異世界をかける少女

天地海

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第三章 異世界跳躍

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 天音はロボットに案内されるまま街の外を歩いた。
「ちょっと、どこへ向かうつもり?」
「私の家です」
「家って……あの街に住んでるんじゃないの?」
 というか、ロボットが家に住むということ自体がおかしな話だけど。
「……あの街は、もう誰かが住むような場所ではありませんよ」
 また、悲しそうな顔をする。
 でも、ロボットの言うこともわからないでもない。
 人気のない廃墟に好んで住む人はいない――。
「ああ! ってことは、あなたの家には他に人間もいるのね!?」
 あまりに重要で大事なことを確認することを忘れていた。
 まさかロボットだけで生活しているなんてことはあるまい。
 ロボットは人間のために作られた存在だから。
「……いえ、残念ながら。他に人間はいません」
「どういうこと?」
「正直に申し上げれば、私は今混乱しています。あなたの質問ももっともだと理解はしているのですが、まずは確認しなければならないことがあるのです」
「それは、私のことで?」
「はい。とても重要なことです」
 そう言い切られてしまったら、これ以上質問をぶつけるのも悪いと思った。
 少なくともゲルハルトのように裏があるとも思えない……そう思いたい。
 ……一応、ロボットの家に入るときは気をつけよう。
 また縛り上げられたらあまりにも馬鹿すぎる。
 ロボットは急に立ち止まり、しゃがみ込んで地面を探った。
 何をしているのか覗き込むと、ロボットの手元にスマホのような物が埋まっていた。
「それは、何?」
「地下シェルターの入り口を呼び出すリモコンのようなものです。他にも機能はありますが、必要なら後で詳しく説明しましょう」
 言いながら軽快にタッチパネルの画面を操作すると、リモコンの前の大地が丸く光り、静かに浮き上がった。
 金属の円筒が急に地面から生えて出てきた。
 大きさは、大人が三人は入れるくらいだろうか。
 透明なガラスのような自動ドアが音もなく開く。形は変わっているが、エレベーターだった。
「どうぞ」
 レディーファーストでも気取っているのか。言葉通り先に入った方がいいか、それとも背中を見せない方が良いか。
 しかし、これがエレベーターなら後に入ると出るときは先に出なければならなくなる。
 一番警戒しなければならないときに背中を向けるのは嫌だった。
「失礼します」
 そう言いながらも天音は視線をロボットから離さないままエレベーターの奥に進んだ。
「少し窮屈かも知れませんが、あまり時間はかかりませんので」
 そう言うと、エレベーターのボタンを押した。
 自動ドアが閉まり、地中へ沈み込むのがわかる。
 そのまま土の中を音もなく進む。
 一体どういう原理なのか。天音の世界である地球にもこれほどの技術は存在しない。
 下っていると言うことは何となく感覚でわかるが、音も振動も全くない。
「着きました」
 ロボットがそう言うと、いつの間にか自動ドアは開いているみたいだった。
 ただ、その部屋が暗すぎて、開いていることに気がつかなかった。
「どうぞ」
 入ったときと同じようにロボットはレディーファーストを繰り返したが、天音は断った。
「できれば、先に降りてくれない?」
「……確かに、エレベーターの中は狭いですから、その方が都合が良いかもしれませんね」
 ロボットが降りてエレベーターの横のタッチパネルを操作すると、部屋に明かりが点った。
 そこはだだっ広い空間だった。
 部屋と呼ぶより、巨大な地下神殿とでも表した方が相応しい。
「どうしましたか? 私の家はこちらです」
 ロボットは天音が警戒していることに気付きもせず、どんどん進んでしまっていた。
 これだけ離れていては天音に何かできるはずがない。
 慌ててエレベーターから降りて、ロボットの後ろについていく。
「ずいぶん、広いのね」
「ええ。ここには一万人以上の人間が住むはずでしたから」
「――は? 一万人?」
「着きました。ここが私の家です」
 ロボットが立ち止まったのは巨大なビルの前。
 それはあの崩壊した街のビルそのものだった。見上げるほど大きい。
 三十階くらいはあるだろうか。
「家って、これ……ただのビルじゃない」
「人間の住む家としては適切ではありませんでしたか? せっかく作ったのですが、それならどのような家がよろしいのか教えていただけませんか?」
「ちょっと待って、作った!? あなたが!? 一体、どうやって!?」
「資材は奥にたくさんありますから、後は私に記録されている建物のデータから設計図を読み込んでその通りに作ってみただけです。一体での作業だったので数十年かかってしまいましたが」
 ロボットの言っていることが壮大すぎて頭がついていかない。
「……あなたって、もしかして凄いロボットなの?」
「凄い、とは……優秀という意味ですか?」
「この場合はそうね」
「そうだとしたら、私は否定します。決して優秀なロボットではありません」
