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Last Chapter
営業二課の上條課長 ②
しおりを挟む「……なんだか、感慨深いわねぇ。わたしたちの子と上條さんたちの子が『結婚したい』だなんて」
敦子がしみじみと言った。
「大地くん、あなたのお父さんとお母さんの馴れ初め、知ってる?」
敦子はふっくら笑った。亜湖の笑顔と同じだった。
「……いいえ」
大地は首を振った。
すると、いきなり田中常務の方が話し始めた。
「君のお父さんの上條さんは私の二期上で、お母さんの紗香ちゃんとは同期なんだ」
——あれから、何年になるんだろう。
互いの息子と娘が結婚したいと言ってもおかしくない歳になってるなんて……
「わたしも紗香さんには、兜町の営業事務課でお世話になったのよ。新入社員だったときの教育係をしてもらったの。もともと、紗香さんとわたし、顔立ちなんかは似てたけど、憧れちゃってなにからなにまで真似っこしたわ」
敦子も言い添えた。丸の内の本社ができる前の、まだ兜町に本社機能があった時代だ。
——あの頃の兜町は、活気に満ちあふれていたよなぁ。まさしく、おれたちの時代だった。
そのとき、田中常務の耳には中◯みゆきの♪地上の星がこだましていた。次に控えている曲はもちろん、♪ヘッドライトテールライトだ。
「上條さんと紗香ちゃんは会長に……君のお祖父さんだね……結婚を猛反対されてね。紗香ちゃんから遠ざけるために、上條さんは全国各地に飛ばされたよ」
当時に思いを馳せる常務は、遠い目をしている。
「結局、もし結婚を許してくれないなら、上條さんが会社を辞めて紗香ちゃんをかっ攫っていく、って話になってね。我が社で驚異的な営業成績をあげていた彼を、他社に流出させてなるものか、と重役たちが役員会議を開いて会長に『緊急動議』をチラつかせて説得したんだよ」
仏頂面だった常務もついに、くくっと笑った。
「おれも『証券マン』になったからには、ガンガン営業して、客の金で『売った!買った!』をやりたかったけど、目の前に『天性の相場師』の上條さんがいたからなぁ。上を目指すために仕方なく、経理の道を選んだんだ。社長……水島さんは、総務で右に出る者がいないほど、株主対策が完璧だったからね。今となっては、おれたちは絶妙のバランスだったと自負しているけどな」
大地は悟った。だからこそ、この逆風の中でも我が社はまだ踏ん張っている方なのだ。
「上條さんと紗香ちゃんが結婚してからも、会長の嫌がらせは続いたなぁ。紗香ちゃんは全国を渡り歩く上條さんが、東京本社に戻って来られるよう、君と東京に残って踏ん張っていたんだよ。……ま、君も入社したことだし、今は安心して大阪へついて行ったけどな」
——そうだったのか。
大地は母親のことを、天真爛漫なお嬢さまがそのまま大人になった人だとばかり思っていた。
「……それにしても、どうしてうちの父は、そんなにじいさん……いや、会長から嫌われてるんですかね?」
大地が疑問に思っていたことを口にした。昔から、松濤の母方の実家での慶人の父親と自分の父親の扱いが違っていた。
「なんでも、昔、会長の奥さんを取り合った恋敵にそっくりだった、って話だよ」
常務の言葉に、大地は脱力した。
——でも、あのじいさんだったら、ありえる話かもな。
だけど、父親と母親のことが話題になったお陰で、なんだか緊迫した空気が和んできた気がする。
そのとき、玄関の方で物音がした。
「……だれか、お客さん?」
ギンガムチェックのボタンダウンの半袖シャツにチノパンを身にまとった背の高い男がリビングを覗いた。
ちょっと神経質そうではあるが、理知的な風貌をしている。横長スクエアのリムレスの眼鏡がすごく似合っていた。田中常務を若くして、ぐっとオシャレにしたみたいだ。
その男を、ソファに座った面々が、呆然と見つめる。
「……おにいちゃん!? 」
思いがけないことに、亜湖が叫ぶ。
「どうして帰ってくるの!?」
「諒志、ちっとも帰ってこないのに? 」
敦子も胡散臭そうに問いただす。
「なんで帰ってくるのが、よりによって今日なのよ!?」
——せっかく和らいだ空気が……あぁ、またややこしくなりそう。
亜湖は顔を顰めた。
父は一見、杓子定規に見えるが、実は情に訴えればわかってもらえるアナログなところがある。
しかし、デジタル人間の兄は論理的に整合性が認められなければ決して首を縦には振らない。
難攻不落なのは……真のラスボスなのは……
父親よりも——兄なのだ。
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