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変身ヒーローと魔王の息子

信念と覚悟

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「本日はお目通りいただきありがとうございます」
 ドレスのスカートを少しだけ持ち上げて、片足を斜めに引いてもう片方の足の膝を軽く曲げた。
 優雅な挨拶はキャリーが女王陛下だと言うことを思い出させてくれる。
「女王陛下にそのような挨拶を受けるような身分ではない。こちらこそよろしくお願いします」
 クランスのスタンスを見てから、キャリーは微笑んで冒険者のような口調になることを許して欲しいと前置きした。
「それは構わない。俺もキャロライン女王陛下の活躍についてはよく知っている」
「魔法水晶による中継を見ていたのね」
「あれは中々のアイディアだったと思う。魔法水晶の新たな方向性が見えたと言っても良い」
「その事だったら、ルトヴィナ女王……メリディアへ問い合わせていただければ新たな魔法水晶の使い方を提供してもらえるかも知れないわよ」
「どういうことだ?」
 思わず口を挟んだ。
 AIのアイディアからルトヴィナが新しい魔法道具でも作ったのか。
「魔法水晶による中継はもう一般的なものになってきてるけど、どうしても画面が小さいでしょ? だから、魔法水晶の映像を投影できるものが作れないか開発中だって言ってたわ」
 映写機とスクリーンみたいなものだろうか。
 そう言うことなら映画の構造がそのままヒントになりそうなものだ。
 今度、ルトヴィナに話してみるか。
「それは面白そうだが、今はもっと大切な話があるんじゃないか?」
 無駄話が長くなりすぎたか。
 クランスが話題を変えた。
「アキラ、ヨミさんたちの話はまとまったと考えて良いのね?」
 キャリーはここにヨミやアスルのことを知らない近衛隊の隊員がいることを考慮して言葉を選んで聞いてきた。
「ああ、そっちの問題は片づいた」
「それじゃ、改めてアイレーリスの女王としてギルドの全てを統括するギルドマスターに正式に要請するわ。復活した魔王の討伐に協力してください」
「断る」
 即答だった。
 そのたった一言にクランスの意思が表れている。
 この件に関してギルドは一切手を貸さないと言うことの表明でもあった。
「……ギルドは、いずれ人間の世界と魔族の世界が戦争になると考えているのよね」
「歴史がそれを証明している。それは避けられない運命だろう」
 クランスの口調は冷静そのもので、一つのよどみもない。
「魔王は魔族とは比べものにならない強さを持っています。そんなものを野放しにしてしまったら、多くの被害者が出るとは思わないのですか?」
「そうはならないと断言できるな」
「なぜです!?」
 さすがのキャリーも言葉に感情が込められた。
 危機感があまりに噛み合わない。
「クランス。あんたの口ぶりじゃ、魔王はまるで人間の脅威にならないと言っているように聞こえる」
 キャリーには冷静に話して欲しかったので、俺が間に入った。
「ああ、その通りだ。魔王は好き勝手に暴れたりしない」
「だが、アスルは瀕死の重傷を負った。他の人間に手を出さないと言いきれるのか?」
「それは、君の仲間のことを悪く言うようで怒らないで欲しいが、自業自得だ」
「自業自得?」
「魔王を解放してしまったことも愚かだが、立ち向かわなければ魔王は君のような存在は無視して去っていったはずだ」
 実際に現場で状況を見たわけではないから反論は出来なかった。
 その代わりにアスルに聞く。
「……魔王に手を出したのは、アスルからだったのか?」
「だって、そうしないと危険だと思ったんだ。あんなに強くて邪悪な魔力を持つ奴を野放しにすることはできないと思ったから……」
 つまり、クランスの言う通りだってことか。
 何だろう。話が噛み合わないのは、情報量が違うからのような気がする。
 クランスは俺たちの知らない情報に基づいて話をしているから、揺るぎない。
「俺の話を裏付けることも出来る。このギルドには全てのギルドに依頼された仕事の情報が魔法によって送られてくるが、それほど危険な魔王が数日世に解き放たれて、それを討伐して欲しいというような仕事の依頼は入っていない」
 暴れていれば被害も出るだろうし、ギルドに関連する仕事も来るはずだと言うことか。
「本当にあの魔王は人を襲わないのか……?」
 アスルの父親だけでなく、人を襲わない魔王がいるならむしろ会ってみたいものだが……。
「それは断言できないな」
「え?」
「その魔王が伝説の剣によって封印されていたと言うことは、人間の敵であることは間違いない」
 わけのわからないことを。
 煙に巻いているつもりなのか?
