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Kapitel 1
①
しおりを挟むとうとう、六月がやってきた。
リリコンヴァーリェ・シェーンベリは、本日何回目かわからないほど、またため息を吐いた。
「liljekonvalj」とはこの国、スウェーデンの人々に昔からこよなく愛されている国花で「谷間の姫百合」——つまり、鈴蘭のことだ。
両親からその栄えある名を与えられた彼女であるが、平生は短く「リリ」と呼ばれている。
「……いったい、どうなさったの、リリ?」
友人のエマ・カッセルは、Rörstrandのカップを上品に持ち上げて中の珈琲を一口含んだあと、そう尋ねた。
彼女は赤褐色の髪に灰緑色の瞳を持つ愛らしい娘だ。
もともと、この国の紅茶の消費量は少なかった。さらに追い討ちをかけるように一八一三年、中国の廣東を経由して紅茶の茶葉を輸入していたスウェーデン東インド会社が閉鎖されたこともあり、ますます紅茶よりも珈琲の方が好まれるようになった。
「いいえ。……なんでもなくってよ」
リリもまた、手にしたソーサーから優雅にカップを持ち上げながら、薄く微笑んで答えた。
彼女は窓から差し込む光によっていっそう輝く金の髪に、透き通るような翠玉色の瞳を持つ、美しい娘だった。
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彼女たちは今世紀に入ってから、いきなり台頭してきた新興の商人の娘だ。
リリの父親がまだ若かりし頃、スウェーデン王国をはじめとする北ヨーロッパでは、伐採して切り拓かなければ農地にならない針葉樹林は「お荷物」以外の何物でもなかった。
しかし、産業革命に成功して世界の一等国となった英国やフランスなどの中央ヨーロッパでは、建物だけでなく造船などでも製材の需要が高まっていた。
他に先駆けていち早くそれに目をつけたリリの父親は、船舶で英仏へ木材を輸出するために、この国第二の都市で港町でもあるイェーテボリを拠点にして「シェーンベリ商会」を興した。
同じ頃、エマの父親はリリの父親のようなイェーテボリの「貿易商」たちが高い船賃を支払って英仏の蒸気船で物資を運んでいることに気づいた。
そこで、貿易商たちに「我が国の船舶で運べるようにしないか?」と出資を持ちかけて「カッセル汽船」を立ち上げた。
そのようにして豊かな財力を手にした者が、次に欲するのは「名誉」だ。
だが、彼らのような成り上がりの階級が、おいそれと手にできるものではないということは、じゅうぶん承知していた。
事実、一八六六年に第一院と第二院の二院制議会が始まるまでは、貴族・聖職者・市民(商工業者や弁護士などの中産階級)・農民によって分けられた四身分制の議会が、国王陛下のもと歴然と存在していた。
自分たちが叶えられないのであれば、せめて子どもたちには——そう考えた彼らは、我が子の「教育」に力を注いだ。
しかしながら、娘たちに施す「女子の教育」となると、教会での日曜学校か、または機織りなど伝統的な手仕事を教わる職業訓練的な場くらいしかなく、父親たちが望む「どんな晴れやかな場に連れて行っても恥ずかしくない、洗練されたマナーを身につけた淑女」に育成してくれそうなところは、どこにもなかった。
そもそも、貴族階級の令嬢たちは幼き頃より、まだ見ぬ夫のために「善き家庭人」となるべく、雇い入れた住み込みの女性家庭教師から、行儀作法のほかダンスや刺繍などを学ぶのだ。
二人の父親は、そちらを倣うことにした。
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「……いよいよ、今月だわね」
エマが頬を紅潮させて夢見るように言った。すると、途端にリリの顔の色が陰る。
「あら、リリはご自分の結婚式が楽しみではなくて?」
午後のひととき、リリの邸宅の応接間には二人だけしかいない。
けれども、家庭教師によってしっかりと躾けられて育った彼女たちは、向かい合って置かれた長椅子のそれぞれに「淑女」として浅く腰掛け、決して姿勢を崩すことなく背筋をすっと伸ばし、お行儀よく珈琲を飲んでいる。
その長椅子は Almedahlsの布地を使うように申し付けて特注された、今英国で流行りのヴィクトリア様式を模したものだ。
高緯度地域に属するこの国は、一年の半分が冬と言っても過言ではない。だから、雪に閉ざされ気軽に外出できないその間を凌ぐため、邸の内装や調度品に気を配り贅を凝らす。
特に、邸の女たちが同性の客をもてなすために設けられたドローイングルームは、当主の妻のセンスも問われることから、いっそう力が入る。
(ちなみに、男たちはシガレットルームを応接間として使って同性の客をもてなす。)
エマが無邪気な灰緑色の目をリリに向けた。
「まさか、そんなことはあるはずないわよね?だって、あなたの旦那さまになるお方は——あの、グランホルム海軍大尉だもの」
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