谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

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Kapitel 3

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『私たちの婚約者たちは「殿方のお話」があるそうよ?……ねぇ、少しばかり外へ出てみない?こちらの伯爵邸のお庭はとてもすばらしくてよ』

『そうだね。ぜひ、ウルラ=ブリッドと一緒に散策するといいよ』

   ウルラ=ブリッド令嬢の「提案」に、彼女の婚約者はまさに「貴公子」というふうに気品高く微笑んで後押しした。
   それでも決めかねるリリは、隣にいる自身の婚約者を仰ぎ見た。

   すると彼が肯いたので、彼女は『それでは……』とウルラ=ブリッド令嬢と庭に出てみることにした。


   リリは大広間ホールを去るとき、並んで立つグランホルム家の兄弟をちらりと見た。
   白金の髪プラチナブロンド琥珀色アンバーの瞳を持つ彼らは、とてもよく似ていた。

   だが、二人ともこの国の男たちによく見られる長身ではあるけれども、兄の方がほんの少しだけ高く、学究肌であるためかすらりとしていて、弟の方は軍隊で鍛えられたのか、がっしりとして身体からだに厚みがあった。

『ビョルン、その仏頂面は失礼だぞ。……あのように美しい婚約者だというのに』
   兄が弟をたしなめる声が聞こえてきた。

   しかし、そのあとに発された弟の言葉は、突如始まったダンスをいざなう楽団の調べワルツにかき消されて、聞こえなくなった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   某伯爵邸の庭園に降り立つと、すっかり夜のとばりが下りる時刻ではあるが、今はMidsommar夏至祭の季節なので、まだまだ陽が高い。
   この時季は、真夜中を過ぎても太陽が地平線よりも深く沈まず、いつまでも薄暮の空が続くのだ。

『……こちらにおいでになって、リリコンヴァーリェ嬢』

   ウルラ=ブリッド令嬢から手招きされて、リリはイブニングドレスの裾を注意深くさばきながら、いそいそとあとをついていく。

   迷路のような庭園にもかかわらず、迷わずにどんどん進んでいく令嬢を追って、リリも歩みを早めていくと、いつしか庭園の片隅にlusthus四阿が現れた。

   冬になると雪深くなるこの地では、四阿あずまやといっても風通しを考えた吹きさらしの造りではなく、きちんと四方を木材で囲った壁があるため、ちょっとした小屋のようだ。

   彼女たちは中へ入って、大きく切り出された窓から、外の景色を見た。
   すると、眼前の一角には可憐な白い花房たちを枝垂しだれさせたliljekonvalj鈴蘭が、今を盛りに咲き誇っていた。

   一年の半分が冬だと言っていいこの国では、リリコンヴァーリェの開花が、長い長い冬が終わり待ちに待った夏の到来を告げる、なによりもうれしい報せである。

『いかがかしら?私、ビョルンにあなたのお名前を伺ったときから、こちらにお連れしたかったのよ』

   ウルラ=ブリッド令嬢が朗らかに笑った。もう扇子で口元を隠してはいなかった。

『まぁ、なんて見事な……しかも、美しくてかわいらしい……それに、もうすっかり『夏』が来たのね……』

   リリは思わず、吐息とともにそう漏らした。自分の名を冠した花——谷間の姫百合リリコンヴァーリェが、もちろん大好きだ。

   ウルラ=ブリッド令嬢に向き直り、この場に案内してもらったお礼として、リリが改めてカーツィをしようと膝を折ろうとしたそのとき——

『お待ちになって、リリコンヴァーリェ嬢。……お礼を申さねばならないのは、私の方だわ』

   そう言って、ウルラ=ブリッド令嬢は膝を深々と折り、リリに対してカーツィをした。
   「これぞ、男爵令嬢のカーツィ」というお手本のような、綺麗なだけではない気品と威厳を保った「完璧なカーツィ」であった。

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