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Kapitel 3
①
しおりを挟むグランホルム大尉と婚約した年、たった一週間ほどであったが、リリは彼の生家のタウンハウスがあるストックホルムに滞在したことがあった。
貴族たちの社交シーズンの真っ只中で、彼らに婚約者として「御披露目」される機会でもあった。
その日の晩、シェーンベリの財力をここぞとばかりにふんだんに使った翡翠色のイブニングドレスを纏い、リリは舞踏会へ赴いた。
今シーズンの英国の社交界で一世風靡しているという、全体的には身体にフィットしたラインだが、ヒップの部分だけはふっくらと盛り上がったバッスルスタイルの最新デザインだ。
また、そんなシンプルなドレスに合わせた小振りの帽子に、たっぷりと結われた彼女の黄金の髪が会場となった某伯爵家の大広間にある荘厳なシャンデリアの光に照らされて、宗教画に描かれる神話の女神のごとき輝きを放っている。
さらに、帽子にもドレスにもさりげなく散りばめられた(しかし、とんでもなく上質で高価な)金剛石が彩りを添える。
今夜のリリコンヴァーリェ・シェーンベリ嬢は、たとえ英国のヴィクトリア女王陛下がご臨席の宮廷舞踏会であっても、ほかの英国貴族の令夫人や令嬢たちに遜色のないどころか、間違いなく彼らから羨望の眼差しで見つめられることであろう。
……ところが、ここは英国のロンドンではなく、スウェーデンのストックホルムだった。
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『——みなさま、「あの方」をごらんあそばせ。このような場にあのように貧相な…… あら、ごめんあそばせ。「堅実」なドレスでお越しになるとは』
『ずいぶんと襟元が詰まっていらしてよ。お袖も張り付いたようにぴったりとしているし』
『お胸に自信がないからではないのかしら?けれども、後ろの……なぜか恥ずべきところだけが盛り上がっていてよ?』
『まぁ、なんて品性を問われるデザインなのかしら』
『それに、あのお帽子をごらんあそばせ。頭の上にちょこんと乗せていらっしゃるけれど、子ども向けでも首を傾げざるを得ない大きさなのでは?きっと、私たちの間で流行っているお帽子をご存知ないのね』
『……あの方、グランホルム大尉の婚約者だそうよ?』
『あら、そうなの?あの方が、大尉のお相手?どのような方なの?』
『確かあの方の父親は、イェーテボリの木材商人だと聞いたわ』
『まぁ、大尉は同じ家格の令嬢と縁組なされなかったの?」
『なんでも、大尉のご生家の領地にある材木を、その木材商人が商売の糧にしているそうよ』
『ではそれを盾にして、自分の娘を由緒ある男爵家と縁組みさせた、っていうこと?』
『本当は長男のアンドレさまを、ということだったのが、すでに男爵・ヘッグルンド家のウルラ=ブリッド嬢とご婚約なさってるでしょう?』
『それで、二男のビョルンさまに?』
『そんなあんまりだわ。あまりにも、大尉がお気の毒すぎるわ』
『おぉ、嘆かわしいわ。そのような女が、グランホルム大尉の婚約者だなんて……』
『ほんと、大尉がお気の毒でならなくてよ』
『だけど、「商人」であったら、さぞかしあり余るほどの資産があるでしょうに』
『宝石も、ずいぶんかわいらしい大きさのものばかりね。 ドレスもお帽子も装飾品も、みな「堅実」なものばかりだわ』
『さすが「商人」の「お見立て」ね。きっと、私たちが見倣うべき「倹約家」に違いなくてよ——』
孔雀や駝鳥の羽根で縁取った大きな扇で口元を隠しながらひそひそと話す彼女たち——錚々たるスウェーデン貴族の令嬢たちは、だれもが大きくて華やかな帽子を得意げに被っていた。(実際に、ほかのだれよりも大きくて華やかなものを、と競い合っている。)
そして、揃いも揃ってドレスの襞の部分をまるで釣鐘のように膨らませるために、その下に針金で枠組みを作ったクリノリンを身につけていた。
さらに、フランス菓子のボンボンのようにふっくらとさせた重厚感ある袖とは対照的に、胸元はぱっくりと開かれていて、そのためコルセットで持ち上げられた乳房のほとんどが露わになり、あともう少しでその「先端」が見えそうだ。
おそらく、ダンスを踊る際にはお相手となる殿方にはその「恥ずかしい蕾」が上から覗けるのではなかろうか。
とにもかくにも——彼女たちの「最新ファッション」が、英国の上流社交界では「前世紀の遺物」であることに間違いはなかった。
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