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6「私はマリ、花子と3年間過ごしたけどなにか?」

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6「私はマリ、花子と3年間過ごしたけどなにか?」
 
  マリが東京に来て1年が過ぎたある日のこと、いつものようにサンロードで座っていた。
 
突然声がした「マリ」男性の声。
 
下を向いて筆を走らせていたマリが見上げるとそこに立っていたのは高校の恩師ジッタ。
 
「あんた誰?」
 
「えっ?俺だよ、ジッタだけど?」
 
「ジッタって何処の?ジッタですか?」
 
みるみる間に顔が青ざめてきた。「やだなぁ、冗談やめようよ!」
 
「プッ!バ~カ。ジッタの顔忘れるわけないだろうが。どうしたの急に?誰かと思った…」
 
「連絡しないで突然顔出したら喜ぶかと思って」
 
「喜ぶって誰が?」
 
「マリが…」
 
「私が?なんで?どうして? 喜ぶわけないでしょうが!私が喜ぶのは、小栗旬様に声をかけられた時だけ。なんだい下向いていたら、急に田舎臭いカッペの臭いがすると思ったら、ジッタなんだもの元気にしてたのかい?」
 
「元気にしてたのかいは、こっちの言う台詞だろうが。この1年メールの一通もよこさないで、ジッタ元気ですか?とかなんとか、普通あるだろ!」
 
「なんで?私がジッタに?どうして・?」
 
「俺は淋しいよ!二年間も世話になった先生にその態度」
 
「『きゃ~!ジッタ先生~久しぶり~』とかいって泣けばいいの?」
 
「もういい、先生帰る。邪魔したな!元気でなマリじゃぁ・・・」肩を落として歩き出した。
 
「うっそ!ジッタごめん、つい懐かしくって。マリ言い過ぎました!すみませんでした…」
 
ジッタは振り向いて「バ~カ。ひっかかった。せっかくここまで来てそう簡単に帰るか。バ~~カ。さすがのマリも先生の演技にひっかかった!やった!」
 
「ばっかじゃないの、ハゲ!一年前より、いちだんと薄くなったね、可哀想に、私がズラ買ってやろうか?」マリの目に涙が潤んでいた。
 
ジッタはそんなマリの目を初めて見た。強がり云うけど結構マリなりに苦労してるんだと感じた。
 
「ここに何時まで座ってるの?」
 
「うん、十一時頃までだけどその時によって違う」
 
「そっか、終ったらその辺で一杯どうかなっ」
 
「嬉しい、せっかくだからこれからでもいいよ」
 
二人は居酒屋『とりあえずジョッキーください』に入った。
 
「いらっしゃいませ~。おや、マリが男性となんて珍しいね」理彩だった。
 
「このハゲは高校時代に私が面倒見ていたジッタ先生」
 
「えっ、これが噂のジッタ先生なの!初めまして。私、理彩です。宜しくお願いします」
 
「あっ、花岡です。マリがお世話になってます」
 
マリが「先生、この店の鳥軟骨美味しいよ、どう?」
 
そして二人は久しぶりに乾杯をした。
 
「マリ、けっこう楽しくやってるみたいだな」
 
「うん、なんとかやってる・・・」
 
「少し太ったか?」
 
「うん、生活が不規則だからね。それより今、何年生受け持ってるの?」
 
二人の近況話しが続いた。
 
「ところでお前が云っていた花子さんって、先生会ってみたいな」
 
「今日来てるかな?花さん不定期なんだよねこれから行ってみる?」
 
「うん、せっかくだから行ってみようかな。みんなにも、みやげ話してあげたいし」
 
そして二人は居酒屋を出てサンロードに戻った。
 
「ジッタあそこに人だかりがあるでしょ。あれでもちゃんと並んでるんだよ。順番待ち。結構遠くから来てる人もいるんだ。札幌は私だけだけどね」
 
「先生も並ぼうかな?」
 
「なに、ジッタ相談あるの?」
 
「いや、挨拶でもと思って・・・」
 
「なんで?」
 
「なんでって、お前が世話になってる人だから…」
 
「あっ、そういう人間的な情は超越してるから必要ないの。花さんはそういう人なんだ。とっても優しいひとだよ」
 
「先生には理解できないけど…」
 
「うん、スピリチュアル系を学んでる人なら理解できるかも。私だって一年ずっと横で見てるけどまだまだ理解できないこと沢山あるもん。でも、分かることは誰にでも優しい…そして型にはまらない」
 
 
「理解たってマリは二十三歳。社会に出てまだ三年じゃぁ」
 
「なに言ってるの、花さんは私ぐらいの時悟ったのよ。私達とできが違うのよ、できが…」
 
「そんなもんかねぇ、悟りねぇ…」
 
「ジッタ、今日は私のところに泊まりなよ、花さん誘って飲み直さない?その方が絶対解りやすいよ。ねぇそうしなよ」
 
「じゃぁ今晩世話になろうかな、寝るところは押入れでもかまわないからな」
 
「あったりまえだろ、タダなんだから、マリは男を初めて部屋に入れるんだから光栄に思いなね…」
 
「なんで?」
 
「うっせ……!」
 
 
その後、場所を変え、花子を誘って三人で飲み直した。
 
ジッタが「花さん、悟ったらどんな感じになるんですか?」
 
マリが「ジッタ、もう少し違う聞き方ないわけ?」
 
「だって、先生、悟りって言葉しか解らないから」
 
「いいえ、かまいません。あたりまえの疑問ですから。悟りに定義はありません。花子には花子の悟りがあります。ジッタ先生には先生の悟りがあります。 私が悟る前と後で大きく違ったのは、自分が何処から来て何処に行こうとしてるのかが分かりました。 全ての人は価値満タンということです。ある意味その価値満タンに気付くかどうかということ」
 
