常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 1

FA課の田中さん ①

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 大地は兜町にある本店営業部に戻った。
 本店は、丸の内の本社のスタイリッシュではあるがその反面、無機質にも見える高層ビルとは対照的だった。

 会社が設立された昭和初期に建てられ、大谷石で覆われた瀟洒なデザインの外壁は、戦時中の空襲にも耐えた。文化財として保護の対象になってもおかしくない建物だが、使い勝手に難があった。断熱材が入っていないので、エアコンの冷気にしろ暖気にしろ、建物の外へダダ漏れなのである。
 したがって、夏は異様に暑く、冬は異様に寒かった。

 しかし、さすがに店舗にあたる一階だけはお客様の手前、そんなことは許されないので、リノベーションして、金融機関の店舗特有の「夏は羽織るものがほしいほどの寒さ、冬は半袖でも過ごせるくらいの暑さ」の室内を保持している。

 だから、営業部のある二階は、昔ながらの室温を維持していたので、あまり腰を落ち着けられるエリアではなかった。
 ——ま、つべこべ言わずにとっとと外回りに行け!ということなのだろうが。


 席に着いた大地は、早速、課内でも腹心の部下である主任の小田おだを呼んだ。
「……おい、小田。一階したのFA課に『田中』って名前はいるのか?」

 上條課長が出先から帰ってきて、座席にP◯RTERのブリーフケースを置くのもそこそこに訊くため「どうしたんっすか?」と小田は訊きたかったが、余計なことを言うと特に「めんどくさい」上司なので、
「あ、いますよ。……確か、田中 あづさ、だったかなー」
と、すんなり答えておいた。サラリーマンの哀しい性である。

 そのとき、課長の目が鋭い光を放ったような気がした。もちろん、サラリーマンの哀しい性で「どうしたんっすか?」とは訊かない。

「小田、その『田中 あづさ』を必ず参加させたコンパをやるからな」
 大地は「今日の社食は日替わりA定食にするからな」と同じ口調で言った。

「どうしたんっすか⁉︎」
 小田はサラリーマン界のおきてを破って叫んでいた。

「課長は、前にバツイチの部長が企てた、イケメンをおとりにした作戦の『業務命令』コンパですら拒否ってたじゃないっすかー!」

 大地は小田のムンクのような叫びをガン無視した。
「三対三がいいな。人数多いとめんどくさいし」

「……もしかして、課長、どっかで見かけた田中 あづさを見初めた、とか?」
 小田が大地をおずおずと見る。
「おれに見初められるほど、『田中 あづさ』ってヤツは美人なのか?」
「はぁっ⁉︎……課長、田中 あづさを見たことないんすか?」

「見たことねえよ。……じゃ、セッティングと声かけ、よろしくな」
 呆然とする小田を尻目に、大地は端末の電源を入れた。まもなく午後の株価取引後場が開く。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 その週の金曜日の夜。茅場町駅の近くにある、全室個室で合コン御用達の古民家風の居酒屋で。
小田は真っ青になっていた。メンバーがとんでもないことになっていたのだ。

 上條課長と隣に座る自分、そして向かいに座る田中 あづさは想定どおりだが……なぜか、彼女の両側にはまるで黄門様を守る助さん角さんのようにFA課の両巨頭——平たく言うと「二大お局さま」—— 吉川よしかわ中西なかにしが鎮座している。

 さらに……
「いやーっ、遅くなって悪いねー」
と、個室の入り口のふすまをガラッと開けて入ってきたのは……

「お、おいっ、なんでおまえがここにいる!?」
 上條課長がびっくりするのも無理はない。

 営業一課の水島課長だった。

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