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Book 12
「執(しつ)恋」③
しおりを挟む警察署では、女性警察官が事情聴取してくれた。見たところ、わたしと同じくらいのアラサーで、黒髪のボブのきりりとしたきれいな人だった。
「……では、その相手とは交際していた事実はないけれども、結婚を前提とした交際の申し込みはあった……で、あなたはそれを断った。そして、昨夜、あなたの自宅に相手が突然現れて、再度結婚を申し込まれた末に、相手の自宅に連れていかれそうになった。そのときに、左手首を強く掴まれた。
……ということで、間違いありませんね?」
わたしは、ネット包帯に覆われた左手首を摩りながら、深く肯いた。
警察署に来る前に近所の病院へ行って処置をしてもらい、診断書も取ってきていた。わたしが子どもの頃からお世話になっている整形外科だ。
「……申し訳ありません。どうして、こんなことをしつこく確認するのかというと、『ストーカー規制法』に適用される『つきまとい行為』は『特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、その特定の者又はその家族等に対して行う』ということになっているんです」
つまり、恋愛感情がない人から被害を受けた場合は「対象外」になるかもしれない、ということか。
「ご不満があるかもしれませんが、法律をつくるのは国会で、都内のみで適用される都条例をつくるのは都議会なので、わたしたちはただつくられた法に則って対処するしかないんです」
そう言って、女性警察官は目を伏せた。
日々現場でいろんなケースに携わっていると、いろいろと思うところがあるんだろうな、と見て取れた。
「でも、このケースであれば、ストーカー規制法第二条第一項第三号の『面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること』に該当すると思われます」
女性警察官は書類に目を落として告げた。
「つきましては、相手に対して警察署長名で『警告』を発することになるでしょう。それでもまだ続く場合、今度は『禁止命令』となります」
わたしは「お願いします」と頭を下げた。
「わたくしどもはご自宅周辺をパトロールはしますが、残念ながら万全ではありません。必ず携帯電話などに、すぐに警察に連絡できるような設定を行ってください。万一の場合は、近隣の人やコンビニエンスストアなどへ助けを求めてください。夜間の一人歩きはできるだけ避けて、明るくて人通りの多い道を歩くようにしてください。帰宅時など不安なときは、できるだけ家族に迎えに来てもらうか、タクシーなどを利用してください」
わたしは「はい、わかりました」と肯いた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
事情聴取された部屋から出ると、シンちゃんが廊下で待っていて、駆け寄ってきた。
心配そうな顔で「大丈夫だった?」と覗き込む彼に、わたしは女性警察官から聞かされた内容を伝えた。
「……ったく、これだから、日本は」
ため息とともに、シンちゃんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「これがアメリカだとね。その日のうちにヤツは警察に呼び出されて、櫻子の半径何メートル以内かに接近禁止の命令が出るよ。それを破ったりすれば、即逮捕だ」
——でも、ここは日本だから。
そして、原さんには、もうバカなことはしないでほしいと、強く願う。
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