 きっぱりとそう言った言葉には何か意味があるような気がしたが、それを追求する気にはならなかった。
「そういえば、私のことで何か気になることがあったんじゃなかったっけ?」
「そうでした。ここにお連れしたことに安心して忘れるところでした。あの、まず一番に確認しなければならないのですが……あなたは人間、なんですよね」
 深刻そうに聞いてきた第一声がそんなことだったので危うくその場にずっこけるところだった。
「見ての通り、人間よ」
「サイボーグでも人造人間でも人工生命体でも、ロボットでもありませんか?」
「正真正銘、ただの人間よ! まあ、ちょっと前だったらごく普通の女子高生って言ってるところだけど……正直今はごく普通の、とは言えないけど」
「申し訳ありませんが、手を握ってもよろしいでしょうか?」
「……目的を言って」
「私の掌のセンサーで直接、あなたの皮膚や肉体を調べさせていただきたいのです」
 まるで、何かの実験動物にでもされた気分。
 だけど、ゲルハルトのように天音に何かをするようなそぶりはなかった。
「それだけなら良いわ、はい」
 そう言って手を差し出す。
 ロボットは自分から求めたのにまるで恥じらっているかのように怖々と天音の手を握った。
 そして、瞳のカメラがキュルキュルと天音の全身を下から上まで舐めるように見つめてきた。
 人間にやられたら恥ずかしいし嫌な気分になるところだけど、ロボットに見られてもそう言う感情は抱かなかった。
「……信じられません。あなたの肉体はその全てが自然に生まれた人間そのものです」
 カメラの動きが止まり、ロボットは手を離して二歩後ろに下がった。
「最初からそう言ってるじゃない。それよりも、何が信じられないのかよくわからないんだけど」
「――この惑星ムートは人間は疎か、動物も植物もまともには生きられないのです」
「――え?」
 その言葉に天音はゾッとして自分で自分を抱きしめた。
 ……どこにも異常はない、と思う。
「心配しないでください。健康状態もすでにチェックさせていただきましたが、右肩を少し打撲している以外、これといって問題はありません。それもまあ、私には信じられないのですが」
 ロボットの言葉だからか、天音は信用できた。
「……お互いのことをよく知るためにもまずは自己紹介をしないといけないわね」
「自己紹介、ですか」
「私は照日天音。十六歳の女子高生。って言っても言葉の意味はよくわからないか」
「いえ、ニュアンスから近いデータと照合することは可能ですので。つまり、あなたは学生なのですね」
「あ、そっか。そう言った方はわかりやすいってことね。この世界にも、学校はあったってことか。それで、あなたの名前は?」
「……名前、ですか? 申し訳ありません。私には、というかロボットに名前はありません。人間のために存在する機械に、名前など必要ありませんから」
 合理的に考えたらそうなんだけど、こうまるで人間のように話すロボットが相手じゃ機械のように扱うことの方に違和感を抱きつつあった。
 どうしたものか考えていたら、ふとロボットの肩に刻まれた文字に気がついた。
「……ATB609……英語?」
「ああ、これですか? これは私の製造コードです。エイゴという言葉はやはり私のデータにはありませんが、第一区画ユーアスで主に使われていた記号ですよ」
「609……609……ロック……安易だけど、呼びやすいからいいわ。今からあなたの名前はロックよ。ちゃんとあなたのデータとして登録しておいて。それから、私の名前は天音だから、お互い名前で呼ぼうよ」
「……ロック、ですか? それが、私の名前……? 人間とは、いや……天音さんは不思議な人間ですね。今まで私に名前を付けようなどと考えた人間はいませんでしたよ。ですが、ありがとうございます。ロックと言う名は名付け親の天音さんのデータと共に最重要データとして登録させていただきます」
 ロックは喜んでくれているみたいだったが、それとは反対に天音はあることに気がついていて喜べなかった。
「ロックは、この世界にはもう生き物はいないって言ったわよね?」
「はい」
「ならいつどこで人間と活動していたの?」
 ロックに名前を付けようとした人間はいなかった。それはつまり、人間と共に行動していたことがなければ言えないことだ。
「私が完成した当時、まだ人間は生存していましたから。もちろん、人間だけでなく動物も植物も。この星は命溢れる世界だったのです」
「……完成した当時……? そういえば、ロックっていくつなの?」
「年齢のことですか? そうですね、私のエネルギー炉が動き始めた時を生まれたときとするなら、今年で丁度千百十年になります」
「せ、千百十歳!?」
 そんな長い間活動できるロボットなんて、地球には存在しない。
 わかってはいたが、やはりここも異世界なのだ。
「そうですね。こちらへ来てください」
 ロックは地下シェルターの入り口辺りまで戻った。
 そこには天音たちが降りてきたエレベーターの管理室のような部屋があった。
 部屋の入り口は透明な扉があった。――最初に見たときはガラスかと思ったらどうやらそうではない。プラスチックのような素材に見えるが、きっとそれよりも優れた物だろう。
