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Chapter 5

「大奥」の田中さん ⑦

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 伝票はすでに亜湖が書いた。上條課長の捺印も終えている。なのに、大地も亜湖も昨日のような「二人羽織」の体勢のまま、小会議室Bを出て行かない。

 大地が背後からすっぽりと亜湖を抱きしめようとすると、彼女がくるりと振り返る。大地が亜湖の両頬を大きな手のひらで包み、彼女の揺れる瞳をじーっと見つめる。

「……課長、今日は朝から時間外取引P T Sのことで持ちきりですよ。すごいですね。一発逆転だわ」
 亜湖がふふっ、と笑う。
「奇跡的に運がよかったんだよ。こんなことはもうない」
 大地はそうつぶやいて、彼女の鈴のような笑い声を制するように、くちびるを塞いだ。

「んっ……」
 亜湖の声が漏れる。昨日のような、鳥のついばむようなキスではない。どんどん深くなっていく。
「……口、開けろ」
 大地がかすれた声でささやく。亜湖の瞳に、とまどいの色が表れる。
「いいから、いいから」
 初めて聞く、焦れた甘い声だ。

 二人の顔が近づいて、再びくちびるが重なる。思い切って薄く開けた、亜湖のくちびるの間に大地の舌が入ってきた。

 亜湖がびくっ、とするのにも構うことなく、大地はさらに奥へと進ませる。やがて、亜湖のやわらかい舌を捕らえる。今まで強引ながらもやさしく接していた大地が、弾かれたように荒々しくなって、亜湖の舌を味わい尽くそうとしだした。

 突然の激しさに、亜湖は必死で大地にしがみつくことしかできなかった。亜湖は椅子に座っているのに、腰が抜けることがあるというのを、初めて知った。

「……ダメだ、止まらない」

 大地は苦しげに言って、亜湖の首に巻いたブルーのスカーフを一気に解いた。それから、ブラウスのボタンを立て続けに三つほど外すと、あらわになった亜湖の真っ白な首筋から鎖骨にかけて、くちびるを滑らせた。荒々しい大地の息を素肌に感じていたら、
「……っ!」
   突然、チクッと痛みが走った。

 そのとき、大地のスーツから低い振動音がした。

 大地が舌打ちする。ジャケットのポケットからケータイを取り出す。会社用だ。
「……悪い。もう戻らないと」
 大地が不機嫌な声で言った。もともと勤務時間内に勤務外のことをしていたのである。

「続きは金曜日の夜な」
 大きな手で亜湖の頭をぽんぽん、として……名残惜しそうな顔で亜湖の口にちゅっ、とキスをして……大地は小会議室Bを出て行った。

 残された亜湖はブラウスのボタンを留めて身なりを整えた。でも、火照ほてった顔は元に戻るまで、まだまだ時間がかかりそうだ。

 そして、亜湖も小会議室Bをあとにした。

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