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変身ヒーローと無双チート救世主
この世界を救うもの
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矛盾していることはわかっていた。
ヨミやアスルは説得で心が変わるってことはない。
そもそもどうして二人が急に心変わりしたのかその原因だってわかっていない。
二人を止めるには、もう俺が倒してしまうしかないと覚悟も決めたはずだったのに、土壇場になって二人とは別れたくないと思った。
「……甘いな」
彰がつぶやいた。
『自分でもそう思ってる。でも、やっぱりヨミもアスルも死んで欲しくない』
「お前のことはこの世界に来てからずっと見てきたからな。こうなることはわかっていた」
ヨミがゆっくりと立ち上がる。
魔法が使えないくらい魔力を消費しているのに、それでも彰に向かってきた。
とはいえ、その動きは鈍くて予知の必要すらない。
アスルも向かってきたが、二人がかりでも今の彰には触れることすら不可能だった。
反撃しようと思えばすぐに二人とも殺せるだろう。
それなのに、彰はあしらうだけで攻撃はしなかった。
「ある意味、お前のお陰で俺はここにいる。だから、こいつらの相手は任せろ。お前はお前のやるべきことに集中するんだな」
意識が混濁する。
俺は、彰ではなかった。
ヨミの目で彰を見る。アスルの目で彰を見る。
心と体が一致していない感覚は、ヨミやアスルとも共有していた。
辺りは急に闇に包まれる。
何もない空間に、俺とヨミとアスルの意識だけが存在していた。
互いの姿は見えない。しかし、確かにそこに存在するということだけはお互いにはっきり認めていた。
『ここは?』
『わかりません。でも、アキラの言葉が聞こえます』
『兄ちゃん、オレもだ。兄ちゃんだけじゃなくて、姉ちゃんもオレ自身も見える』
ヨミとアスルが答える。
その口調や雰囲気は俺のよく知る二人のままだった。
『私のテレパシーであなたたちの心を繋いでいます。今あなたたちは、大地彰でありヨミでありアスラフェルでもあります』
その声は未来の声だったが、彼女だけは外側から聞こえてきたような気がした。
『そこでなら誰にも邪魔されず、本当の意味で心を通わせることが出来ます。お兄様がお二人の体を押さえている間にどうするべきか結論を出してください。時間は多くありません。救世主が飛翔船に乗ってこちらに向かっています』
大地彰がヨミやアスルと戦っているのは、俺にも見えていた。
それは、もちろん俺の視点だけじゃなくて、それぞれの視点で。
だからきっと、ヨミやアスルも同じものを見ているんだろうという確信がある。
『私を殺してください!』
追い詰められているかのような声でヨミがはっきりと言った。
『オレもだ! この力は兄ちゃんを困らせるために身につけたわけじゃない。今の兄ちゃんなら、オレたちが相手でも倒せるんだろう!』
正確には、本来の体の持ち主である大地彰が戦っているのであって、あれは俺じゃない。
ただ、大地彰ならヨミやアスルも倒せるだろう。
デウスギアが使えると言うだけでなく、大地彰が誰かに負ける姿は想像できなかった。
『ヨミ、アスル。二人とも心を失ったわけじゃない。自分で自分の体を制御できないのか?』
『出来るのなら、とっくにそうしています』
見えていないはずの本物のヨミが眉をひそめたような気がした。
『どうして、二人とも体が勝手に動くようになったんだ?』
『わからないんだ。決戦場であのハルという人間と戦った時に、急に体の自由が利かなくなった』
アスルが悔しそうに歯がみする。
『……勇者たちも、同じような感じだった。自分の意志に反して二人に戦いを挑んでいた』
『今だってそうだ。俺はあいつらを殺したくなかったし、勇者だって戦いたくなさそうだった。それなのに、止められない』
『全ては、あのハルの思惑通りに進んでいる。やはり、あいつこそが神なのか……?』
――ウォルカ王国の町並――。
――どこか見覚えのある取り巻きの女たち――。
――伝説の武器と勇者――。
――人類と対立し、倒すべき存在の魔王――。
――世界の理――。
――異世界転生――。
この世界の全てが光晴が活躍するために用意されているかのよう。
光晴は大地彰でさえ知っていた。
この世界のものなら絶対に気付くことのない存在のはずだった。
だから、光晴が俺の知っている世界からこの異世界へ転生してきたことは間違いないと思った。
彼にとって唯一例外的なものがあるとしたら――。
俺という存在だ。
ループする世界の中で、それを認識してきた者たちは俺こそが救世主のようだったと勘違いしていた。
その役割は、ハルが担うはずだったんじゃないか?
