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Chapter 14
お姑さまから呼び出されてます ②
しおりを挟む翌日の金曜日の定時後、東銀座の大通りから一本入った路地にあるお寿司屋さんへ連れて行ってもらう。
カウンターだけの細長い小さなお店だった。なんでも、有名なお寿司屋さんで修行した人が独立して開いたお店らしい。
そういえば、わたしが行ったときは将吾さんは仕事で来られなかったけれど、彼と島村さんが行きつけにしているという神田神保町の割烹料理屋さんもこんな雰囲気だったな。
——あぁ、そうだ……
わたしたちは「婚約者」とは言っても、エンゲージリングを銀座に取りに行ったくらいで、デートらしいことはおろか二人でご飯を食べに行ったことすら……
——結局、なかった。
お通しは、あん肝とわかめのポン酢和えだった。鮟鱇の肝が肉厚で、まるでフォアグラを食べているみたいだ。
お義母さまが「本日おすすめの『料理』をお願い」と三十代半ばの板さんに頼むと、シャンパン代わりの一杯目、新潟の八◯山のスパークリングで乾杯する。
——実際は、これから乾杯するような幸せな話とは真逆の話をしなければならないのだけれど……
「あ…あのう……結婚式の引き出物の件なのですが……」
わたしが話を切り出すと、
「あ、いいのよ。そんなのは、ただの口実だから」
お義母さまは、あっさりとおっしゃった。
「どうせ、うちのバカ息子がバカなことをやったんでしょ?」
ふふふ…と、婉然と微笑む。
「引き出物はね、カタログギフトにするつもりだったから、気にしなくていいのよ」
お造りの三種盛りを板さんから受け取りながらお義母さまは言った。三種盛りは和歌山のクエ、大分の佐賀関の関アジ、青森の大間の中トロだ。
「……といっても、うちの会社自慢の選りすぐりの北欧家具から選んでもらうのよ。もちろん、カタログは今回限りの特注よ。もう二度と作らないわ」
——そ、それは、わたしもほしい。
北欧家具は不思議と、畳の間でもしっくり合うものがあるから、招待客に喜ばれたに違いない。
「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
わたしは深々と頭を下げた。
「あら、イヤだ。頭を上げてよ」
お義母さまは、わたしの肩をぽんっとする。
「でも……もうダメ、っていうことなのね?」
察しの良い彼女がつぶやいた。
「本当にすみませんでした」
また頭を下げようとするわたしに、
「いいのよ。とっても残念なことだけど、よくある話じゃない?」
今度は蕗の薹の天ぷらが来た。
「でも、わたし……彩乃さんとは縁を切る気はないからね」
——ま、まさか、息子と破談になったオンナを恨み続ける、とか?
「これで、嫁と姑なんて面倒くさい関係じゃなく『お友達』になれるじゃない?」
お義母さまがいたずらっぽく笑った。
もう「お義母さま」と呼べる立場ではなくなった直後に、不意に彼女のカフェ・オ・レ色の瞳が意識の中に入ってきた。
——将吾さんと同じ瞳。
「友達」となった彼女の瞳はこれからも見られるだろう。しかし、絶対に「友達」にはなれない将吾さんの瞳は、もう二度と見られなくなるのだ。
結婚して毎日見えるはずだったものが……
——結婚しなくなったら、もう二度と見えなくなる。
「だから、わたしのことは『マイヤ』でいいわよ。あなたのことは『彩乃』でいい?わたし海外育ちだから『さん』とか『ちゃん』とか付けると舌を噛みそうになるのよね」
さらに、河豚の唐揚げがきた。
「もちろん、いいです。……マイヤさん」
——将吾さんも自分の母親のことを『マイヤさん』って呼んでたなぁ。
「さぁ、彩乃、今日は食べて呑むわよー!」
「はいっ!お伴しますっ!!」
わたしたちはの八◯山スパークリングをおかわりして、もう一度乾杯した。
——乾杯するような幸せな話とは真逆の話を、してしまったあとなんだけど……
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