 俺たちとはまともに話し合いをするつもりはないと言うことか。
「矛盾してるわ。人間の敵になり得るのなら、被害が出る前に討伐するべきでしょ」
 調子を取り戻したキャリーがいつもの口調で詰め寄る。
「その必要はない。こちらから手を出さなければ被害は増えないのだから」
 それでも、クランスの意見は変わらなかった。
 やがて、諦めたようにキャリーがため息をついて告げる。
「話にならないわ。ギルドがそう言う姿勢なら、連合国として動きます」
「待て。余計なことはするな。不確定要素が増える。これだから国の支配層とは関わりたくないんだ」
 少しだけイラついたようにクランスが言った。
 キャリーもそれに乗せられたかのように声を張り上げる。
「あのねえ、あなたは一体何がしたいの!?」
「決まっているだろう! 俺は、この世界の人間を……いや、命を救いたい!!」
 クランスは目尻にほんの少しだけ涙を浮かべて叫んだ。
 その真っ直ぐで強い想いに、キャリーは動揺していた。
 二人の目的はほとんど同じようなものだった。
 話は噛み合わないのに、そこだけは完璧に一致している。
「あの、それならどうして魔王を放っておくのでしょうか? 私には、やっぱりよくわかりません」
 緊張感の漂う空気をほぐすように、エリーネが聞いた。
「……君は、確か今はエリーネ伯爵だったか。君のこともよく知っている。冒険者としての活躍は十分見せてもらったからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
 素直に話すエリーネは十分に場の雰囲気を変えてくれた。
 たぶん、天然なのではなく計算なんだろうな。
 今のエリーネには伯爵としてのしたたかさだってある。
「キャロライン女王陛下。申し訳ないが、護衛の者たちをこの部屋から退出させて欲しい」
「なぜだ?」
 動揺が隠しきれていないキャリーに代わって答えたのはファルナだった。
「俺は、支配者層とその仲間は基本的に信用していない。キャロライン女王陛下やエリーネ伯爵はギルドを通して冒険者としての活躍を見ていたし、上級冒険者の仲間でもあったから特別に信用しているだけだ」
「つまり、我々には聞かせたくない話をするということか」
「察しがよくて助かる」
「だが、キャリーと私は友人でもある。国へ帰った後に聞き出すかも知れないぞ」
 ファルナが挑戦的な瞳でクランスを見たが、彼は少しも気にしていなかった。
「キャロライン女王陛下が俺の話を聞いた上で、あんたに話してもいいと判断したならその考え方は尊重するさ」
「ふむ……わかった。みんな、彼に従おう」
「そ、そんな。それではキャロライン女王陛下の護衛は?」
 ファルナは納得したようだが、部下たちは口々にキャリーの心配をしていた。
 だが、次の一言で黙らせてしまう。
「我々が付いているよりも、アキラ殿が一緒の方がより安全だ」
 信頼されていることは嬉しいが、悪いけど今の俺には変身する力はないんだよな。
 まあ、ヨミとアスルがいるから戦力的には問題ないし、余計な心配を増やすこともないだろうから黙ってるけど。