俺がループする世界を破壊した。
ヨミやアスルがあのまま俺と一緒に人間たちに受け入れられたら、救世主として活躍できなくなる。
光晴は自分がこの世界で活躍するために、神として二人の心を――いや、勇者たちの心さえも思うがままに操ったんだとしたら……。
いいや、例外は俺だけじゃない。
ヨミもアスルも、例外じゃないか。
魔物が魔王になるなってことは、ループを経験してきた者たちですら見てこなかった現象だ。
アスルが魔王だけでなくエルフの王として力を得ることも、初めてのはずだ。
俺の意識は光晴やこの世界に操られることはない。
きっと、二人だって出来るはずなんだ。
『ヨミ、アスル。俺はお前たちを殺さない!』
『なぜですか!? 私は自分の体を制御できません! いずれアキラを殺すか、あるいはハルという救世主に殺されるんでしょう。だったら、私はアキラに殺されたい』
『兄ちゃん、オレたちを殺すのは辛いかも知れないけどさ。でも、オレたちをあの人間に殺させないようにしてくれないか?』
感情的になったヨミとは対照的に、アスルは冷静に言う。
覚悟と達観していることは十分に伝わってきた。
それでも、俺は気に入らない運命を受け入れたくなかった。
死ぬまで抗い続ける。
それまでは、簡単に命を投げ出したりはしない。
『二人の心が消滅しているなら、俺は殺してでもハルとの戦いを止めたと思う。だけど、二人の心はまだ失われたわけじゃない。俺は信じたいんだ。二人とも体を取り戻せるって。だから、最後まで俺と一緒に抗ってくれないか?』
その言葉はほとんど願望に近かった。
この辺りが俺の“甘い”ところなんだろう。
二人が本気で勇者たちや人間を殺したいと思っているはずはなかったのに、心のどこかで疑心暗鬼になっていたのかも知れない。
ヨミやアスルが自分のことで不安に陥ったように。
何が起こっても俺だけは信じるべきだったんだ。
なぜなら、二人はもう俺の――。
『アキラ……』
『兄ちゃん……』
暗闇だけの世界に一条の光が入る。
すでに、彰とヨミとアスルは戦いを止めていた。
俺たちが体に戻ることで再び戦いが始まるのか、あるいは心が体を取り戻せるのか。
俺に予知能力は使えないはずなのに、その答えはもう見えたような気がした。
ヨミとアスルの瞳に輝きが戻る。
あの貼り付けたような笑顔はなくなっていた。
その代わりに涙が溢れている。
「私は、取り返しの付かないことを……」
膝から崩れ落ちながら、ヨミは地面を殴りつけた。
槍の勇者を殺してしまったことを嘆いていた。
それはアスルも同じ。
三人もの勇者を殺している。
ヨミのように態度には出していなかったが、目を伏せながら拳が震えていた。
自分の意志ではなかったことは、俺たちにしかわからない。
「お前らだけの責任じゃないさ。俺たちは仲間だから。一人で背負うことはない。俺たちみんなで背負っていくんだ」
