常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Prologue

本社 専務室 ③

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 ソファーの背もたれにふんぞり返っていた大地が、あわてて身を起こす。

「おまえも慶人も、来年丸の内に戻す。配属はこれからだが、部長クラスのポストであることは間違いない」
 大地も慶人もまだ三十代に入ったばかりである。

「……おまえ、丸の内に戻ったら、また『売った!買った!』をやりたいか?」
 大地の目を覗き込む。覗き込んだ目の方も「売った!買った!」が好きだった。

 社長である慶人の父親の壮一郎は労務関係や株主対策が得意の典型的な総務畑だったが、専務である大地の父親の真也は根っからの営業マンの叩き上げだった。

「……とにかく、おまえらは来年以降、丸の内でしばらく部長をやって、然るべき時期が来たら……」
 専務はまっすぐに、大地を見据えた。
「おまえか、慶人のどちらかに『副社長』を任せる、という社としての方針が決まった」

 どうだ?次期社長ポストだぞ、と顔を見られたが、大地はなにも答えず、冷めかけたコーヒーをブラックのまま、ごくっ、と一口飲んだ。

「ま、おれは会社の未来のことだけが気がかりなんで、上手く経営してくれるなら、正直言って、おまえでも慶人でもどちらでもいいんだが」
 ——本気か?おっさん。それでも実のオヤジか⁉︎

「紗香が親バカだからなー。おれも仕事が鬼のように忙しかったから、おまえの子育てもしてないし。せめて、罪滅ぼしとして、たとえ不本意であっても、おまえを推さないとなー。紗香に惚れて惚れて惚れ抜いて結婚した身だから辛いなー」
 ——どさくさに紛れてなに言ってやがる、おっさん。もしかして、この夫婦、大阪で「第二の新婚気分」を味わってんじゃねえだろうなっ。

「ま、そんなわけで、たぶん壮一郎はかわいいせがれを推すはずだから」
 専務にとっては社長であり「義兄あに」でもあるのに、未だに同期気分が抜けない。

「……どちらが『副社長』になれるかの鍵は、常務の田中だな」

 大地の脳裏に、いかにも神経質そうな経理畑の顔が浮かぶ。笑っていても、決して眼鏡の奥の目は笑っていない。
 ——何度も会ってるけど、腹を割って話せるタイプじゃねえんだよなぁ。

「田中には娘が一人いてな」
 専務の話は続く。
「あの田中が、目の中に入れても痛くないくらいかわいがっているらしい」
「へえー、まだ小学生くらい?」
 ——常務はオヤジたちより二、三歳下だから、かなり歳取ってからの子どもだな。あ、だからかわいいのかー。

「なに言ってる。もう二十歳越えてるさ。それどころか、うちの社員だ」
「……はぁ⁉︎」
 間抜けな声が出た。

「でも、田中のヤツ、どいつが娘なのか、かたくなに隠してやがるんだ。娘の方もオヤジに似たのか、特別視されたくないからって、公表したくないらしい」
 専務は腕を組んだ。
「最近は、人事部の個人情報の管理が厳しくてな。常務とその娘からもうるさく口止めされてるらしくて『コンプライアンス遵守』って言って、おれでも教えてくれないんだ」
 ——常務の娘、どこに配属されてんだろ?やっぱ、常務のお膝元の名古屋かな。

「だけど、生まれ育った東京から出したくないとかで、『東京エリア限定の総合職』で採用されてるってとこまでは聞けたよ」
「……とすると、丸の内の本社か?」
「……と見せかけて、おれは兜町にいるんじゃないか、と思ってる」
 ——えっ⁉︎ まさか、灯台下暗し⁉︎

「兜町は隠すには最適だよ。何せ、昔ながらの『株屋』の集団だからな。おれが田中だったら、絶対そうするね」
 専務は不敵に笑った。
「あとは、自分で探せ」

 ——副社長になりたかったら。
 田中常務への突破口は「愛娘むすめ」か……


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 専務室から出るとき、同期の専務秘書が見送ってくれた。

「……結婚したんだってな」
 彼女の左手薬指にはシンプルな指輪リングがあった。
「思い切って、大阪に転勤してよかったわ」
 相手は大阪支社勤務だと聞いた。

「おめでとう……」
 大地は祝福した。

「ありがとう。……大地」
 彼女は華やかに微笑んだ。

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