 ファルナの決断はこの場においてはキャリーの次に絶対だ。
「アキラ殿、キャリーを頼む」
 ファルナはそう言い残して近衛隊を退出させた。
 キャリーの瞳はまだ不信感で塗りつぶされて混乱している様子だった。
 その場に崩れ落ちるんじゃないかと思うくらい危うかったので肩を抱く。
 いつものキャリーなら怒られているところだろうが、視線はクランスから一向に動こうとしなかった。
「これで、クランスの望んだ通りになったぞ。何を話すつもりなんだ?」
 正直なところ、俺はどんな話でもファルナに聞かれたら言ってやるつもりだった。
 キャリーが明かさなくてもな。
「みんなは、魔王の目的は何だと思う」
「魔王の目的?」
 そう言えば、それは俺も気になっているところだった。
 魔族や魔物の目的が魔王になることだとしたら、その先には何があるのか。
「……人を滅ぼすこと」
 キャリーがつぶやいた。
「違う。奴らの目的は伝説の武器を越える力を手に入れることにある」
「どうして?」
 俺の質問にクランスは鼻で笑って返した。その事を気にして、先に一言謝ってから答えた。
「伝説の武器を越えられなければ滅ぼされる運命なら、生き残るためにそうすることは生き物として当然の行動原理だと思わないか?」
「……それは、そうか。魔王が暴れれば、伝説の武器に選ばれし者が現れて退治されるってのが過去の伝承だったもんな」
 しかし、それじゃやっぱり人間が襲われるんじゃないのか?
 魔物や魔族は人間の魔力を取り込んで力を蓄えていたのだから。
 その事を聞くと、まるでその質問が来ることを予測していたかのようにスラスラと答えた。
「いや、魔王ともなると人間の魔力を取り込んだくらいではそこまで強くはなれない。魔王は己を越えようとする魔族を倒すことで伝説の武器を越える力を得ようとする。そして、伝説の武器に選ばれし者が現れるとそれを倒すために動き出す」
 最終的な目標は伝説の武器に選ばれし者を倒すことにあると言うことか。
 だから、伝説の武器が所在不明になった時点で魔王は脅威じゃないと言い切った。
「これは全て、伝承に書かれていた情報なのか?」
「ああ、俺はこの世界の理を知るためにギルドマスターになった」
 信念を持って行動したという自負が窺える。
「……伝承の情報は正確じゃないことも多く書かれているわ。あなたの信じた伝承に間違いがあったらどう責任を取るつもりなの?」
 キャリーは何も意地悪でこういうことを言っているわけではないと思う。
 ただ、同じ志を持っているのにわかり合えないことがもどかしいんだ。
 だから、こういう物言いになっている。
 認めることはないと思うけど、意地になっていると思った。
 クランスの言葉に動揺させられたことが悔しかったのかも知れない。
 そんなことを言ったら、俺が怒られることは間違いないけど。
「俺の考えが信じられないか?」
 クランスは落胆していなかった。こうなることも想定していたのか。
「根拠が伝承では、フレードリヒの新聞と良い勝負だと思わない?」
 さすがにそれは言いすぎじゃないか?