いつの間にか、大地彰の体はまた俺のものになっていて、デウスギアは解除されていた。
「なんだよ、それ」
不意につまらなさそうな声が聞こえてきて、振り返ると光晴とその取り巻きの女たちがいた。
空には飛翔船も浮かんでいる。
俺たちが心の中で話をしている間に来てしまったようだ。
だが、どういうわけか知らないがネムスギアのエネルギーは回復している。
ヨミもアスルも魔力を減らしてはいるが、心が体を取り戻せたなら無駄に争う必要もない。
「どういうことなのかな? これは?」
そう言いながら、光晴はガイハルトを蹴飛ばした。
「な、何をする!?」
「たかが勇者が偉そうに言うなよ。お前らは魔王と戦うために存在するんだから。さっさと戦って死ね」
「な……」
ガイハルトが信じられぬものでも見るような瞳を光晴に向ける。
「お、お前は……何者なんだ……?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。さっさと戦って死ねって」
「こ、断る! お前なら魔王が倒せるんだろう。俺たちが戦う意味なんてないじゃないか!」
「ハハハッ! 意味はあるさ。この世界の人間たちは勇者だけが魔王と戦う力を持つと信じてる。それが通用しないと知ったら、どうなるのかな?」
「……混乱するに決まっている」
「そう。そこへ魔王を完全に倒すことの出来る俺が登場したら?」
ガイハルトは言葉を失っていた。
光晴の問いに対する答えは簡単だった。
ガイハルトはそれが理解できたから答えられなかったんだ。
勇者に集まっていた羨望や期待は根こそぎ救世主に奪われる。
「それが、光晴の役割なのか?」
「お前――なぜ、俺の名前を知ってる?」
「さあ、どうしてだろうな」
光晴がイラついたような表情を見せたのはほんの一瞬だけだった。
すぐに無表情に戻る。
「……今回はおかしなことばかり起こった。女の子たちを落とすのにやたらと時間がかかったし、大陸に渡った時にはほとんど全てが終わっていた。おまけに、ネムスがこの世界にいる。まあ、ネムスや大地未来にこの世界でも会えたことは悪いことじゃなかったけどさ、こんな結末は求めていないんだよ」
死んだような瞳。
光晴にはもうこの世界が映っていないように見えた。
「アキラ、あの人は一体何を言っているんですか?」
何となくわかっているんだ。
でも、説明できない。
「残りの魔王は四匹か。ここに全部揃ってるのは幸いだったな。さっさと終わらせて次を始めよう」
直感的にまずいと思った。
ここで魔王が光晴に殺されたら、世界は終わる。
「メリッサ! バルトラム! 逃げろ!」
俺の言葉よりも先に光晴は刀を抜いて倒れたままの二人の体を斬り裂いた。
断末魔さえ上げることなく、メリッサとバルトラムのクリスタルが転がる。
ファイトギアと同レベルの速さなのか?
