私はマリだけどなにか? 全10話

當宮秀樹

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5「私はマリ、東京に来たけどなにか?」

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5「私はマリ、東京に来たけどなにか?」

 花岡が「マリ、今日の放課後職員室に来てくれるか?」

「先生…私なんかした?」           

「来てから話す。その時に」いつになく神妙な声だった。

「な~~~に・・・偉そうに、もったいぶって…」

「じゃあなっ!」

放課後の職員室。花岡の横でマリが「先生、話しってなんですか?」

「マリ、何ですかじゃない。お前このままだと卒業難しくなるぞ。他の先生に話し聞いたけど国語・数学・英語・物理の出席単位が全然足らないって言ってるぞ。どういう事なんだ?」

「そっすか?」

「お前この教科の時間いつもどこに行ってるんだ?」いつになく花岡の語気は強かった。

「・・・・部」

「なに聞こえない」

「書道部ですけど…」

「なんで?」

「昼寝…」

「えっ?もう一度大きい声で」

「はい、書道部で昼寝してました」

職員室内に先生達のくすくす笑い声が聞こえた。

「なんで?」花岡は語気を強めて言った。

「はい、昼飯を食うとまぶたが閉まるのであります。もう絶対にしませんマリは誓います以上。と言うことでもう帰っていいですか?花岡先生」

「なんでそういう時だけ花岡先生って敬語使うんだ。いつもはジッタって呼び捨てなのに・・・」

「まつ、固いことヌキに、ね!マリも反省してることだし、今日のところはこれで許してやってください…」

「分かった、でもいいか英語の単位はあと2時間欠席すると留年決定だ。熱があっても学校に来い。分かったか…以上」

「オス。分かりました。マリ頑張ります。です」

「ですが多い。戻っていい」

「はい、失礼します。山田麻理枝帰ります」

マリが去ったあと花岡は「本当に分かってるのかなぁ・・あいつ」小さくぼやいた。


 翌年の春

  体育館には正装した先生達と父母が並んでいた。

「先生、在校生の皆さん。今日まで大変お世話になりました。我々卒業生から皆さんに歌を送ります。心込めて歌います。どうぞ聞いてやってください。

さらば友よ 旅立ちのとき 変わらないその想いを今…
さくら、お聞きください。 卒業生起立!」

ぼくらはきっと待ってる  君とまた会える日々を

歌いながら、むせび泣く泣く卒業生。卒業生はどの顔も神妙だった。が、ひとりだけ場の雰囲気を無視し、終始笑顔の卒業生がいた。そう、マリだった。

先生側の席では花岡がマリに小さな手振りで「マリ、お前も泣け…」とサインを送っていた。

マリは「なんで?バ~カ」と手振りで返し、視線をそらした。

卒業式が終了し教室に戻った。花岡は担任として最後の挨拶をした。「みなさん卒業おめでとうございます。無事卒業式を終えることが出来ました。本当にこれで最後です。僕もみんなを受け持って大変勉強になりました。
2年間ありがとうございました…」

花岡の挨拶中マリは終始窓から外を眺めていた。

「マリ聞いてるか?」

「……」マリには花岡の話が耳に入ってない。

「おい!マリ…」

マリは後ろの席の榊原君絵に肩を叩かれた。

「ハイなんですか?」

「マリお前ね…最後までその調子だ…ちゃんと社会に出てやっていけるのか?先生マリのことが一番心配です」

「先生、こっちも私が卒業したら先生が下級生から、舐められて心労から頭の毛が枯れるんじゃないかととっても心配で~す。毛が枯れたらますます結婚出来なくなるよ。みんな先生の髪の毛がある状態をしっかり目に焼き付けておきなね。何年か後のクラス会までその晩秋の頭とお別れ~お疲れ様でした。以上解散!」

最終的にマリのひと声でクラス全員笑いながら解散した。

マリは高校を卒業し進学せず社会人への道を選んだ。目的達成のためのお金を貯めるためパートを掛け持ちしていた。
週3日は今まで通りTEIZIの店で働き、週3日はガラス加工のショップで店員として働くことになった。
毎週土曜の夜は札幌の狸小路の店が閉店後、マリの書いた書を路上販売する日が続いた。

