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Chapter 8

破談の危機なのに結納やってます ③

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 将吾さんが口を開いた。

「……本日、正式に婚約が決まって、いきなりだとは思うのですが」

 わたしは俯いた。左手の薬指にはピヴォワンヌがレストラン内のオレンジっぽい照明に照らされてキラキラと輝いている。
   このリングも今日限り。将吾さんにお返ししなければならない。

「時期尚早であることは、重々承知の上でのお願いです」

 ——そりゃ、そうよ。たった今、正式に婚約したってのに、もう破棄するんですもの。

「……彩乃さんと、うちの家で同居させていただけませんか」

 ——はぁ!?

 口をあんぐり開ける、なんてそんなのマンガかアニメの世界でしかないことだと思っていた。

 だが……今のわたしの顔はまさにその顔なのではないか?


「『同棲』ではありません。両親もいますし、住み込みの使用人もいますから『同居』です。だから、うちは結構『大家族』になりますので、結婚してからとまどわないように、彩乃さんには今から少しずつでも慣れていってほしいのです。それに、僕らはまだ知り合って間もないことですし、お互いのことをもっと知る必要があります。……そのためにも、一日でも早く一緒に暮らした方がいいと思うのです」

 将吾さんは、怖いくらい真剣な面持ちでそう言ったあと、
「ご心配だとは思いますが……どうか彩乃さんと一緒に住まわせてください」
 わたしの両親に深々と頭を下げた。

 ——これって、何の罰ゲーム?

 わたしは青ざめた。将吾さんがなにを考えているのか、さっぱりわからない。
   将吾さんの実家で同居だなんて、絶対にイヤよ。

 ——パパ、嫁入り前の娘にそんなことさせられるか!って一喝してっ。

 わたしは必死で念を送る。気分はエスパーだ。

「……確かに、将吾君の言うことはもっともかもしれないなぁ。彩乃をワガママに育ててしまったものだから、そちらのおうちの流儀に染まるのにも時間がかかるだろう」

 ——ぱ、パパ?

「そうよ、どうせ結婚するのですもの。早いに越したことないわ。今から花嫁修行させてもらえるなんて、ありがたいお話よ。将吾さんなら、おじいちゃまもおばあちゃまも気に入ってらっしゃるから、なにも咎められないわよ、彩乃」

 ——ま、ママ?

「ありがとうございます」
 将吾さんが再び頭を下げる。

 ——なんだか、本決まりみたいじゃないっ!?

「……いやぁ、こんなに早く『娘』を我が家に迎え入れられるなんて、うれしいなぁ」
 お義父とうさまが将吾さんの面影を彷彿とさせる笑顔を満開にさせた。

「彩乃さん、わたしもとってもうれしいわ!先刻さっきいただいたCD、一緒に聴きましょうね」
 お義母かあさまが魅惑的な笑顔でウィンクする。

「……本当に不躾な娘で恥ずかしい限りですが、彩乃をご指導してやってください」
 母親が深々と頭を下げる。

「まぁまぁ、お母さん、顔をお上げください。うちは家内が外国育ちですし、そんな堅苦しく考えないでください」
「そうですわ。わたしは仕事ばかりで、家のことなどハウスキーパーたちに任せっきりですし」
 将吾さんのご両親が恐縮する。

 ——なんだか、とんでもないことになってしまった。

 恐る恐る将吾さんの方を見ると、目が合った。

 彼はしてやったり、のドヤ顔をしていた。

 だけど……なぜか、妙にほっとしたような、穏やかな表情にも見えた。

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