俺には光晴がどうやって移動したのかさえ見えなかった。
「ヨミには今の動きが見えたか?」
「い、いえ。アキラの妹さんのように突然姿が消えて、いきなり二人の前に現れたようにしか……」
この世界の魔法にはテレポートなんてなかった。
これも神から与えられたギフトだって言うのか。
「残り、二匹――」
「はっ――」
俺は光晴のことをまるでわかっていなかった。
まず何よりも二人をこの場から離脱させるべきだったんだ。
心が体を取り戻したことにホッとして、最も気をつけなければならないことを忘れていた。
振り返ると、ヨミとアスルの体が真っ二つにされていた。
気配が移動した様子すら感じられなかった。
二人の体が光の粒となって消えていく。
「……ご、ごめんなさい……せっかく、本当の自分を取り戻せたのに……あなたと一緒に戦えない……」
「ヨミ!!」
伸ばした手を掴もうとしたが、触れることは適わなかった。
左半身はすでにクリスタルとなって地面に転がっていた。
残りの右半身も腕と足は消失している。
全ての魔王が倒されてしまった。
これでもう終わりなのか。
こんなにあっさり、世界は終焉を迎え、始まるのか。
「……諦めずに、最後まで抗うといった言葉……私は信じています……」
それが、ヨミが最期に残した言葉だった……。
俺に全幅の信頼を寄せた微笑み。
守ってやることが出来なかった……。
「光晴――!!!!」
怒りが爆発してそれ以外の感情が吹き飛ぶ。
こいつだけは許せない。
ヨミを殺しただけじゃない。
俺の心がこいつの存在を拒絶している。
「ふぅん。やっぱり、未来さんの言っていたとおり、今回の最後の敵はネムスだったんだ。憧れた正義のヒーローが闇堕ちしたから俺が倒すってことで良いのかな」
「わけのわからないことを言ってるんじゃねえ! 融合変身!」
生身の状態から直接ハイパーユニオンギアを展開させることはできなはずだった。
しかし――。
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ハイパーユニオンギアフォーム、展開します』
紫を基調としたアーマーが俺の全身を包み込む。
光晴の動きは緩慢だった。
刀を鞘にしまう動作がスローに見える。
『オーバーチャージブレイク、ファイナルストライク』
右拳にエネルギーが集中してもまだ、光晴は刀を鞘に半分ほどしか収められていなかった。
突き出した右拳に引っ張られるようにして、光晴の体に突っ込む。
彼は俺が何をしようとしているのか、まだわかってはいないようだった。
避けることもガードすることもなく、無防備に刀の柄を握っている。
俺の右拳は、丁度光晴の左胸を貫いた。
「ハル!!」
女たちの悲痛な叫び声が聞こえる。
光晴は刀の柄を握ったまま、俺にもたれかかってきた。
まだ少し息はしているようだが、心臓を貫かれて生きられる人間はいない。
これでもリザレクションを使えば回復するのだろうか。
しかし、光晴の取り巻きたちは俺に近づこうともしなかった。
復讐を果たしても、スカッとはしなかった。
ヨミやアスルは説得で心が変わるってことはない。
そもそもどうして二人が急に心変わりしたのかその原因だってわかっていない。
二人を止めるには、もう俺が倒してしまうしかないと覚悟も決めたはずだったのに、土壇場になって二人とは別れたくないと思った。
「……甘いな」
彰がつぶやいた。
『自分でもそう思ってる。でも、やっぱりヨミもアスルも死んで欲しくない』
「お前のことはこの世界に来てからずっと見てきたからな。こうなることはわかっていた」
ヨミがゆっくりと立ち上がる。
魔法が使えないくらい魔力を消費しているのに、それでも彰に向かってきた。
とはいえ、その動きは鈍くて予知の必要すらない。
アスルも向かってきたが、二人がかりでも今の彰には触れることすら不可能だった。
反撃しようと思えばすぐに二人とも殺せるだろう。
それなのに、彰はあしらうだけで攻撃はしなかった。
「ある意味、お前のお陰で俺はここにいる。だから、こいつらの相手は任せろ。お前はお前のやるべきことに集中するんだな」
意識が混濁する。
俺は、彰ではなかった。
ヨミの目で彰を見る。アスルの目で彰を見る。
心と体が一致していない感覚は、ヨミやアスルとも共有していた。
辺りは急に闇に包まれる。
何もない空間に、俺とヨミとアスルの意識だけが存在していた。