ある時TEIZIの店長が「マリちゃんそんなに働いてどうするの?」

「今はとりあえずお金を貯めます。そして旅に出たいんです」

「旅に?なんで?」

「東京を見てきたいの」

「なんで?」

「色んな人に会いたいの」

「小樽や札幌じゃ駄目なわけ?」

「なんか、ここや札幌はこぢんまりしてそうで、人に会うならやっぱ東京と思ってます。色んな人がいると思うんです。そういう人と触れあってみたいから」

「なんか、アヤミちゃんみたいだね。で、東京でどうやって暮らすの?」

「安いアパート借りて自炊しながら、どこか狸小路みたいなアーケードで書を販売しながら暮らすの」

「書で生計出来るの?」

「たぶん出来ないと思います。だから今頑張って稼いで、
二年は遊んで暮らせるぐらい貯めようと思ってます。だから腕ならしのつもりで狸小路で土曜日に店広げてます」

「でも狸小路の閉店後からだと遅くなるよ、小樽まで帰り大丈夫なの?」

「土曜だけ高校時代の友達のアパートに世話になって、日曜の朝一で小樽に帰ってパートに行きます」

「そっかぁ、マリちゃん感心だね…少ないけど時給少し上げておくからね。くれぐれもあの二人には内緒にね…」

「店長ありがとうございます」

「いや、ジッタからも頼まれてるからね、これくらいなんくるない(大丈夫)さ~~」

「あんたはウチナンチュ(沖縄人)か?」

そして二年後マリ旅立ちの時。

 小樽の居酒屋に店長、ジッタ、シゲミ、アヤミ、例の三人娘そして今日の主役マリ。8人が久々の再会をした。

店長が「今日はマリちゃんの送別会。思えば3年前店に面接に来た時は・・・$#%#’Y%('%&」

シゲミが「店長、無駄に長いけど…」

「あっ、そうだね、とにかく、今日は盛り上がりましょう。マリちゃんの門出を祝しカンパ~イ」

「カンパ~イ」

宴もたけなわ、ジッタが「マリ、身体に気を配れよ。とくに水には気をつけるんだぞ…」

「ジッタ、年寄り臭いこと言わないの。今はおいしい水ならいくらでも売ってるし、コンビニ行ったらなんでも手に入るんだから」

シゲミが「ジッタ相変らずマリに言われっぱなしだね。どっちが先生なんだか…」

全員大笑い。

三人組が「マリ姉さん、東京に行ったら私達も遊びに行くから泊めてね。必ずね! そしてマルキューや竹下通りだとかアキバやブクロや巣鴨だとかスカイツリーも行くんだ」

マリが「あのねっ、そういうのをオノボリさんって言うのね、めんどくせっ! ひと昔前だとカッペともいうの。ホッペに赤い頬紅書いたら完璧に昭和だよ。あんたらに似合いそう…」

アヤミが「ところでどの辺りに住むのさ?」

「今のところ井の頭線の三鷹台から吉祥寺の辺りかなって考えてます」

「閑静な住宅地だね、でもなんで?」

「私、以前から注目してる人が吉祥寺のサンロードで占師みたいことやってるの。だからその人のそばで書の路上販売考えてます。いろいろ吸収したいので」

「それって、もしかしてもとホームレスの花子?」

「えっ!アヤミ姉さん花子さんを知ってるの?どうして?」マリは声高にきいた。

「私は直接会ったことないけど路上販売の中間から聞いたことあるよ」

ジッタが「どんな人なの?その花子って・・・」

アヤミが「なんでも、学生時代は『なんで?の花子とか哲学者花子』って云われてて、とにかく好奇心旺盛で何でも質問したらしいの。東洋学校出てから横浜でホームレスやってて、そこで知り合った何とかっていう爺さんに師事したらしいの。 

で、ある時その爺さんが若者達に絡まれて殺されたらしいのね、それがショックで段ボール小屋に彼女は何日も籠もり続けてたらしいの。そんなある時、一羽の海鳥が魚を捕獲しようと海に飛び込んだ光景を見た。刹那。悟りを開いたっていうの。
その後、家に戻って近くにある吉祥寺のサンロードで会話士と称し、客のガイドからの伝言を伝え相談に乗るという商売をはじめたらしい。
それが評判を呼んで、今では多い時には数十名が平日九時過ぎから訪れるらしいの。私が聞いた花子の情報はそのくらいかな」

ジッタが「それで井の頭線に住もうとしてるんだ…」

店長が「マリちゃんもスピリチュアルに興味あるの?」

「うん、最初はそうでもなかったんだけど卒業間近になって、偶然ネットで花子さんを知ってから、そっちの方に興味がわいたの」

店長が「なんだ、スピリチュアルのことなら僕が専門家なんだから、質問してくれたらよかったのに」

シゲミが「店長はやめときな。インチキだから」

「またシゲミちゃんそんなこと言うもんな! アヤミちゃんどう思う?」

「シゲミのいうとおりインチキだけどなにか?」

相変わらずこのメンバーは笑いが絶えない。

最後にマ「みなさん、今日はどうもありがとうございました。どうなるか分からないけどマリ頑張ります」


 3日後、マリは井の頭に安いアパートを借り吉祥寺のサンロードを歩いていた。

サンロードのストリートミュージシャンに「すみませんこの辺に花子さんという方が夜に出店してるって聞いて来たんですけど知りませんか?」

「あ~~。花さんならそこの銀行前だけど、彼女は不定期だから今日現われるかどうか分からないよ。あれを見てみなよ、若いお姉ちゃんが行儀よく並んでるだろ、花さんに話しがあるならあの後ろに並ぶんだ。でも、来るかどうか分からないから気長にね。暇だから僕の歌でも聴きながら待ってなよ」

