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変身ヒーローと無双チート救世主

最後の魔王の帰還

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「ヴィ、ヴィルギールは?」
「え? ああ、今のがヴィルギールだったの? 倒しちゃったけど」
 そう言って足下のクリスタルを拾い上げた。
 いくつものクリスタルを無理矢理つぎはぎしたようないびつな形をしていた。
「あ、あの……あなたは?」
 恐る恐ると言った風にヨミが聞いて、俺と青年はずっこけそうになった。
「見てわからないか?」
「え? アキラの知り合いの方ですか?」
「母を気取るつもりなら、そこは気付いてやらないとちょっと可哀想だぞ」
 まあ、俺も記憶にあるのは中学生くらいの姿だったし、短期間に大きく成長しているとは思うが。
「……まさか……」
「そう言えば、姉ちゃんは強くなってもあまり容姿が変わらないね」
「魔族や魔物は魔力の成長と共に姿を変えますが、人間で言うところの成人の姿にまで成長を遂げるとそこからはそんなに容姿は変わりません。私たちは人間と違って完成された存在なので、老いも寿命もありませんから」
 冷静にそう言ったのは、メリッサだった。
 アスルとは初対面のはずだが、その瞳は優しげで親しい人を見るかのようだった。
「……兄ちゃん、その子は?」
「メリッサって言う。見ての通り魔王だ」
「初めまして、アスラフェル様」
 ドレスを着ているわけでもないのに、まるでどこかのお姫様のようにスカートの裾をつまんで少しだけ腰を曲げて挨拶をした。
「……そうか、君はグロリアさんの……」
「お姉様をご存じなのですか?」
「今回は出会わなかったけれど、以前の世界でなら話したこともある。君のために戦っていたはずだけど……君自身が魔王として覚醒するとは思わなかった」
 アスルの口ぶりから、世界の理について理解していることが伝わってきた。
 きっとあえてそう言う言い方をしたんだろう。
 メリッサは訝しげな表情をさせていた。
 彼女に説明しても理解してもらえるかはわからない。
 望むなら後で説明するが、今はアスルに言わなければならないことがあった。
「アスル、落ち着いて聞いてくれ。フェラルドが、お前の父親が天使に殺された。俺は一番近くにいたのに、それを防ぐことが出来なかった。すまない」
「兄ちゃん。謝らないでくれ。親父はどうあっても助からない。それは親父から世界の理について聞かされた時にわかっていたことだから」
「だが、助けられる可能性はあった」
「その場ではそうかも知れないけど、そこで助かってもきっと別のどこかで死ぬことになったと思う」
「どうしてそんなことが言える」
 いつの間にか、俺の言葉の方に熱がこもっていた。
 アスルは父親の死を冷静に受け止めている。
 それはまるで、フェラルドが全てを達観していた様子に姿が重なった。
「親父だけじゃない。魔王も魔族もあいつらに殺される。逃げても無駄なんだ。この世界ではオレたちの運命は決まっている」
 アスルはチラッと少年たちに視線を送った。
「それじゃ、何をしても意味がないってことに……」
「運命にただ抗うだけじゃ、何も変わらない。だから、母さんは親父とオレを作った」
 エルフの女王と魔王の子。
 神の想像を超える存在になることで、救世主に対抗する。
 エリザベスが希望を抱き、フェラルドがアスルに託したことだった。
「ここへ来たってことは、エルフの王座も受け継いだのか?」
「うん。魔族も魔物あいつらにだいぶ殺されちゃったみたいだけど、滅びる前に間に合ってよかった」
 アスルの瞳の奥が静かに燃えている。