互いの姿は見えない。しかし、確かにそこに存在するということだけはお互いにはっきり認めていた。
『ここは?』
『わかりません。でも、アキラの言葉が聞こえます』
『兄ちゃん、オレもだ。兄ちゃんだけじゃなくて、姉ちゃんもオレ自身も見える』
ヨミとアスルが答える。
その口調や雰囲気は俺のよく知る二人のままだった。
『私のテレパシーであなたたちの心を繋いでいます。今あなたたちは、大地彰でありヨミでありアスラフェルでもあります』
その声は未来の声だったが、彼女だけは外側から聞こえてきたような気がした。
『そこでなら誰にも邪魔されず、本当の意味で心を通わせることが出来ます。お兄様がお二人の体を押さえている間にどうするべきか結論を出してください。時間は多くありません。救世主が飛翔船に乗ってこちらに向かっています』
大地彰がヨミやアスルと戦っているのは、俺にも見えていた。
それは、もちろん俺の視点だけじゃなくて、それぞれの視点で。
だからきっと、ヨミやアスルも同じものを見ているんだろうという確信がある。
『私を殺してください!』
追い詰められているかのような声でヨミがはっきりと言った。
『オレもだ! この力は兄ちゃんを困らせるために身につけたわけじゃない。今の兄ちゃんなら、オレたちが相手でも倒せるんだろう!』
正確には、本来の体の持ち主である大地彰が戦っているのであって、あれは俺じゃない。
ただ、大地彰ならヨミやアスルも倒せるだろう。
デウスギアが使えると言うだけでなく、大地彰が誰かに負ける姿は想像できなかった。
『ヨミ、アスル。二人とも心を失ったわけじゃない。自分で自分の体を制御できないのか?』
『出来るのなら、とっくにそうしています』
見えていないはずの本物のヨミが眉をひそめたような気がした。
『どうして、二人とも体が勝手に動くようになったんだ?』
『わからないんだ。決戦場であのハルという人間と戦った時に、急に体の自由が利かなくなった』
アスルが悔しそうに歯がみする。
『……勇者たちも、同じような感じだった。自分の意志に反して二人に戦いを挑んでいた』
『今だってそうだ。俺はあいつらを殺したくなかったし、勇者だって戦いたくなさそうだった。それなのに、止められない』
『全ては、あのハルの思惑通りに進んでいる。やはり、あいつこそが神なのか……?』
――ウォルカ王国の町並――。
――どこか見覚えのある取り巻きの女たち――。
――伝説の武器と勇者――。
――人類と対立し、倒すべき存在の魔王――。
――世界の理――。
――異世界転生――。
この世界の全てが光晴が活躍するために用意されているかのよう。
光晴は大地彰でさえ知っていた。
この世界のものなら絶対に気付くことのない存在のはずだった。
だから、光晴が俺の知っている世界からこの異世界へ転生してきたことは間違いないと思った。
彼にとって唯一例外的なものがあるとしたら――。
俺という存在だ。
ループする世界の中で、それを認識してきた者たちは俺こそが救世主のようだったと勘違いしていた。
その役割は、ハルが担うはずだったんじゃないか?
俺がループする世界を破壊した。
ヨミやアスルがあのまま俺と一緒に人間たちに受け入れられたら、救世主として活躍できなくなる。
光晴は自分がこの世界で活躍するために、神として二人の心を――いや、勇者たちの心さえも思うがままに操ったんだとしたら……。
いいや、例外は俺だけじゃない。
ヨミもアスルも、例外じゃないか。
魔物が魔王になるなってことは、ループを経験してきた者たちですら見てこなかった現象だ。
アスルが魔王だけでなくエルフの王として力を得ることも、初めてのはずだ。
俺の意識は光晴やこの世界に操られることはない。
きっと、二人だって出来るはずなんだ。
『ヨミ、アスル。俺はお前たちを殺さない!』
『なぜですか!? 私は自分の体を制御できません! いずれアキラを殺すか、あるいはハルという救世主に殺されるんでしょう。だったら、私はアキラに殺されたい』
『兄ちゃん、オレたちを殺すのは辛いかも知れないけどさ。でも、オレたちをあの人間に殺させないようにしてくれないか?』
感情的になったヨミとは対照的に、アスルは冷静に言う。
覚悟と達観していることは十分に伝わってきた。
それでも、俺は気に入らない運命を受け入れたくなかった。
死ぬまで抗い続ける。
それまでは、簡単に命を投げ出したりはしない。
