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Book 6
「葛城は住むことにした」⑥
しおりを挟む「たっ…ただいま……」
わたしは顔を引き攣らせながら応じた。
「初めまして……僕は、萬年堂に勤務しております、葛城 慎一と申します」
自転車から降りた葛城さんが、にっこりと笑っておばちゃんたちに挨拶した。
わたしもあわてて荷台から降りる。
「あらぁ、萬年堂といやぁ、昔っから文房具を売ってるおっきな会社だよねぇ?」
中村のおばちゃんが、山田のおばちゃんに同意を求める。
「そうだよぅ。うちの佑のあさひ証券と同じ一流企業じゃないか」
山田のおばちゃんが、息子のご自慢もぶっ込みながら讃える。
速攻で「身元」を明かした葛城さんは、おばちゃんたちを安心させたようだ。しかも、イケメンだし。
心なしか、おばちゃんたちの頬が赤い。
「櫻子ちゃん、図書館のお得意さんかい?」
だが、しかし……しっかりと聞きたい「核心」は突いてくる。さすがだ。
すると、葛城さんはさらに笑顔を満開にさせて、声高らかに宣言した。
「いえ、仕事上でのつき合いではないんです。実は……近々、僕と櫻子さんが結婚することになりまして。ですので、これからどうぞよろしくお願いします」
山田のおばちゃんも、中村のおばちゃんも、普段は糸のように細い目を、これでもかっ!というほど、見開いていた。
「さ、さ、櫻子ちゃん、いつの間にっ!?」
——こっちが聞きたいくらいですっ!
「か、葛城さんっ!?」
びっくりしたわたしは、思わず彼のスーツの腕を掴んで揺すっていた。
「なに?どうせ、そのうちわかることなんだし、いいだろ?」
葛城さんは悪びれずに言った。
「なんだよぅ、水臭いやねぇ。隠しとく気だったっつうのかい?あたしらは櫻子ちゃんがおばあちゃんに引き取られた頃から知ってんだかんね?」
山田のおばちゃんからぱんっ、と腕を叩かれる。
「そうだよぉ、照れなくってもいんだよ、櫻子ちゃん。おめでたいこっなんだからさ。よかったねぇ、おめでとう」
中村のおばちゃんからも回覧板でぽんっ、と叩かれた。
——あぁ、明日にはご近所中に広まってるだろうなぁ。この二人がこの界隈の「広報担当」なのだ。
「あ、そうだ!」
中村のおばちゃんが思い出して言う。
「また例の『変質者』が出たらしいんだよぅ。
そいでもって、こうやって急いで回覧板にして回してんだけどさ」
「怪しい不審者」がいつの間にか「変質者」になっていた。確か、実害はまだなにも出てはいないはずなんだけど……
「あたしら一人暮らしの女にとっちゃぁ、たとえ戸締まりしてたって怖いやねぇ」
山田のおばちゃんが身悶えして震えている。
「……そうですよね」
葛城さんが神妙な顔をして相槌を打つ。
「僕も一人暮らしの櫻子さんが心配だな。……そうだ」
一転して、突然、晴れやかな顔になった。
「今日から僕が、櫻子さんと一緒に住みますよ」
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