常務の愛娘の「田中さん」を探せ！

Chapter 5

「大奥」の田中さん ⑩

　その言葉でだれを指しているのか、亜湖にはわかってしまった。水島は自分で掘った墓穴を古墳サイズにまで拡張してしまったのだ。

　その女ひとは、亜湖が丸の内にいたときに見たことがある、秘書室の人だ。背がすらーっと高くて華やかな美人なのに、楚々とした奥ゆかしい雰囲気を持ち合わせていた。

　——名前は、確か、篠原 珠紀たまきっていったっけ。

　去年だったか、丸の内の秘書室から大阪支社の専務秘書に抜擢されて転勤したのだ。専務秘書——つまり、大地の父親の秘書である。

　——ということは……
彼女は上條課長の父親も認める人、だったんだ……

　亜湖のただでさえ色白の顔が、この上なく青白くなっていた。


　゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


　水島と別れたあと、亜湖は再び小会議室Bに入った。すぐさま施錠したら、くるりと振り返ってドアに背中を預けた。

　鼻の奥がツンとする。

　俯いたとたん、いつの間にか両目いっぱいに膨れ上がっていた涙が、ぽろぽろぽろ……と頬を伝って落ちていった。

「……簡単に引っかかっちゃった……」

　そのまま、ずるずるずるずる……と膝から崩れ落ちて、格子状に敷きつめられたカーペットの床にぺたんとついた。

　 ——上條課長は別にわたしのことが好きではなかったんだ。副社長になりたくて、常務の娘であるわたしに近づいただけだったんだ。

　 ——上條課長が本当に好きなのは、篠原さんのように綺麗で洗練されていて、気配りもできる大人の女性なんだ。

　——そんな彼女と、会社のために別れたんだ。

　亜湖は後悔していた。
　もっと、男の人に慣れておけばよかった。せっかく、友達からでもつき合ってほしい、と言ってくれた人が何人かいたのに、頑かたくな亜湖は一顧だにせずシャットアウトしていた。

　父親や兄の溺愛のせいじゃない。自分自身がそういうことから逃げて、免疫をつけていなかった結果だ、と思った。
　亜湖は子どものように泣きじゃくった。

　そして、ひとしきり泣いたあと、亜湖はふと思った。

　——だけど、わたし、なんで今まで男の人を好きになることがなかったんだろう？