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八段目
初夜の場〈参〉
しおりを挟む「そ、そちは……もしや……」
兵馬もまた、美鶴と同じように目を見開いていた。
「いや、まさか……さようなことはあるまい」
大きく頭を振って、呻くようにつぶやいた。
美鶴は、行燈の灯りに我が身が煌々と照らされているのに気づいた。
しかも、剥ぎ取られるかのごとく脱がされた羽二重の寝間着もその下の襦袢も、夜着の外に打ち捨てられていた。
つまり、美鶴は一糸纏わぬあられもなき姿であった。
さらに、脚の間からは真っ赤な血が、内腿に向かってつーっと伝っていた。
つい先ほど、兵馬によって散らされた——「初花」の証だった。
かーっと美鶴の身体じゅうが火照り、俄かに赤く染まったような心持ちがした。あわてて襦袢を引っ掴んで引き寄せ、袖を通す。
半ば力ずくで暴かれたゆえ、終わったあとも胎内だけはじくじくとした痛みが続いていたのだが、恥ずかしさのあまり見事に吹っ飛んでいた。
兵馬が美鶴の顔から目を背けつつ、告げた。
「そちの顔など、金輪際見とうない。……即刻、この場から立ち去れ」
閨の間に、兵馬の凍えきった低い声だけが響いた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
何処を如何通ってきたか判らないし、どのくらいの刻が経っているのかも判らなかったが、ようやく美鶴は元の部屋に戻ってきた。
部屋の中はいつ戻ってきてもいいように、女中の手によって縫い物の針箱などはすっかり片づけられ、行燈に火が入れられていた。
武家の御家は同衾はするが、朝まで褥を共にするわけではない。
ゆえに、たとえ美鶴のように夫から追い出されなくても、妻は必ず夜明けまでに夫の寝間から我が部屋に戻らねばならなかった。
歩いて戻ってくる間に、先ほど兵馬によって力ずくで暴かれた胎内が、またじくじく…と痛み出してきていた。
美鶴は初花を散らした血が、内腿を汚していたことを思い出した。
部屋を見回すと、隅の方に水を薄く張った手桶があり、側板に手拭いが掛けられている。これもまた、女中が支度したものであろう。
美鶴は手拭いを取ると、水に潜らせてから固く搾り、襦袢の裾を捲った。
なめらかで真っ白な内腿が顕われたかと思えば、赤黒くなった血が筋になってこびり付いている。
美鶴は手拭いで丁寧に清めた。 脚の間からの血はすっかり止まっていたが、やはり胎内がずくずくと痛い。
思わず、ため息を一つ吐く。
—— 吉原の廓で生まれ育ったと云うに「振袖新造」なぞと持て囃されて……
客も見世も、あないに皆で後生大事に護ってきた初花が……
よもや、かように呆気なく散らされることになろうとは……
そのあと、あわてふためいて着たゆえにぞんざいになっていた寝間着を整え直すと、美鶴は中央に敷かれていた夜着の中へ身を潜り込ませた。
我が身のためだけの夜着は、夫の部屋にあった夫婦で使うのとは大きく異なり、あっさりした文様の綿入れ打掛であった。
されども、島村の家に着いたばかりの頃のことを思えば、何の不足があろう。
美鶴は、傍らに引き寄せた行燈の火を消した。
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