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きみは運命の人
§ 6 ①
しおりを挟む「魚住課長、折り入ってお話があります」
いつもとは違う改まった智史の雰囲気に、魚住が面喰らう。
どんな無理難題を含んだ頼みごとをするときでも、顔色ひとつ変えずに、
『では、そういうことで』
とだけ言って、さらりと済ませる男なのに……
「あ…あぁ、わかった。じゃあ、ミーティングルームへ行こう」
魚住はタブレットを抱えて立ち上がった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……で、『話』ってなんだ?」
ミーティングルームのチェアに腰かけた魚住が尋ねる。
「課長はミルクだけでよかったですよね?」
智史がユ◯マットのコーヒーを差し出す。
「お、おい……どうした?」
魚住が目を剥いた。智史に飲み物を供されたのは、初めてだったからだ。
「ま、まさか……この会社を辞めたい、なんて言うんじゃないだろな⁉︎」
自分のコーヒーを手にした智史も、チェアに腰を下ろす。
「なに言ってるんですか。これから結婚するのに、いきなり職を失って、妻を路頭に迷わすわけにはいかないでしょう?」
すると、魚住——和哉のシャープな切れ長の目が、これでもか⁉︎というくらいに見開いた。
「はあああぁーーっ⁉︎ けっ、けっ、結婚っ⁉︎智史っ、おまえっ……だれと結婚するんやっ⁉︎」
「そんなん、稍とに決まってるやないですか」
「『初恋のややちゃん』に逢えたんかっ⁉︎ あっ……もしかして」
和哉は、なにかひらめいたように目を輝かせた。
「『運命の相手に逢わせてあげます』のサイトのおかげやろ⁉︎ ほら、智史もちゃーんと『運命』のややちゃんに再会できたやんけ!」
「……違いますよ」
智史はうんざりした口調で言った。
「そんなもんに頼らんでも、稍とは再会できました」
——まぁ、再会できてるのは、まだ「稍」ではなく「八木」やけどな。
「へぇ……なんや。あのサイトは利用してへんのか」
魚住は、あからさまにがっかりした口ぶりになった。
「ほんで……おれと美咲に仲人になってもらいたいのか?」
しかし、すぐに気を取り直して能天気なことを言い出した。
「『式』はもちろんしますが、仰々しい披露宴やなく、和哉さんがやったようなウェディングパーティにしたいと思うてます」
智史は、面倒くさくなりそうなので、即座にシャットアウトした。
一連の手配は、もうすでに高校時代からの親友である小笠原に「丸投げ」していた。
老舗デパート華丸百貨店の御曹司である彼には、一般ピープルには考えられないほどの「伝手」があるからだ。「使えるものは、なんでもタダで使え」が、智史のポリシーだ。
それでも、さすがに、
『稍の誕生月の六月に挙げるから……ほな、そういうことで』
と、智史が告げたとき、
『お、おい、青山……もう、四月の下旬やぞ?』
スマホの向こうの小笠原は、ムンクの顔になって固まっていたが。
「……それで、お願いがあるのですが」
智史はまた改まった口調に戻った。
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