 怒りや悲しみではない。
 光ある何かが宿っていた。
「兄ちゃん、あいつらの始末はオレに任せてくれないか。この世界の未来はオレの手で切り開きたい」
 溢れる闘志が頼もしかった。
「ヨミ、メリッサ。俺たちは邪魔になるかも知れない」
 そう言って二人の手を引いて後ろに下がった。
 それを待っていたかのように、少年が抜き身の刀を持ったままアスルに近づいた。
「お前、何者だ?」
「エルフの王であり、魔王――アスラフェルだ」
「エルフと、魔王の子だと……?」
 少年が目を細めてアスルを見つめた。
 アスルの全身から力が溢れるのがわかる。
 だが、それは魔力ではなかった。
 ネムスギアのセンサーだとアスルの魔力は計測不能。
 魔力を感知できないのではないし、アスルから魔力がなくなってしまったわけでもない。
 ただ、別の何か新たな力がアスルの中に生まれている。
 それはネムスギアにも特定できていない未知のエネルギーだった。
「お前が世界を救う者か?」
「ああ、そうだ。俺だけがこの世界を救える」
「その必要はない。魔族や他の魔王は人間を襲わないし襲わせない。だから、お前が救う世界などもう存在しないんだ」
「それはお前が決めることじゃない。人間たちがお前らを恐れる限り、どちらかが滅びるまで戦いは終わらない」
「……今のは一応最後のチャンスだったんだけど、まあ……応じるわけないよな」
 諦めたようにアスルがつぶやく。
「チャンス、だと?」
 少年は小馬鹿にするようにいった。
「人間相手に本気で戦うつもりはないが、少し痛い思いをすることになるよ」
 アスルの全身に光と闇のエネルギーが絡みつくように溢れ出た。
「おもしれーじゃん」
 少年も刀を構えた。
 その刀身が光り輝く。
 神から与えられた力か。
 ジリジリと二人は間合いを計りながら少しずつ近づいた。
「はっ!」
 先に動いたのはアスルだった。
 刀の方が間合いが広いが、飛び込んでしまえば逆に有利になる。
 少年もそれはわかっていたようで、アスルの動きに合わせるように地面を蹴って後ろに引いた。
 しかし、前に出たアスルの方が突進力が上だった。
 それ以上の接近を許さないように、少年が刀で薙ぎ払う。
 アスルはさらに低い姿勢を取って地面を滑るように走って躱した。
 少年の一撃目は牽制だった。
 大振りしているように見えたが、すぐに刀を返して今度は振り下ろす。
 ほとんどしゃがんだ姿勢のまま走っているアスルにはもはや避けられない。
 ガキッと鈍い音が一つだけ聞こえた。
 アスルが光を纏った左の裏拳で刀を横に弾く。
 少年の体がバランスを崩し、胴体の部分がアスルの目の前に無防備に晒されていた。
「おりゃあ!」
 闇を纏った右の拳が少年の体に真っ直ぐ突き刺さる。
 アスルが拳を振り抜くと、少年の体は吹っ飛ばされた。
 少年の体が地面に叩きつけられて、刀がくるくる回って地面に突き刺さった。
「ハル様!」
 ミニスカナース服の女が駆け寄ろうとしたが、少年はすぐに立ち上がって「来るな!」と叫んだ。
 その口元から少しだけ血が流れている。
 少年はそれを拳で拭いながら、突き刺さっていた刀を引き抜いた。
「……驚いたな。あの合体魔王よりも強い敵が現れるとは思わなかった」
「合体魔王?」
 アスルが聞き返す。
「お前が一撃で倒した奴だよ。あいつはいつも一番の魔王になるために他の魔王のクリスタルを手に入れようと画策していた。ゲスな野郎だが、純粋に力を求める最も魔王らしい魔王だった。他の魔王の魔力を自分に取り込んじまうから強さも申し分ない。あいつとの戦いは面白かった。自分の力に過信している奴の心を打ち砕くのは楽しいからな」
「……世界の平和を守り、人間を救うために戦っているじゃないんだな」
「結果的にそうなるだけだ」
