カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Last Secret

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   今日の七海は朝からとにかく忙し過ぎて、顔を合わせてもろくに話もできなかった。

「おつかれ、七海……改めてだけど、結婚おめでとう。真っ白なウェディングドレスも、お色直しのオレンジのドレスもとっても似合ってたよ。かわいくて……すっごく綺麗だった」

   わたしは微笑みながら、妹に告げた。自然と、穏やかな笑みになっていた。

「うん、ありがとう。おねえちゃんは本当に思ったことしか言わないから、そう言ってくれてうれしいよ。お世辞じゃないもんね」

   七海はふふっ、と軽やかに笑った。その笑顔のきらめきが、今のささくれ立ったわたしの心には眩し過ぎる。

「おとうさん、大丈夫だった?お酒を呑んであんなにふらふらしてるの、初めて見たんだけど?」

   七海は二次会への支度があったため、後ろ髪を引かれるような気持ちで両親を見送ったのだった。

「わたしも初めてよ。タクシーに乗っけるまでがたいへんだったわ」

   ホテルのふかふか絨毯をル◯タンのピンヒールで長身の父を支えて歩いた辛さを思い出して、わたしは顔をしかめた。

「ごめんねぇ、おねえちゃん」
   七海は目の前で手を合わせた。

「ほんとにそうよ。わたしなんか、おとうさんから『おまえが嫁に行くのは……もうちょっと、先にしてくれ』って言われたんだからね」
   わたしはわざとらしく睨んでやった。

「ええっ、うそっ、ほんとにっ?」
   七海は大きな瞳をこれでもかと見開いた。


「……七海」

   声がして振り向くと、そこに田中が立っていた。

茂樹しげき以外の中高時代の友達を紹介したいんだ。あっ、恭介きょうすけは実家の会社を継ぐとか継がないとかで親戚と揉めてイギリスへ行ったきり、結局帰国しなかったけどな」

「そうなんだ。松波まつなみさんに会えなかったのは残念だなぁ。和風イケメンの島村しまむら室長とは真逆の、洋風イケメンなんでしょ?」

   七海はちょっぴりがっかりした顔を見せた。

「——ななみんは一生、恭介に会わなくていい」

   田中の顔が、つい先刻さっき結婚式を挙げたばかりの幸せいっぱいなはずの新郎とは思えないほど「極悪人」に変化へんげした。このあと何人あやめるのか予測がつかないほど、凶暴なオーラを放っている。

「た、田中……」

   わたしは目の前で繰り広げられる凄まじい「新婚さんパワー」に、地の底までメンタルを突きとされていた。
   だが、なけなしのプライドを総動員させて、彼の方を向く。

「け…結婚、おめでとう。な…七海を不幸にさせたりなんかしたら、許さないからね」

——情けないほど、声が掠れて震えていないだろうか……?

「ありがとう、水野。もちろん、絶対に七海を不幸にさせたりしないことを約束する。……そういえば、君はおれの『義姉あね』になったんだよな?」

——あぁ、地に堕ちたと思ったメンタルは、まだ底を打ってなかった。

「なのに、おかしいよね、おねえちゃんも諒くんも。『田中』『水野』なんて呼び合ってさ」
   七海が無邪気に笑う。

「仕方ないだろ?大学時代からの同級生で、庁内会社でも同期だからな」
   田中が七海の頭を軽くこつん、とする。

   その仕草は、地に堕ち切ったわたしのメンタルに、さらに無数の針を突き立てた。

   わたしがあれほど願って——そして、ついに叶わなかった彼のやわらかい笑顔が……

  まっすぐ——七海だけに向けられていた。

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