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Chapter 2
総務課の田中さん ①
しおりを挟む「おい、小田……三階に『田中』って名前のヤツいるか?」
また、上條課長のムチャ振りだ。
——だが、がんばれっ!小田っ!!
小田はありったけの勇気を集めて言った。
「確か、総務課に、田中……千帆だっけ、がいますけど……でも、おれ、もう合コンには行けませんから!」
——言えたぞっ!すごいぞ、おれ!よくやった!!
小田は心の中でガッツポーズをする。
しかし……
「……なんでだ?」
課長からじろり、と睨まれ、心の中で突き上げた拳をすごすごと下ろす。
——でも、こうなったら言ってしまおう!
小田はもう一度拳を上げた。
「この前の合コンで知り合った田中 あづさが、なんか気になって……今度デートしよう、って誘ってるんです。なのに、別の合コンなんて行けないでしょう?」
——田中 あづさの方はなんだか課長の方に興味があるようで、課長の話をすると、ぽっ、と頬が赤くなるのが、ちょっと気に食わないけど。
「ふーん」
課長は腕を組んだ。
「……わかった。いろいろとすまなかったな。おまえは田中 あづさと幸せになれ」
「……ゑ?」
課長の思いがけない言葉に、小田の口からなんとも形容しがたい声が漏れる。
「自力でやってみるか」
課長がぽつり、とつぶやいた。
——ところで、なんでまた『田中』なんだろう?
小田は不思議に思ったが、尋ねても課長はきっと教えてくれないだろう。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
「川中さーん、赤のボールペンある?」
山田が派遣の川中に訊いた。
「すいません、ちょっと切らしてるんで、あとで総務にもらいに行ってきます。今、伝票のチェックで手が離せないんで、待ってもらえますか?」
川中は伝票から目を離さずに言った。
「えぇーっ、おれ、これからすぐお客様んとこへ行かなくっちゃなんないんだよー」
山田が口を尖らせた。
——空気読めよ、山田っ!
——ちっ!この数字は1か7か?それとも予想を裏切って9とか!?
——だれのせいでこんな、しちめんどくせぇ作業してると思ってんだよ!
——てめぇら営業がちゃんと記入すりゃあ、こんな作業いらねぇんだよ!
——ご立派な大学出てて、たかだか入金伝票・出金伝票一つ満足に書けねぇのかよ?
——だいたいこの会社、なんで今時手書き伝票なんだよっ!電子化すりゃあ貸方借方の科目が入れ違いになってたって、エラーが出て修正できるだろーが!?
——営業二課で事務サポートやってるのはあたし一人なんだよっ!だから、事務に出して突っ返されるのはあたしなんだよっ!!
——派遣だから、定時ぴったりで帰らねぇといけねーんだよっ!!
川中の肩からは、マグマのようなドロドロとした熱い怒りがほとばしり出ていた。
「……総務に取りに行けばいいのか?」
不意に声がした。
——山田、気が利くじゃん!やればできる子じゃーんっ。
「あ、お願いできます?助かりま……」
「す」と言ったところで、顔を上げた川中は固まった。
なぜなら……声の主が上條課長だったからだ。
「いやっ、あのっ、課長!いいです!わたし行きますからっ」
川中の声虚しく、課長は去ったあとだった。仕事が早い、と誉れ高き男なのである。
山田をはじめ、営業二課全体がどよめいたのは無理もない。あの課長が総務へ、ボールペンの使い走りをするのだ。
川中は次回の更新はないだろうな……と途方に暮れた。こんなことになったのもみんな山田のせいだ、と思った。川中は全身全霊で山田を睨みつけた。
その五分後——隣の島の営業部・営業一課でも、同じようなどよめきが起きた。
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