ジッタが「価値満タンですか?なんの?価値ですか?」
 
「悟る価値、喜ぶための価値、死ぬ価値、生きる価値、人間としての価値、全ての森羅万象の価値。まだ続けますか?」
 
「あっ、いや結構です。『哲学の花子』ってあだ名が付いてたと聞きましたが悟りはその延長上なんですか?」
 
「ある意味でそうとも云えますし、別物とも云えます」
 
「それは悟ったから解ったことなんですか?」
 
「はい、そうです。全ては繫がってるということです」
 
ジッタと花子のやり取りは深夜遅くまで続いた。
 
マリはジッタって、だてに教師やってないな。質問ひとつひとつポイントを的確についてくる。質問に遊びがひとつもない。花子はいつものように淡々と答えていた。
 
ジッタが「私は今日、花さんにいくつも質問しました。それに対して頭で考えることなく即答で返してくれました。こんなの初めてです。その答えはどこから来るんですか?」
 
「頭で考えてないからです。先程私が言いましたね、価値満タンって。その意味が解ればおのずと答えが出て来ます」
 
「マリ、お前ががなんで東京に、そして吉祥寺に来たのか先生は今じめて理解できた。花さんは凄い人だ。先生はこんな人に出会ったことも聞いたこともない。しっかり勉強させて貰いな」
 
ジッタはそのまま酔いつぶれてしまった。
 
マリは「花さん、今日はすみませんでした」
 
「いいえ、とっても楽しかった。久しぶりに真剣に考える人の目をみたの。あなたがはじめて吉祥寺に来た時は特別質問はなかったけど、目はこのジッタ先生と同じだったよ」
 
「いい先生と巡り会ったね」
 
「そうですか??」
 
「今に気が付くよ…」
 
「なにがですか?」
 
「……」花子は無言で微笑んだ。
 
三人が吉祥寺から出たのは朝の四時を過ぎていた。
 
朝ジッタが目を覚ました「ァ~~よく寝た。マリ?えっ…」部屋からマリが消えていた。三十分程して紙袋を抱えたマリが戻ってきた。
 
「お帰り、マリ何処行ってたの?」
 
「パンだよパンを買いに行ってきたの。近くに美味しいパン屋さんがあるから買ってきたの。 なに、起きたら私がいないから不安になったのかい?」
 
「冗談はよし子さん」
 
「ジッタそれ古いから、田舎くさいし・・・よしなさいね・・・」
 
「お前ね、なにかというとすぐ田舎くさいって言うけど、お前だって田舎もんなんだから…たかだか一年ぐらい東京に住んでるからって。都会面しないの」
 
「ジッタ、うっせ!うっせ!私の家に厄介になってからに偉そうにして!ハゲ…」
 
二人は食事をして、井の頭公園から吉祥寺を探索し中央線のホームに立っていた。
 
「マリ、先生ホッとした。元気そうで」
 
「先生も変わってなくってホッとした。いつまでも先生でいてね。今日は心配してくれてありがとう。で、用事はこれからなの?どこで?」
 
「用事なんて無いよ。だれも用事で東京に来たって言ってないだろ」
 
「じゃあなんで?」
 
「今度話すよ…じゃぁ!」
 
ジッタはそのまま電車で帰って行った。見送ったマリは部屋に戻り昨夜のことを思い浮かべた。頬に熱いものが幾筋も流れていた。その後マリは事あるごとにジッタにメールしていた。
 
 
  マリが吉祥寺に来て3年が過ぎたある日。
 
花が突然「私、少しの間ここを留守にする。のんびりと旅に出る」そう言い残したまま旅立った。
 
マリも「私も、ここらで北海道に帰る」と言いだした。
 
吉祥寺仲間の盛大なお別れ会が三日間続き、それぞれに固いハグを交わし、思い出の街を離れた。
 
久しぶりに小樽に帰ったマリは荷物の整理をして、久しぶりの町に出た。そしてテ~ジの店にやってきた。
 
「いらっしゃいませ~あなたに合った水晶どうですか」懐かしいシゲミの声だった。
 
「ひとつ下さい・・・」
 
「ハイありがとうございます」シゲミが見上げると笑顔のマリの顔が目に入った。
 
「あれ、マリ・マリじゃない…元気だったの。いつ帰ったの?」
 
「3日前で~す」
 
「元気だった?」
 
「はい、元気です。店長は?」
 
「ハゲ、裏のショップに油売りに行ってるのよ。最近、裏に入り浸りなの。あのハゲと向こうのオーナーと話しが合って、何時もこの時間になると行くのよ。もう少しで戻るから待ってな… それよりどうだった?東京は?ジッタ吉祥寺に行ったでしょ。あのあと、店に来るたびにマリと花さんは凄いって自分の事みたいに自慢話するのね、すごく感激したみたいだよ。で、もうジッタに会ったのかい?」
 