「それじゃ、お前が見下している勇者たちと同じじゃないか」
「ハハハッ! 少し違うさ。俺はあいつらと違って負けない」
 少年は刀を構えて走り出す。
「ブラストアクセル!」
 呪文を唱えずにいきなり魔法を発動させた。
 風が吹いたかと思ったら少年の姿が消えた。
 ザシュッと言う斬撃だけが聞こえて、アスルの服が引き裂かれて血に濡れる。
 キャノンギアのセンサーが少年の姿を何とか補足した。
 少年の全身に風が吹き荒れていた。
 それを利用して刀を走らせながらアスルの回りを縦横無尽に駆け巡っている。
 風の向きが瞬時に切り替わって、少年の動きをアシストしていた。
 最高速度は、たぶんファイトギアの技――マルチプルトリックを使っている時くらい。
 風向きが変わるほんの一瞬だけ少年の姿が現れるが、アスルは反撃できずにただ斬りつけられていくだけだった。
「アスラフェル様!」
「来ちゃダメだ!」
 今にも飛び出していきそうなメリッサをアスルの叫び声が止める。
「兄ちゃんのお陰だ。これはあのファイトギアとか言うのに似てる」
 アスルがニヤリと笑みを浮かべた。
「ダークプリズム!」
 アスルを中心に光と闇が膨張して爆発した。
 アスルも呪文を唱えずに魔法を使った。
 元々魔法の使えない俺にはその原理がよくわからないが、二人とも普通じゃないことだけはわかった。
 あの魔法、以前は上手く制御できていなかったが、さすがに今のアスルには完璧にコントロールされていた。
 爆発の中からアスルだけが姿を現す。
 ……少年は、どこに?
 そう思っていたら、空から落ちてきた。
 くノ一のような女が跳び上がって少年をキャッチして地上に降り立つ。
 彼の手に刀はまだ握られていたが、刀身は半分になっていた。
「まだ戦うのか?」
 少年にそう問いかけた時には、アスルの体は魔力によって再生されていた。
 ……え?
 どういうことだ?
 確か、少年に傷つけられたところは魔族の特性による再生は不可能のはずだった。
 グロリアだって再生できなかったから回復魔法を使っていた。
 神の想像を超えた存在になったアスルには、救世主の攻撃すら効かないのか。
「フ……ククク……アハハハハッ……」
 乾いた笑い声を発していたのは、少年だった。
 四つん這いになって地面を拳で叩いている。
 その仕草だけを見たら悔しがっているようにしか見えないが、笑い声だけがこだましていた。
「何が面白い」
 冷たい声でアスルが言う。
「ハハハハハッ……わ、悪いな……クククッ……」
 少年はやっと顔を上げたが、まだ笑いが込み上げてくるのか、腹を抱えて地面を転がっていた。
「……ハル様……?」
 制服の上に軽装の鎧を身につけた少女が不安そうに少年を見つめる。
「ごめんごめん。大丈夫だから、そんな顔をしないでくれ」
 ようやく笑いが止まったのか、息を吐いてから立ち上がった。
「こんなにわくわくするのはどれぐらいぶりだろうな。ネムスには会えるし、合体魔王よりも強いヤツと戦える。どうせ最後には俺が勝つんだけどさ、それでも俺の知らないことが起こるって楽しいんだな」
 爽やかな表情でそう言った少年の姿に違和感を覚えた。
 あれだけの魔法で攻撃されたのに、体どころか服もまったく傷が入っていない。
 口から血を流していたから、アスルの攻撃がまったく効いていないわけではなかったはずだ。
 それじゃ、魔族のように魔力で再生させたとでも?
 しかも、少年の場合は体だけじゃなくて服もだぞ。
 ヨミの服のように魔法の繊維で作られたものではない。それはキャノンギアのセンサーが示している。
 ……天使とも違う存在。救世主ってのは、本当に何者なんだ?
 まさか、エリザベス女王の予想していたとおり――神――?