 ここは俺が間に入って仲裁するべきか。
 そう思ったらクランスは含み笑いを浮かべてから驚くような提案をした。
「もし、俺の考えが間違っていて人間に被害が出たら、その時は俺の命を女王陛下に捧げよう。ギルドもあなたの手足のように使って構わないし、魔王の討伐でも指示すれば良い」
「な……」
 クランスの覚悟は俺やキャリーが想像しているよりもずっと重かった。
 そこまで自信があるのか。
 俺はその自信の根拠の方が気になった。
「わかったわ。ギルドマスターがそこまで言うなら魔王の件は私の胸の内に留めます」
「そうしてもらえると助かる」
 やっとキャリーはいつもの様子を取り戻したように力強く立ってそう言った。
 女王としてのプライドだろう。
 クランスも一息ついていたから、お互いに本気の交渉だったのだと気がついた。
「アキラはそれで納得したのですか?」
 心配そうにヨミが聞いてくる。
 やっぱり、魔王の放置は気になるのだろう。
 何しろ仲間内に被害が出たからな。
 しかも、解放したのも仲間だし。
 他に被害者が出たら、アスルは傷つくことになる。
 ヨミが心配になるのも無理はなかった。
 だが、俺としてはキャリーよりもクランスのことを信用していた。
 ヨミたちのことを認めてくれたこともあるとは思うが、やはり知識が違う。
 俺たちにはクランスの話が間違いだと指摘できるほどの知識がなかった。
「予測した行き先は魔界の方角だった。クランスの話とも整合性がとれていると思う」
「……わかりました。私は、信じることに決めたアキラを信じます」
「消極的なんだか積極的なんだかよくわからないな」
「いいんですよ。私はそれで納得することにします。アスラフェルくんも、今は納得してください。勝手な行動だけは許しませんからね」
「わ、わかってるよ」
 アスルが少しだけ小さくなったような錯覚を覚えた。
 バツが悪そうにしているのは、自業自得だと指摘されたことが間違いではなかったからか。
 気持ちとしてはアスルが一番複雑だろうが、一応ギルドマスターが命を懸けてまで魔王が脅威ではないとお墨付きを与えたわけだから、それを無視して下手な行動に出ることもないだろう。
 次に魔王が暴れる原因をアスルが作った場合、さすがの俺も擁護のしようがなくなる。
 それくらいは理解できるほど成長しているはずだ。
「アキラ。私たちはアイレーリスに帰るけど、アキラはどうする?」
 キャリーとエリーネが並んでいた。
「俺は……」
 クランスと周りの本を見渡す。
「ジェシカに頼んだことなんだけど、ギルドの情報を俺にも見せて欲しいんだ。伝承についてももっとよく知りたい」
「そう言うことなら好きなだけこのギルド世界本部にいればいい。俺もあなたのことはよく知りたいと思っている」
 ……何だろう。
 クランスの瞳はヨミやアスルを認めてくれたときとは違った気がした。
 見定められているのは俺の方なのか?
 だからといって尻込みするつもりはない。
 何しろ、ギルドマスターが情報の閲覧を認めているのだから。
 そんなわけで、キャリーたちとジェシカを乗せて飛翔船はアイレーリスへと戻った。
 アーヴィンには必要があったら呼ぶとだけ伝えたので、それ以外のときはシャリオットの指示に従うだろう。

 部屋に残された俺は取り敢えず端から本を取り出して読むことにした。
 すると、クランスが俺の横にいくつか本を並べる。
「全てを読んでも意味はない。最低限でも先にこっちを読んでおくべきだ」
「そうなのか? 悪いな」
「それと、このギルド世界本部は使用人はいない。訪れるものはギルドの代表者と冒険者だけだ。だから、身の回りのことは自分でやってもらうことになる」
 そこまで説明すると、鍵を手渡してきた。
 ここに滞在する間だけ使う部屋を貸してくれた。
「いくらだ?」
「金は取らないよ。君たちがこの世界の平和に貢献できる冒険者になってくれることだけが、俺の求めるものだからだ」
 ただより高いものはないと言うが、俺は大きな貸しを作ってしまったのか?
 だが、俺はここで多くの知識をAIに与えることが出来た。
 少しは自分でも読んでみたが、元々の目的は情報の分析をAIにさせるためだから、ちょっと卑怯かも知れないけど、ほとんどの時間をひたすらページをめくることに費やした。
 AIならその一瞬でカメラに収めるように情報をデータとして記録する。
 後はそこから分析させればいい。
 俺は整理された情報の中から必要な情報だけを呼び出せるというわけだ。

 一週間、俺とヨミとアスルは寝食を共にしながらギルド世界本部の最上階に収められたたくさんの本を読みあさった。
 まあ、俺だけは読んだと言うより見ただけだが。
 結論から言えば、AIによる分析でもクランスの説を否定することは出来ない、と言うことだった。
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