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الفصل ٩「砂漠のWedding」
⑥
しおりを挟むファティマさんは、はにかみながら続ける。
「In my case, my husband is the same tribe. But even so… I’ve not seen him before we got engaged.」
〈わたしの場合は同じ部族の人です。でも、それでも…婚約が決まるまでは、見たことのない人でした〉
ムフィードさんと結婚するまでの間、彼が留学したりと「遠距離恋愛」もあって、ファティマさんの心が折れそうな時期だって、きっとあったはずだ。
「The wedding is held at least one year after the engagement ceremony, but I'm so sorry that you two were suddenly got married without an engagement ceremony.」
〈結婚式は婚約式から少なくとも一年後に行うのですが、お二人は婚約式もなくいきなりご結婚されたため、とてもお気の毒です〉
——まぁ、日本では婚約式なんてしないから(最近は結納もしないもんね)別にいいんだけど……
こちらでは婚約式を終えることで晴れて「公認」となり、大手を振って交際スタート!というわけだ。
「…Ma'am, we've arrived.」
〈…奥様、到着しましたよ〉
ランクルを停車させたワファーさんが後部座席リアシートに顔を向けて言った。
ちなみに、あたしとほぼ同年代のワファーさんは、この地の女性にしてはめずらしくまだ独身らしい。
御主人様からの指示だとファティマさんから言われて、顔を覆っていたニカーブを取り、身に纏っていたアバヤも脱ぐ。
遠目で見れば黒一色のアバヤであるが、実はそれぞれにちゃんと「個性」がある。
アブダビでサマラさんに用意してもらったあたしのアバヤには、襟元や袖口や裾に繊細なレース編みが施されていた。
アバヤの下から現れたシフォンのやわらか素材の長袖ブラウスと足首までのワイドパンツの姿になったあたしは、ランクルの車外に出る。
そして……目の前の光景を見て、あんぐりと口を開けた。
——な、な、なに……ここ……?
広漠とした一面の砂丘に突然、まるでアラビアンナイトに出てきそうな巨大な「宮殿」が、どーんと聳え立っていた。
天幕を出発してから、さほど「ロデオ状態」が続かなかったのも納得で、ここはまだリワ砂漠の中だった。
——まさか、ここって……カ◯ール・アル・サラブ・デザート・リゾート?
リワ砂漠から乗り入れて、そのまま敷地内のホテルに向かうことのできる専用道路が設けられた、UAE屈指のリゾート地だ。アブダビからはもちろん、ドバイからも来られるため、旅行者にたいへん人気の「砂漠のオアシス」である。
——もしかして、ラジュリーは……ここで「初夜」を迎えるつもりなの?
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
前を走っていたランクルから、あたしの「夫」が降りてきた。
もう頭巾と貫頭衣ではなく、グレンチェックのブリティッシュスタイルのスリーピースだった。
少しうねりのある漆黒の髪に黒曜石の瞳の人が、半端ない目力で、あたしをまっすぐに見つめる。
もう結婚しちゃったあとだけど……
——あたしも……ファティマさんのように、この男と……これから、恋をするのかな?
そして、この男も……ムフィードさんのように、これから……あたしに恋するのかな?
「おいで……私の真珠」
また、車中でムフィードさんから日本語を教わったのだろう。
「ラジュリー……」
彼に向かって右手を伸ばす。左手はこの地では「不浄」の手だから、差し出してはならない。
花嫁衣装のカフタンドレスを着たときに、あたしの腕から手の甲そして指にかけて、美しい蔦の紋様が染料で描かれた。
紋様はその家系ごとに違うらしく、この図柄はラジュリーの家で代々伝わるものだと、ファティマさんが教えてくれた。
ヘンナで肌が荒れるということは、まずないそうだが、これから二週間ほどはいくら洗ってもこの色は落ちないそうだ。
あたしの手の甲から指にかけての蔦模様を、彼が見つめる。その目にまるで吸い込まれるかのように、あたしは彼に駆け寄った。
「さあ、行こう」
彼の力強い右手があたしの腰に回って、ぐいっと引き寄せられる。
すると、そのとき——
「……真珠ちゃん」
不意に声がして、あたしとラジュリーは振り向いた。
さらりとしたブラウン系の髪に、ぱっちり二重の赤褐色の瞳の人が、ライトグレーのスリーピースをぴしりと着こなして、こちらに颯爽とやってきた。
「えっ……どうして……ここに……?」
そこにいたのは——長澤さんだった。
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