常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 1

そのときの「田中さん」

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  二十歳もとうに過ぎ、大学も卒業し、就職して何年も経つというのに、なんで飲み会ごときをわざわざ父親に報告しなければならないのだろう。
 ——いや、厳密に言うと合コンなんだけど。

 そんな「真実」を言ってしまうと、きっと父は単身赴任先の名古屋から車をかっ飛ばして帰ってくるに違いない。もし、すでにお酒を飲んでいたなら、タクシーをすっ飛ばさせてでも帰ってくるに違いない。

 そんなことを、俯きながらつらつらと考えていたためか、向こうからやってきた長身の人とぶつかりそうになる。
   ——向こうもふざけた調子で、後ろを振り返りながら歩いていたからどうかと思うけど……


 彼女は個室の入り口のふすまを開けた。先刻さっき、ぶつかりかけた人たちが出てきた隣の部屋だ。
 彼女——〈田中さん〉が父親へ電話をかけに出て行って帰ってきたのと入れ違いに、今度はだれかが外に出て行く。
  今日の合コンでは一番のイケメンの人だ。しかも、王子さま系にもかかわらず、気さくで話しやすい感じだった。

 彼はスマホを耳に当てて相手と話しているのだが、なんだか焦った様子に見える。
 ——仕事のトラブルかな?
 今日の人たちは、広告代理店に勤務しているとのことだった。

 席に戻ると、同期で一番仲の良い朝比奈あさひな 蓉子ようこが超不機嫌な顔をしていた。
 まるで女優さんのような名前を裏切ることなく、彼女はうちの会社——あさひ証券本店では伝統的に「美人課」と呼ばれる、総務部人事課に配属されている。本社・支社ではちゃんと人事部があるのだが、店舗では総務部付の扱いになっていた。

「ちょっと、蓉子、顔がコワいよー。合コンだよー」
   〈田中さん〉はあわてた。

「……あのイケメン、結婚してたわよ」
 蓉子は般若の顔になっていた。美しい顔立ちが凄みを倍増させている。
おとりだったのよ。ほかのメンバーに言われて結婚指輪を外してたらしいわ。今、奥さんから電話がかかってきたみたいで、『かおり、違うから……』って言って出て行ったよ」
 大方おおかた、美人と誉れ高い蓉子と合コンをしたかったためにこんなことをしたのだろう。

「朝比奈さん、田中さん、このあとカラオケ行かない?あ、ほかの三人は行くって言ってるよ」
 能天気に相手側が誘ってくる。今日は五対五のメンバーだった。

「悪いけど、わたしたちはもう帰るわ」
蓉子がきっぱりと言う。
   〈田中さん〉も、うんうんと肯く。このあとカラオケに行くのなら、また父親に報告しなければならない。冗談じゃない。

 相手側は滅多にお目にかかれぬ上玉二人を逃すまいと、盛んに誘ってくるが、蓉子は気にも止めずガー◯ンパーティのトートバッグを持って立ちあがる。
 〈田中さん〉もダ◯エ・アズールのトートバッグを抱えて弾かれたように、あわてて立つ。
 あとに残る三人の会社の先輩に軽く会釈する。向こうも「お疲れ~」と手をひらひら振っている。


 店の外に出たら、蓉子が申し訳なさそうに言った。
「家が厳しいのに、先輩たちがどうしてもって言うから。……ごめんね」
 実はこちらも蓉子と〈田中さん〉がおとりだったのだ。でも、蓉子のあの怒りようは、もしかしたらあのイケメンが彼女のタイプだったのかもしれない。

「春に本社から異動してきて、蓉子とは新人研修以来だったのに、早く慣れるようにって良くしてくれたもん。これくらい、いいよ」
  〈田中さん〉はいろんな意味を込めて、ふふふと笑った。

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