「楽しい、だと」
「ああ、お前のような強いヤツと戦うのは楽しい。だけど、それだけじゃ今は倒すだけの意味がない」
「? 意味? 何を言ってるんだ?」
「あのヨミという魔王も一部の人間から信用されていた。そして、お前にも似たような雰囲気を感じる」
 少年は俺たちを遠巻きに囲む人間たちを見渡した。
「人間を殺そうとした魔王をお前が倒してしまったからなのかな。人間たちはお前らにあまり恐怖を抱いていない。それじゃあ、倒しても意味がないんだよ。人間を愛するだの、人間を守るだの、平和を求める魔王は存在してもらっちゃ困るんだよな。どうしてここまで成長するまで天使たちが見逃したのかよくわからないが、これだけの強さを持った敵を今さら天使に排除させるわけにもいかない。だから、俺自身の力で少しだけ修正させてやるよ」
「お前は、何を言ってるんだ……?」
 そう思ったのはアスルだけではない。
 俺も少年の言葉の意味は理解できなかった。
 それなのに、たとえようのない不安に襲われる。
 何か、とても嫌な予感がした。
「俺と戦いたかったら、勇者たちを殺して人間を恐怖に陥れな。そうしたら今日の続きをやってやるよ」
「ふざけるな! 今ここでお前を倒して、世界の運命を――」
 アスルの言葉を遮るように少年が背を向けて勇者たちが間に割って入ってきた。
 ジュリアスの姿も見える。
 本当に伝説の弓は復活していた。
 五人の勇者たちはそれぞれ武器を構えてアスルと向かい合っていたが、その瞳には怯えが浮かんでいた。
「そこを退け! 戦う意志のない人間を殺す気はない」
「ぼ、僕だってそうしたいさ! お、お前が普通の魔王じゃないことくらいわかる! でも、伝説の武器がそれを許さないんだ!」
 勇者たちの心はすでに折れていた。
 それなのに、なぜ資格が失われない。
 ジュリアスの話が本当だとするならば、むしろ伝説の武器自身が意志を持って勇者たちを操っているように聞こえる。
 ガイハルトや他の勇者たちも困惑していた。
 それを見て、アスルも同じような表情をさせた。
 ジュリアスが弓を引く。
「違うんだ! これは僕の意志じゃない! 避けてくれ!」
 ジュリアスの叫びも虚しくその手から無数の光の矢が放たれた。
「チッ」
 アスルは闇を纏った右手を払って光の矢を消滅させる。
 そこへガイハルトと槍の勇者と斧の勇者が飛び込んでいく。
「ヨミ、メリッサ! 様子がおかしい。勇者たちを止めよう!」
「はい」
「……殺さずに?」
「出来れば、そうしてやってくれ」
 メリッサは無表情のままだったが、
「仕方がないわね。アスラフェル様も殺すことは望んでいないみたいですし」
 渋々ながら同意してくれた。
「はあ!」
 アスルが斧の勇者を蹴飛ばす。
 その場に倒れ伏すが、まるで伝説の斧に引っ張られるように無理矢理立ち上がった。
 顔は涙と鼻水と吐瀉物でぐちゃぐちゃだった。
「な、なんなんだよぉ」
 情けない声を上げながら、それでも伝説の斧を振り回す。
 ガイハルトも槍の勇者も似たようなものだった。
 顔は平静を装ってはいるものの、意志とは関係なく武器に振り回されている様子がありありと伝わってきた。
 もちろん、そんな攻撃が今のアスルに届くはずはない。
 アスルも軽くあしらっているが、だからといってこの状態の勇者たちを殺すわけにもいかず、いつまでも戦いが終わらない。
「アスル! 武器だ! 伝説の武器を破壊しろ!」
「そうか!」
 伝説の斧を振り回しながら向かってくる勇者に、アスルが突っ込んでいく。
 どうするつもりなのかと思ったら、アスルは伝説の斧の刃を素手で掴んだ。
「はっ!」
 右手の拳でそれを殴りつけると、伝説の斧はバラバラに砕け散った。
 斧の勇者はその場に尻餅をついたのだが、その右手にはすでに伝説の斧が復活していた。
「う、うわあああああ!」
 そんな馬鹿な!
 破壊した側から復活するなんてありえない。
 伝説の武器と言うより、呪いの武器なんじゃないかと思った。
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