上 下
10 / 25
Kapitel 3

しおりを挟む

   令嬢たちの声は、慣例により一曲目に婚約者パートナーのグランホルム大尉とダンスをしたあと、vinbä saftスグリのジュースで喉の渇きを潤していたリリの耳にも入ってきた。
   当然、隣でbrännvin蒸留酒を含んでいた彼にも聞こえていることだろう。

   しかし、二人の間には会話がなかったので、彼がどのように思っているかは彼女には測りかねた。

   すると、そのとき——

『ごきげんよう、ビョルン。こんな隅にいたのね?まるで壁の花ではないの』

   黒みがかった栗色の髪ブルネット榛色ヘイゼルの瞳の美しい女性が、長身の男性にエスコートされてやってきた。

『こちらが……あなたの婚約者になった方よね?私たちに紹介してちょうだいな』

   石榴石ガーネット色のそのイブニングドレスは、ヒップの部分がふっくらと盛り上がったバッスルスタイルで、リリと同じ最新デザインだった。
   ちょこんと乗った帽子も小振りで、たっぷりと結われた髪も同じだ。

『……リリコンヴァーリェ・シェーンベリ嬢だ』

   グランホルム大尉は大広間ホールを巡る給仕から差し出されたfläder saftニワトコのジュースを受け取り、それを女性の方に渡しながらかたわらの婚約者の名前を告げた。

『リリコンヴァーリェ嬢、私の兄のアンドレとその婚約者である男爵・ヘッグルンド家のウルラ=ブリッド令嬢だ』
   そして今度は、婚約者に彼らの名前を告げる。

『グランホルム閣下、ヘッグルンド令嬢、この度はお二方ふたかた相見あいまみえる光栄に至り、感謝の意とともに、今後ともどうぞお見知りおきを……』

   Hedrande貴族の子女ではないリリが先んじて、形式にのっとった「カーツィ」をする。
   重たいドレスで片足を後ろに引き、その膝を床につくぎりぎりまで深く折るお辞儀のため、バランスを取るのが難しい体位ポーズであるにもかかわらず、彼女の姿勢はいっさいかしぐことはなかった。

『あら、堅苦しいご挨拶はおしになって』
   ウルラ=ブリッド令嬢が開いた扇子で口元を隠しながらも、朗らかに笑った。

   小さいながらも繊細なレースに一見絵画のような刺繍が施された、技巧を凝らし尽くした扇子だった。
   これもまた、リリと同じだった。

『リリコンヴァーリェ嬢、私たちはこれから姉妹になるのではなくて?私には弟しかいないから、今から待ち遠しく思っているというのに』
   澄んだ彼女の声が伯爵家のホールに響いた。

   今までちらちらと見ながら噂話をしていた令嬢たちの目が、一斉にこちらを向いた。
   すると、「あの方」とほぼ同じスタイルをして現れたウルラ=ブリッド令嬢が視界に入り、みなぎょっとした顔になった。

『私はまだ父から爵位を譲られたわけではないからね。それに、たとえ爵位を持っていたとしても、弟の妻になる人から「閣下」と呼ばれるのは勘弁してほしいね』

   答礼としてリリの手を取ったアンドレ・グランホルム氏は、彼女の白い手袋の手の甲に触れるか触れないかの優雅な口づけをした。

   令嬢たちの刺すような視線を、リリは感じた。

しおりを挟む

処理中です...