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Kapitel 1
③
しおりを挟む「……ドローイングルームは、私たち婦人が気兼ねなくおしゃべりに興じるためのお部屋よ。突然押しかけてくるなんて、私の兄といえども不躾だと思わなくて?」
いきなり「乱入」してきたラーシュを、リリは窘めた。
「私の愛する人を、私の妹が独占して離さないものだから仕方なく来たんだよ。そしたら、彼女の口から信じられない言葉を耳にしたものでね」
リリと較べると灰色がかった金色の髪であるが、まるで紺碧の海を思わせるディープブルーの瞳を持つ美しい青年は、まったく気にも留めず部屋の中央までつかつかとやってきた。
そして、エマの隣に身を落ち着けるのかと思ったら、長椅子の肘置きに腰を掛けて長い脚を組み、姿勢良く座るエマの後ろの背凭れに片手を置いた。
「まぁ、英国のパブリックスクールとやらでは、そんな不安定なところも椅子として認めるのね?」
リリは形の良い眉を片方だけ持ち上げ、皮肉たっぷりな口調で咎めた。
「あらあら、二人とも……もう止してちょうだいな。ラーシュ、確かにグランホルム大尉はご立派で素敵な方だと思うけれども、私の旦那さまになるのはあなた以外には考えられないわ」
エマがふふふ…と笑いながら制する。
ラーシュの婚約者になって、初めてこのような光景を見たときにはさぞかし肝を冷やしたものだが、今ではすっかり慣れた。
この兄妹は戯れ合っているだけなのだ。
いくら「それなりの教育」を受けて紳士や淑女の顔をしていたとしても、彼らはやはり貴族たちがいうところの「金はあっても庶民の端くれ」だった。
到底、Hedrandeにはなれない。
愛しくてたまらないというふうにエマを見つめるラーシュと、そんな彼を屈託なく見つめ返し幸福そうに微笑む彼女。
それぞれの父親にとって「商売」の益になるために縁組された二人だが、今では互いに心の底から愛し合っているのはだれの目から見ても明らかだ。
彼らは来月、結婚式を挙げる。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
それまで家庭内や教区の教会などで読み書きを教えていたスウェーデンでは、一八四二年に民衆教育令が発布され、国が各地域に「学校」を設けることになった。
それに伴い、男子の初等教育に関しては徐々に充実してくるようになるのだが、さらに「その先」の教育となると依然として「身分の壁」によって阻まれていた。
新興の商工業者の家に長男として生まれたラーシュ・シェーンベリであれば、初等教育を修了えた後は、農家の青年を主体としたFolkhogskolaに行くのが当時としては一般的な進路だった。
そんな折、父親の取引先の英国商人より、かの国には貴族でない子弟にも門戸を開いた「パブリックスクール」なる学校があることを知る。
そして、父子でいろいろと検討した結果、一五〇九年に開校されて伝統のある男子のみの全寮制「セント・ポールズ校」で学ぶことになった。
一方、男爵・グランホルム家は、この時代のほかの貴族と同様に斜陽の憂き目にあった。
それを救ったのはリリの父親、オーケ・シェーンベリだ。
彼は英米に輸出する木材に、男爵家が所有する領地に生育する 唐檜を求めた。
スプルースはマツ科の針葉樹で水に耐性があるので、建物だけでなく造船の用材としても向いている。
シェーンベリ商会の業績がうなぎ登りに上昇するにつれ、男爵領も「恩恵」を受けることになる。
北極圏に面したスウェーデン北部の針葉樹林帯に林業での新たな雇用が生まれ、おかげで当代男爵であるグスタフ・シーグフリード・グランホルム卿は、領地経営が安定するのはもちろん、二人の子息の教育にも惜しみなく注ぎ込むことができた。
時を同じくしてその頃、偶然にも男爵家では二男のビョルン・シーグフリード・グランホルムがセント・ポールズ校で学びたいと言い出した。
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