は
同調できないって悩んでいるの。 話を聞いた時は一過性のものかなって思ったのね、でも違ったんです。
最近は自然を見ても動物を見てもなにも感じなくなってきたみたいなんです。 どういう事か分かります?」
「チョット待ってね」ママは数分瞑想に入った。
目を開けて静かな口調で「海當ちゃんは普通の人間の感性になってきたのね」
「つまり?」
「アズミちゃんと付き合ってから普通に嫉妬心をおぼえたり、一般的な喜怒哀楽という彼に今まで忘れていた
感情が芽生えたのね。 その感情が優先されたから詩が書けなくなったのかも。 つまり詩の感性と
アズミちゃんへの感情は反比例してしまったのかもね」
「それって、恋愛したがゆえに詩が書けなくなっちゃったっていうこと?」
「うん、早い話がそういうことみたい」
大城が「で、ふたりはどうなったんですか?」
「直接アズミから聞いたわけじゃないけど、彼女が身を引いたのね。 死というかたちで、べつに死ななくて
もいいと思うんだけど彼女は死を選んだのよ……」
大城が「単純な疑問ですけど、ただ別離ればいいことじゃないんですか?」
「そこ、そこなの、これは私の憶測なんだけど、たぶん彼を動かすには感性に訴えかけるのが好いと
思ったんじゃないかしら、その手段が人間にとって最大の問題である死だったのよ…… 自分の付き合っていた
彼女が自殺した。 これは一生涯心に残る出来事よね。自殺が海當ちゃんを復帰させる切掛けになると
思ったんじゃないかな?」
中浦が「で彼は復帰したんですか?」
「逆。 あと追い自殺してしまった…… 雪の降る寒い朝になんともやるせない話しでしょ。
死ぬことはないのにね、生きていれば違う術もあるのにどうして死に急ぐかしらね。
ふたりとも素直で優しいひとだったのよ。 特にアズミちゃんは素晴らしい娘だった。
人間的にも魅力的な人。 店の客もみんな泣いたわ。 店ではアズミちゃんを偲んで追悼の会を客が変わる
毎に何回もやったのよ! わたしはその都度大泣きした」
エバの目には涙が溢れていた。 中浦と大城は、アズミが本当にこの店のママと客に愛されていたんだと
分かった。
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