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きみは運命の人
§ 5 ③
しおりを挟むマンションに来てほしそうな麻琴に、今夜も理由をつけて、智史は自宅マンションに帰ってきた。
「……稍が、またおらへんようになる」
智史は乱雑に掛けられた衣類を脇に押しやって、ふかふかの黒い革ソファに身を沈み込ませた。
派遣の「八木 梢」が青山チームに配属されることになって、智史は「直属の上司」として人事部にある彼女の履歴書を見ることができるようになった。
彼女の住所は杉並の天◯にあるマンションになっていた。そして、配偶者の欄は「無」、扶養義務のある家族も「無」とあった。
彼女の実家はまだ京都のはずだ。おそらく、一人暮らしであろう。
——だったら、なぜ「麻生」ではなく「八木」なのか?
そういえば……
彼女は智史が少しのヒントを与えただけで、瞬く間にPCのスキルを向上させた。今では彼の「無理難題」に臆することなく、すっかりパ◯ポを使いこなしている。
——「血」やな。
智史はようやく思い出した。
神大の工学部に通っていた稍の母方の叔父は、パーツを組み立てて「自作」できるほどのPC好きであった。
当時、小学生だった智史にプログラミングを教えてくれた人である。どんな戦隊モノのヒーローよりも、眩しく見えた人だった。
残念ながら、あの神戸の震災で若くして命を落としてしまったけれど……彼の名が「八木 聡」だった。
つまり、「八木」は稍の母親の旧姓だったのだ。
そして、その稍の母親こそ、智史の父親が妻と子を捨ててまで、一緒にいたいと願った女だった。
——稍は震災のあと、妹と一緒に父親の方に引き取られたというのに。……それでも、両親が離婚した際には「母方の姓」を選んだのか。
「……妹、か」
智史は、ぽつりとつぶやく。
稍の妹である栞とは、彼女がまだ赤ちゃんのときに別れたきりだ。その栞も、もう二〇代半ばになっているはずだ。
智史にとっても、母親は違えど、栞はこの世でたった一人の妹だった。
——稍は、やはり、自分たちの「家庭」を壊した「おれの父親」を恨んでるんやろか?
だが、たとえ、そうであったとしても。
そんな稍が「八木」になって、どんなに智史を避けようとしても。
——もう、絶対におまえを離さへんからな。
智史自身は、その結果、稍と離れ離れにされた「恨み」はあれど、自身の父親に対する思いは時の流れとともに「風化」していった、というのが正直なところであった。
母親の気持ちを考えると、多少は複雑な心境にはなるが。
そんなことよりも……
毎日一緒に仕事するようになって、智史には稍に対するあの頃の気持ちが、すっかり甦ってきた。
いや、子どものときのような、あのどこかふわふわした甘酸っぱい想いではない。
稍を一生傍に置いて、ともにこれからの人生を歩んでいきたい、という地に足をしっかりつけた強い想いに「成長」していた。
そして、いつか稍との間に子をもうけたい。
幼かった自分と稍が突然失ってしまった「普通の家庭」というものを、大人になった二人で一緒に築いていきたくなった。
そのためには——なんだってするつもりだ。
和哉が、他人の妻であった美咲を離婚させてまで自分のものにした気持ちが、今、ありありと理解できた。
——このおれが、こんな気持ちになるなんてな。
「あの『八木』から『稍』を引きずり出すには……どうしたらええかな」
智史がまた、ぽつり、とつぶやく。
——そうや。稍の両親の方は、とうとう離婚したんやったな。
智史が知る限り、自分の両親はまだ離婚していない。もう二〇年以上も別居しているというのに、母親が意地でも首を縦に振らないのだ。
——もしかしたら、これを「利用」できるかもしれへんな。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
そして、智史は三ヶ月かけて遂行しようとしていた稍への「計画」を、大幅に前倒しして組み直すことにした。差し迫ったGWが、大いに彼の「味方」になりそうだ。
かなり急いだ「計画」に変更されたぶん、多少荒っぽいことになるかもしれないが。
だが、それは「勝手なこと」をしようとしている稍への「お仕置き」だ。
——このおれを、ここまでさせるのは……
稍、この世の中でおまえだけやからな。
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