そう言い終えると若者はギター片手に歌い始めた。

並び始めて1時間が経過した。小さい椅子と折りたたみの小さなテーブルを持った女性が現われた。並んでいる人の中に顔見知りがいて挨拶を交わしていた。女性は支度を終え、先頭から手招きして椅子に座らせ話し始めた。花子が来た辺りから先程のミュージシャンは気を遣ってからか声のトーンを落とし、歌のジャンルもバラード曲が多く感じられた。

相談はひとり10分ほどの持ち時間で終えていた。マリは時計を眺めながら「今日は無理かも・?また明日出直しか…」そう考えながら宙を見ていた。気が付いたら十一時が過ぎて今日は無理かも、と思っていた。その時だった。

急に花子の声がした「あなたどうぞ」

マリは咄嗟だったので心の準備が出来ていなかった。

「どうぞお掛けください」花子は抑揚がなく淡々とした口調だった。

「失礼します」

「はい、聞きたいことがあったらどうぞ」

「別にありませんけど」マリは自分でもなんでこんな返答をしたのか理解できなかった。

花子は「あなた、私に会いに来たの?」

「あ、はい」

「会ってどうしたかったの?」

「何か感じたかったんです。で、小樽から3日前に井の頭に引っ越して来ました」

「そう・・・で、私と会って何を感じたかった?私を見てどう感じた?」

「まだ実感ありません」

「そう、あなたの生年月日は?」

「平成5年2月28日です」

「はい、でなんで私なの?」

「ネットで花子さんのこと拝見して興味持ちました」

「どう興味持ったの」

「本当に悟りってあるのか?またどんなものなのか?」

「あなたは悟りについてどう思うの?」

「絵空事」

「なんで?」

「私の田舎は北海道の小樽なんですけど、どのお坊さんを見てもお経とお葬式ばっかで、なんか仏教という葬式屋さんみたいな感じが…」

「フふ、そっかそれ以外では?」

「分かりません。花子さんに会ったら聞きたいこと沢山あったんですけど、全部忘れました…」

「じゃあ、もう30分待っててくれる。はるばる来たんだから、終ったら私と軽く一杯のみに行こうか。どう?」

「あっはい!じゃぁ待ってます」

 
 ここは花子馴染みの居酒屋『とりあえずジョッキーください』という名の店、二人は向かい合わせに席に着きビールを注文した。
珍しくマリは緊張しまくっていた「あの~~う。初対面なのにこうして酒飲んでかまわないのですか」

「私が誘ったんだからそれでいいの。なにか理由必要?」

「あっ、いやっ、そんなことありません。オス」

「オスか…面白いね。武道やってたの?」

「あっ、はい!」

マリは今まで感じたことのない得体の知れないなにかを感じていた。深呼吸して気を落ち着かせ口火を切った。

「高校を卒業して進路を考えていたら。花子さんの事を取り上げたブログを拝見しました。もとホームレスで、今は会話士として吉祥寺で沢山の人と会話をしてる女性花子って書いてありました。それで花子さんに興味を持ち是非会ってみたいと思いとりあえず私も、札幌の狸小路というアーケード街で書の経験があるもので、それを販売して…」

その時、この店の看板娘理彩が「花さん久しぶりで~す。これサービスです。どうぞ」枝豆を差し出した。

「理彩ちゃんありがとう」花子が礼を言った。

改めて向き直った花子は「それで?」

「お客さんの顔を見てインスピレーションで色紙に書を書いてお金を貰うという方法で、場慣らしというか何というか、そして今ここにおります。オス」

「そうなの…じゃあ明日から、私の横で敷物でも敷いて座ったら。勝手は馴れてるんでしょ」

「あっ、はい、宜しくお願いします」

「宜しくと言われても弟子でないから適当にやって下さい。私も、特別教えることないから、適当に私のこと観察して下さい」

改めて二人は乾杯した。

「花子さんはどうしてホームレスになったんですか?」

「うん、これからは花さんでいいよ。みんなそう呼んでる。私は卒業してもやりたいことがなかったの。みんなと同じような道に興味がなかったのね。それでどういう訳かホームレスやったのよ。今となれば次郎さんというホームレスと縁があって、会うための当然の成り行きなんだけどね」

「その次郎さんが花さんの、お師匠さんなんですか?」

「そう、私が花開く切っ掛けを与えてくれた人」

そこに理彩がやってきた。

花子が「理彩ちゃん、この子名前え~と?」

「あっ、麻理枝です、マリと呼んで下さい」

「そう、マリさん、小樽から来たばかりなの、いろいろ東京の事とか教えてあげてちょうだい」

「理彩です宜しくお願いします」

「理彩ちゃんも一緒に飲まない?」

花子が「それじゃあ乾杯!」

こうしてマリの東京での生活が始まった。

麻理枝若干二一歳の春の東京      
     
  

END

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