 その扉の横には例のタッチパネル式リモコンが埋め込まれていて、ロックが操作すると音もなく透明な扉が左右に消えた。
「ここは?」
 中に入ると大きな机が三つ並べられていて、それぞれにパソコンのモニターのようなものがくっついていた。
「仮の資料室です」
「仮?」
「この世界の全てのデータはこの三つのコンピューターに収められているのです。人間の居住施設を作ったときのようにこのコンピューターにも相応しい施設を用意すべきかとも思ったのですが、そもそも利用する者がいなければ意味はないと思ったので、取り敢えずは荷物置き場に置くことに」
 たった三つのコンピューターに収まるこの世界のデータか。
 もし地球の情報全てをパソコンに記録したとしたら、日本のスパコンだけじゃ容量は足りないだろうな。
 この世界の情報量が少ないのか、それともコンピューターが地球のそれより進化しているのか。
 確かめるまでもなく、後者なのだろう。
「このコンピューターなら、天音さんが知りたがっている情報が全て見られると思います」
 天音は真ん中の机の前の椅子に座った。
「……まずは、この世界の歴史が見たいわ。どうして人間が……いや、生き物の住めない星になってしまったのか」
「それは、データを見る必要はありませんね。私がよく知っています」

 ロックが語ったのは、千百年前の話。
 ロックが活動を初めて十年が経った頃だった。
 その時すでに科学は発展を極め、人間は仕事という概念から解放された楽園のような世界だった。
 一人につき一台のロボットが世話をする。
 健康の管理までしてくれるので、人間は皆思い思いただ自分の好きなことだけやっていればよかった。
 ロックも一人の人間を世話していたが、その人間はロボットのことをあまり信用していなかった。
 彼はいずれ人間は滅ぼしあうとロックに予言していた。
 そして、ロックにある改造を行う。
 この世界で作られたロボットや機械には行動理念の一つに人間を守ると言うことがプログラミングされていた。
 ロックはその人間によって最も重要なプログラミングにシステム上のリミッターを取りつけられた。
 それから彼は少しだけロックに心を許すようになる。
 人間という生き物は口ではどう言ったって何よりも自分が可愛い。
 自分を守るためだったら何だってする。逆に言えば、自分が壊れるほどの無茶はしない。
 しかし、ロボットはそうじゃない。人間を守るために壊れることもいとわない。守るためなら手段を選ばないと言うことは怖いことだと教えてくれた。
 それから程なくして、彼の予言が間違っていなかったことが証明される。
 きっかけは小さないざこざ。人間同士の争い。
 最初に攻撃したのは誰か、それは記録にも残ってはいない。
 だが、反撃したのは人間ではない。
 その人間を守ろうとしたロボットだった。
 反撃は次の被害者とさらなる反撃を生む。
 その連鎖は瞬く間に世界へ広がっていった。
 科学が発展した世界で飛び交う兵器は、世界を飲み込む。
 それは――世界の終わり。
 人間を守るため、全てのロボットや機械が戦う中、その機能にリミッターをかけられていたロックだけは人間を守るために自分が壊れることを恐れた。
 そして、彼と共に地下シェルターへ逃げたのだ。
 元々は自然災害用に作られたシェルターは、街の人間全てを収容できるように作られていた。
 ロックとロックの主に導かれて他にも百人近くがこの地下シェルターへ逃げ延びた。
 きっと他の街でも同じように逃げ込んだ人間はいただろう。
 それから数ヶ月後、逃げ延びた人たちは戦争が終わったことを確認するために地上に出た。しかし、誰も帰っては来なかった。
 それでも、この地下で生きることに耐えられなくなった人間が一人、また一人と地上に出ては戻らない。
 最後に残ったのは、ロックの主だけだった。
 彼はロックに二つの説を提唱する。
 一つはまだ地上では戦争が続いている。
 そしてもう一つは戦争は終わっているがそれによって問題が起こっている。
 主のために自分が壊れることを恐れたロックではあったが、それでも主が地上に出て死んでしまうのは嫌だった。
 意を決してロックは地上の調査に出る。
 そこで見たものは、終末戦争で使われた兵器によって空も大地も水も全てが汚染された死の世界だった。
 その事を主に報告すると彼は何かを悟ったかのようだった。
 それから五十年ほどロックは彼と生活を続ける。備蓄していた食料は一万人分だったので一人が五十年生きるには十分だった。
 そして、死期を悟った彼は最後に地上に出た。
 死ぬとわかっていても、空と大地が見たいという主を止めることはロックにはできなかった。
 主を失ったロックは他のシェルターにも生きている人間がいないか探した。
 全てのシェルターを確認するまでにさらに五十年の時を要したが、そこで得た結論はもはや人間だけでなくこの惑星では生き物そのものが生きられない世界であるという事実。
 それから約千年。
 ロックはシェルターの奥で見つけた植物の種をこの大地に芽吹かそうと活動しているのだった。
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