『二人の心が消滅しているなら、俺は殺してでもハルとの戦いを止めたと思う。だけど、二人の心はまだ失われたわけじゃない。俺は信じたいんだ。二人とも体を取り戻せるって。だから、最後まで俺と一緒に抗ってくれないか?』
その言葉はほとんど願望に近かった。
この辺りが俺の“甘い”ところなんだろう。
二人が本気で勇者たちや人間を殺したいと思っているはずはなかったのに、心のどこかで疑心暗鬼になっていたのかも知れない。
ヨミやアスルが自分のことで不安に陥ったように。
何が起こっても俺だけは信じるべきだったんだ。
なぜなら、二人はもう俺の――。
『アキラ……』
『兄ちゃん……』
暗闇だけの世界に一条の光が入る。
すでに、彰とヨミとアスルは戦いを止めていた。
俺たちが体に戻ることで再び戦いが始まるのか、あるいは心が体を取り戻せるのか。
俺に予知能力は使えないはずなのに、その答えはもう見えたような気がした。
ヨミとアスルの瞳に輝きが戻る。
あの貼り付けたような笑顔はなくなっていた。
その代わりに涙が溢れている。
「私は、取り返しの付かないことを……」
膝から崩れ落ちながら、ヨミは地面を殴りつけた。
槍の勇者を殺してしまったことを嘆いていた。
それはアスルも同じ。
三人もの勇者を殺している。
ヨミのように態度には出していなかったが、目を伏せながら拳が震えていた。
自分の意志ではなかったことは、俺たちにしかわからない。
「お前らだけの責任じゃないさ。俺たちは仲間だから。一人で背負うことはない。俺たちみんなで背負っていくんだ」
いつの間にか、大地彰の体はまた俺のものになっていて、デウスギアは解除されていた。
「なんだよ、それ」
不意につまらなさそうな声が聞こえてきて、振り返ると光晴とその取り巻きの女たちがいた。
空には飛翔船も浮かんでいる。
俺たちが心の中で話をしている間に来てしまったようだ。
だが、どういうわけか知らないがネムスギアのエネルギーは回復している。
ヨミもアスルも魔力を減らしてはいるが、心が体を取り戻せたなら無駄に争う必要もない。
「どういうことなのかな? これは?」
そう言いながら、光晴はガイハルトを蹴飛ばした。
「な、何をする!?」
「たかが勇者が偉そうに言うなよ。お前らは魔王と戦うために存在するんだから。さっさと戦って死ね」
「な……」
ガイハルトが信じられぬものでも見るような瞳を光晴に向ける。
「お、お前は……何者なんだ……?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。さっさと戦って死ねって」
「こ、断る! お前なら魔王が倒せるんだろう。俺たちが戦う意味なんてないじゃないか!」
「ハハハッ! 意味はあるさ。この世界の人間たちは勇者だけが魔王と戦う力を持つと信じてる。それが通用しないと知ったら、どうなるのかな?」
「……混乱するに決まっている」
「そう。そこへ魔王を完全に倒すことの出来る俺が登場したら?」
ガイハルトは言葉を失っていた。
光晴の問いに対する答えは簡単だった。
ガイハルトはそれが理解できたから答えられなかったんだ。
勇者に集まっていた羨望や期待は根こそぎ救世主に奪われる。
「それが、光晴の役割なのか?」
「お前――なぜ、俺の名前を知ってる?」
「さあ、どうしてだろうな」
光晴がイラついたような表情を見せたのはほんの一瞬だけだった。
すぐに無表情に戻る。
「……今回はおかしなことばかり起こった。女の子たちを落とすのにやたらと時間がかかったし、大陸に渡った時にはほとんど全てが終わっていた。おまけに、ネムスがこの世界にいる。まあ、ネムスや大地未来にこの世界でも会えたことは悪いことじゃなかったけどさ、こんな結末は求めていないんだよ」
死んだような瞳。
光晴にはもうこの世界が映っていないように見えた。
「アキラ、あの人は一体何を言っているんですか?」
何となくわかっているんだ。
でも、説明できない。
「残りの魔王は四匹か。ここに全部揃ってるのは幸いだったな。さっさと終わらせて次を始めよう」
直感的にまずいと思った。
ここで魔王が光晴に殺されたら、世界は終わる。
「メリッサ! バルトラム! 逃げろ!」
俺の言葉よりも先に光晴は刀を抜いて倒れたままの二人の体を斬り裂いた。
断末魔さえ上げることなく、メリッサとバルトラムのクリスタルが転がる。
ファイトギアと同レベルの速さなのか?
