カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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【Extra Secret】あなたは知らない

Confidential 1 ⑤

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「そうか!君の目から見ても、やはり七海は『お嫁さんにしたいタイプ』か」

   局長は喜色満面になった。どうやら、妻に似た末娘がかわいくて仕方ないようだ。

「でも、いいんですか?諒志さんの女性関係は……派手ですよ?」

   高木がそう告げると、とたんに局長が渋面になる。

「田中は、私が今まで見てきた中でも断トツに優秀な男だ。だから、七海が食いっぱぐれることもないだろう。しかも、顔もいいしな。そういう男だったら、まぁ……多少の『過去』は仕方ないさ。私も通ってきた道だ。むしろ、結婚前に『オンナ』を知らない総合職キャリアの方が、結婚してから『オンナ』を知ってたがが外れたように遊び狂うことがあるから心配だ。家内と結婚してからの私みたいに、きれいさっぱり心を入れ替えて、これから先の七海を幸せにしてくれるのだったら……それでいい」

——なるほど。

「それじゃ……七瀬には、本宮を宛てがうかな?あいつも、田中に負けず劣らず優秀な男だし、オンナ関係もそうだろ?」

「あぁ……残念ながら、本宮さんはダメですよ」

   高木はきっぱりと言い切った。

「——うち・・が、いただく予定なので」


   彼の母親は、室町時代から続く華道の名家「華山院かざんいん」に生まれた。今は亡き先代の家元が父親で、当代が兄である。

   父がまだ健在だった若かりし頃、彼女は「家」のために政治家の息子を婚約者に宛てがわれて、政略結婚させられそうになった。
   しかしそのとき、彼女は父の一番弟子の男と恋に堕ちていた。

   思い余った若い二人は、駆け落ち同然で流派を飛び出し、結婚した。

   もちろん、父も兄も激怒し、二人は流派から破門された。
   特に彼女の兄にとっては、男とは次期家元の座を争うライバル関係にあったから、絶対に二人の結婚を許すわけにはいかなかった。

  ところが、その後、彼女の兄が政治家の娘と結婚し、娘をもうけたにもかかわらず、夫婦仲がうまくいかずに離婚した。
   一人娘の親権は、泥沼の法廷闘争の末に向こうに取られた。別居したときに「母親と一緒の方がいいだろう」と連れて行くのを許したのが仇となった。

   すると、彼女の父は掌を返し、急遽、娘夫婦の破門を取り消して呼び戻した。

   彼らには一人息子が生まれていた。
   家元の娘に生まれ華道のセンスのある上に、幼い頃から鍛錬を重ねた母親と、かつて「家元の懐刀」と呼ばれ、次期家元候補として流派を二分したほどの実力を持つ父親との間に生まれた「サラブレッド」だった。

   彼女の父は「華山院・家元」として、その男児を流派の「御曹司あととり」に定め、華道はもちろん「和」と名の付くものは徹底的に「仕込む」ことを決意した。
   先代亡きあと家元の座に就いた当代も、鬱屈した胸の内は水に流し、ただ「華山院」のために先代の遺志を引き継いで、徹底的に仕込んだ。

   その『男児』が——高木 真澄だ。


「か、『華山院』が……本宮を……?」

   水野局長が目を丸くする。彼は、金融庁ここで高木の出自を知っている数少ない者のうちの一人だった。

「ええ、このたび『本家の娘』が跡を継ぐことが正式に決まりましたので、本宮さんには娘婿としてお入りいただくために、お見合いを打診していたのですが、つい先日、了承を得たそうです。彼女の両親は残念ながら離婚しているとは言え、母方は政界につながりのある家ですから、本宮さんの『将来』にとっても、決して悪い話ではないと思っていたのでよかったです」

   高木は淡々と経緯を説明する。

「……あ、僕のことは本宮さんはご存知ないから、まだ内密にしておいてくださいね」

「なぁ、高木……君が、華山院を継ぐのじゃないのか?」
   なんとも腑に落ちない顔で、局長は訊いた。

「継ぎませんよ。『本家の娘』が、次期家元になると言ってるのですから、そちらが継ぐのが筋じゃありませんか」

「だが、君は今まで『次期家元』として、血の滲むような努力をしてきたんだろ?」

「たいしたことはしてませんよ。……とにかく僕は国家公務員として、ここに骨を埋めるつもりなので、局長、末長くよろしくお願いします」

   高木はそう言って、頭を下げた。日本舞踊日舞で培った、美しくてたおやかな御辞儀だ。

「——というわけで、七瀬さんのことは、そんなにお急ぎにならなくてもいいと思いますよ?」

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