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الفصل ٥「初対面のproposal !?」

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「ミスター・マーリク、wealthy people金持ちです。wealthy people、妻は一人だけではありません」

——やっぱり、wealthy peopleカネモは今も昔も変わらず複数の妻を持つのね……
   自然と、遥か彼方を見つめる遠い目になる。

   そりゃあ、マーリク氏はアラブの不動産投資開発会社の最高経営責任者C E Oだもの。おまけに、パリコレのランウェイを闊歩していても不思議ではないくらい、高身長の超絶イケメンときている。
   いろんな意味で「モテる」者だからこその……まるでチョモランマの最高峰からふもとの民を見下すがごとき、俺様な言動なんだわ。

—— きっと、私生活プライベートでは二人の妻にかしずかれて、さぞかしハーレム状態なんだろうなっ。

「でも、だからと言って、すでに奥様が二人もいらっしゃるのに……」

   言葉もちんぷんかんぷんな異郷の地で三番目の妻になんかなって、毎日「オンナの闘い」に明け暮れるなんて冗談じゃないっ。
   日本人のワタクシは、重婚禁止を定めた我が国の日本国憲法および民法を遵守します!

「……ミスター・マーリク、妻は一人もいないです」

——へっ?


「Oi! I'm struggling to understand. You lot must speak in English!」
〈おい!なにを言ってるのかわからん。おまえたち英語で話せ!〉

——あ、懐かしい。

   アメリカ英語では「Hey!」と声を掛けるところを、イギリス英語では「Oi!」と言うのだ。
   私が学生時代に留学していたニュージーランドでも使われる言葉だ。たぶん、オーストラリアでも使っているんじゃないのかな?
   まったくの偶然だと思うが、なんと発音も意味も日本語の「おい!」とほぼ同じである。

   ちなみに「you lot」は、イギリスの下町言葉コックニーで「おまえたち・おまえら」という意味である。オックスブリッジ出身のマーリク氏には無縁の言葉のはずだが、たぶんわざとワルぶって遣っているのだろうなぁ……

   そんなことはさておき、ムフィードさんがまたもやあわててマーリク氏に通訳していた。
   そう言えば、マーリク氏はあたしたち長澤不動産の人間には、ムフィードさんを介してアラビア語でしか話さなかった。

——いくら仕事ビジネス上での行き違いを防ぐためとはいえ、こんなに流暢に英語を話せるくせにね。

   この国の男性は……っていうか、たぶんマーリク氏限定なんだろうけど……
『自分がされて嫌なことは、絶対に他人ひとにしてはいけません』
と、幼稚園や小学校の先生に教わらなかったのだろうか?

——だけど、もう、まどろっこしいことはいいや。

「Excuse me,Mr. Malik…」
   意を決して話しかけると、マーリク氏が猛禽類のような目であたしを見据えた。

——やっぱり……こっ、怖っ!怖いよー。

「Let me see…I don't know why but you have to marry me, right?」
〈えーっと…なぜだかわかりませんけど、あなたは私と結婚しなくちゃならないんですよね?〉
   それでも、勇気を振り搾って、単刀直入に訊いてみる。

「What for?」
〈どうしてなんですか?〉

「You know that…」
〈それはだな…〉
   マーリク氏はその超絶イケメンな顔を歪ませて、吐き捨てるように答えた。

「Because my father is always nagging me to get married.」
〈父親から絶えず結婚しろとしつこく言われているからだ〉

   いざ聞いてみれば、ものすごーくベタな理由だけれど……

—— 理解わかるっ!(初めてこの人のこと)理解できるわっ‼︎

   なぜなら、あたしだって、アブダビこっちに海外赴任が決まったとき、
『そんな辺境の治安の悪い地から、数年間も帰ってこられないなんて……真珠子、結婚はどうするのっ?女には出産にも適齢期があるのよっ!』
と母親にわんわん泣かれたからだ。

——あぁ、こういうのはお国柄問わず「結婚適齢期男女」の「あるある」なのねぇ……

   あたしの目の前に築かれていた、どーんと分厚い国境の壁がガラガラガラ…と崩れていく。

「Mr. Malik, would you mind if I spoke in Japanese? So I’d like to explain her how you feel.」
〈ミスター・マーリク、日本語で話させてもらってもよろしいでしょうか?彼女にあなたのことを説明したいので〉

「Go ahead.」
〈説明しろ〉

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