俺には光晴がどうやって移動したのかさえ見えなかった。
「ヨミには今の動きが見えたか?」
「い、いえ。アキラの妹さんのように突然姿が消えて、いきなり二人の前に現れたようにしか……」
この世界の魔法にはテレポートなんてなかった。
これも神から与えられたギフトだって言うのか。
「残り、二匹――」
「はっ――」
俺は光晴のことをまるでわかっていなかった。
まず何よりも二人をこの場から離脱させるべきだったんだ。
心が体を取り戻したことにホッとして、最も気をつけなければならないことを忘れていた。
振り返ると、ヨミとアスルの体が真っ二つにされていた。
気配が移動した様子すら感じられなかった。
二人の体が光の粒となって消えていく。
「……ご、ごめんなさい……せっかく、本当の自分を取り戻せたのに……あなたと一緒に戦えない……」
「ヨミ!!」
伸ばした手を掴もうとしたが、触れることは適わなかった。
左半身はすでにクリスタルとなって地面に転がっていた。
残りの右半身も腕と足は消失している。
全ての魔王が倒されてしまった。
これでもう終わりなのか。
こんなにあっさり、世界は終焉を迎え、始まるのか。
「……諦めずに、最後まで抗うといった言葉……私は信じています……」
それが、ヨミが最期に残した言葉だった……。
俺に全幅の信頼を寄せた微笑み。
守ってやることが出来なかった……。
「光晴――!!!!」
怒りが爆発してそれ以外の感情が吹き飛ぶ。
こいつだけは許せない。
ヨミを殺しただけじゃない。
俺の心がこいつの存在を拒絶している。
「ふぅん。やっぱり、未来さんの言っていたとおり、今回の最後の敵はネムスだったんだ。憧れた正義のヒーローが闇堕ちしたから俺が倒すってことで良いのかな」
「わけのわからないことを言ってるんじゃねえ! 融合変身!」
生身の状態から直接ハイパーユニオンギアを展開させることはできなはずだった。
しかし――。
『起動コードを認証しました。ネムスギア、ハイパーユニオンギアフォーム、展開します』
紫を基調としたアーマーが俺の全身を包み込む。
光晴の動きは緩慢だった。
刀を鞘にしまう動作がスローに見える。
『オーバーチャージブレイク、ファイナルストライク』
右拳にエネルギーが集中してもまだ、光晴は刀を鞘に半分ほどしか収められていなかった。
突き出した右拳に引っ張られるようにして、光晴の体に突っ込む。
彼は俺が何をしようとしているのか、まだわかってはいないようだった。
避けることもガードすることもなく、無防備に刀の柄を握っている。
俺の右拳は、丁度光晴の左胸を貫いた。
「ハル!!」
女たちの悲痛な叫び声が聞こえる。
光晴は刀の柄を握ったまま、俺にもたれかかってきた。
まだ少し息はしているようだが、心臓を貫かれて生きられる人間はいない。
これでもリザレクションを使えば回復するのだろうか。
しかし、光晴の取り巻きたちは俺に近づこうともしなかった。
復讐を果たしても、スカッとはしなかった。
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貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
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