「近々連絡してみます。小樽に帰ることはメールしてますから解ってると思います」
 
そこに、店長が帰ってきた。
 
「おや・・・誰かと思ったらマリちゃんでしょ。お帰りなさい元気だったのかい?」
 
シゲミが「店長、マリが帰ること知ってたの?」
 
「うん、ジッタから聞いてたよ」
 
「なんで教えてくれなかったのさ・・・」
 
「言ったでしょ?あれ?僕が言ったのアヤミちゃんだったかな?似てるから忘れた」
 
シゲミが「店長のエロハゲ・・・」
 
マリが「店長、今度はエロハゲなんですか?」
 
「マリちゃんまで・・・勘弁してよ」
 
店の客をほっといて3人は盛り上がった。シゲミが「そうだアヤミが町に出てきてるはずだからメールしておくから」
 
十分ほどでアヤミもかけつけた。店長が「誰か足りないと思ったらジッタが足りない。僕がメールしておこうかね。マリちゃん今日はこの後、なにか予定入ってる?」
 
「いえ、無いです。そうだ私も3人組に連絡します」
 
8時の閉店と同時に店を閉めて宴会が始まった。
 
始まってすぐに店長が「あの~う、もうひとり呼びたいけどかまわないかな?」
 
全員声をそろえて「いいとも~」
 
準備してたかのように現われたのが裏のスピリチュアルショップの女性オーナー大広積子だった。
 
「初めまして大広です。お近づきにビールお持ちしました。これどうぞ」
 
「かんぱ~い」こうして9人がそろった。
 
大広が「マリさんは吉祥寺の花さんと一緒に店並べてたんですって?」
 
「はい、いろいろ勉強させて貰いました」
 
「よかったら花子さんってどんな人か説明願えないでしょうか?あの方はとっても興味あるの」
 
「簡単にですか?簡単にはチョット難しいですね…なんて言うか空気みたいな…俗に、大きな人とか心の広い人とか、哲人とか色んな表現があると思いますが、そのどれもが当てはまるし外れてます。私は花子さんは純粋な人そのものだと思います」
 
テ~ジが「純粋って?」
 
「はい、普通世間の人は外に出たら、誰かに会わせようとしますよね、それが社会だったり、組織だったり。でも、花さんはそのどれにも影響を受けないの。でいてしっかりとと属してるんです。空集合みたいな、分かりやすくいうと、世間に影響されず世間の仲間入りが自然と出来る女性かな…」
 
ジッタが「僕も吉祥寺で朝まで花子さんに質問攻めしたけど、どんな質問にも僕に分かりやすく淡々と応えてくれたよ。
普通質問されたら答えるのに多少の考えるタイムラグがあるよね、彼女はどんな質問にも即答っていうか。こっちが質問する前に察知して答えを云ってくれるんだ。本当に悟りってあるんだよ。花子さんをみたらわかるよ」
 
アヤミが「やっぱ噂は本当だったんだね、もっと聞かせてよ」
 
マリが「花子さんは大学を出てそのまま横浜でホームレスになったらしいの、同じホームレス中間に横浜の次郎さんという人に師事していて、その次郎さんが亡くなる前に花子さんに『なにが不安なんだね?その不安を出してごらん』と云ったらしいの。それを考えてる最中。次郎さんが不良達に絡まれていた人を助けようとして逆に暴行に遭い亡くなったの。
そのショックで鬱状態にあった花こさんが、小屋に籠もりっぱなしで、ある朝カモメが飛んでる姿を見て忽然と悟ったらしいの。その後、実家に戻り近くの吉祥寺で椅子とテーブルを置いて色んな人の話し相手や相談に乗ってるの。そこの横で私が3年間世話になってたの。半分は花さんのぱしりみたいなことやってたの。ある時、花さんが急にひとりで旅出ると云って姿を消したの。で、私も小樽に帰ることにしたって言うわけ」
 
シゲミが「どんな相談が多かったの?」
 
「なんでもなの、老若男女やジャンルを選ばないの。来る人は誰でも対応するの。ただ、ミュージシャンや芸術家が比較的多かったかも」
 
大広が「3年も一緒にいたらマリさんもなんか影響受けました?」
 
「影響かどうか分からないけど。相談者の顔を見たらなんの相談事か分かるようになりました」
 
大広が「ああいうバイブレーションって同調するっていうから、それかもしれないね?」
 
マリが「私もそれ感じたことあります」
 
ジッタが「話し変わるけどマリは今後どうするの?」
 
「うん、ふた月ぐらいのんびりして考える」
 
店長が「またマリちゃんの書を店に置かない?結構評判よくてさ。あの後問い合わせが立て続けにあったんだよ。どう?」
 
その日は終始花子の話題で終った。
                      
 
      END
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