光のもとで2

葉野りるは

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February

二度目のバレンタイン Side 翠葉 01話

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 どうして私はタイミングが悪いのだろう……。
「本当に行事に弱いねぇ……」
 唯兄にそう言われてしまう理由は、明後日がバレンタインにも関わらず、昨夜から発熱絶好調だからだ。幸いインフルエンザではなかったし、進級試験も終わったあとだ。でも、まだラッピングの買出しも終わっていなければ、「三日間はおとなしくしてなさい」と湊先生に言われてしまった都合上、学校にも買い物にも行けない。
 どうして……どうしてバレンタイン前なのかな。
 ツカサは卒業試験が終わったということもあり、すでに自由登校になっている。
 十四日の土曜日、午後はツカサと市街へ出かける予定だった。でも、この状態では人ごみには出られないだろうし、何よりツカサが外出を許可してくれないだろう。
 せめてもの救いは編み物だけは編み終わっていることだろうか……。でも、ただ編み終わっているだけで、ラッピングは終わっていないのだ。
「色々やりかけ……」
 喉が痛くて声を発するのも一苦労。
 唯兄の手が額に伸びてきて、冷却シートを新しいものに替えてくれた。
「とりあえず、バレンタインデートは諦めるんだね」
「残念……」
「今、街中行ったっていいことないって。そこらじゅうにインフル菌うようよしてるよ? ノロだって流行ってるんだからさ。ほらほら、水分摂って寝るっ。んでとっとと治すっ」

 それから連日、湊先生がゲストルームで点滴を打ってくれ、熱は順調に下がり始めた。ツカサには湊先生経由で風邪をひいて学校を休んでいることは伝わっているらしい。でも、明日のことがあるから自分からも連絡は入れるべきだろう。
 ベッドに横になって携帯のメールアプリを起動させる。


件名 :風邪、ひいちゃった
本文 :湊先生から聞いていると思うけど
    風邪ひいちゃったの。
    熱は微熱まで下がったのだけど
    湊先生には明日までおとなしくしてなさい
    って言われてて……。
    デート、楽しみにしてたのだけど、
    行けなくなっちゃった。
    プレゼントも全部作れてなくて……。
    ごめんなさい。


 メールを送ると数分後に返信があった。


件名 :別に問題ない
本文 :微熱なら明日は俺がそっちに行く。
    部屋で話すくらいなら問題ないだろ。


 嬉しい反面申し訳なく思う。
 来てもらったところでお菓子を作れるわけではないだろうし、編み物だってラッピングは終わっていないのだ。
 気持ちそのままにメールを送ると、携帯が鳴った。今度はメールじゃなくて電話。
「はい」
『あのさ、別にバレンタインだから会うわけじゃないし、バレンタインだからどこかへ出かけるわけでもないんだけど』
「え……?」
『翠、イベントに踊らされすぎ』
 言われてグサリ、と胸に突き刺さる。
「でも、バレンタインだから編み物作ったし、バレンタインだからお菓子作ろうと思ったんだけど……」
 ツカサはひとつため息をつくと、
『じゃあ訊くけど、バレンタインがなかったら俺は編み物もお菓子も作ってもらえないわけ?』
「……そういうわけじゃないかな」
『なら、バレンタインにそこまで拘る必要はないと思う』
「……そういうもの?」
『少なくとも、俺にとっては』
 ……ツカサがそう思うのなら、それでいいのかもしれない。
『納得した?』
「した、かも……」
『それは何より。なら、違う日にお菓子作って』
「うん……」
『姉さんが明日は点滴しなくても大丈夫って言ってた。そのくらいには回復したものと思ってるけど……』
「うん。今日は普通にご飯も食べられた」
『なら、ゲストルームでいつもみたいに過ごせばいい。何か食べたいものがあれば買っていくけど?』
「……ココア」
『翠、無理して作らなくていいって話をしたはずなんだけど』
「そうじゃなくて……。飲み物にココアが飲みたいだけ」
『……わかった』
 それで通話は終わった。
 ツカサがココアを飲む人だとは思わない。でも、来てもらったときにココアくらいなら出せるから。
 バレンタインというイベントに踊らされている、と言われればそのとおりなのだろう。でも、少しくらい踊らされてもいいと思う。だって、イベントは数ある分楽しんだほうがお得な気がするもの。

 十四日の朝、私は唯兄を拝み倒して午前中にお風呂に入った。
 数日間お風呂に入れなかっただけに、その状態ではツカサに会いたくなかったのだ。
 お湯を張ってお風呂に入り、午前は身体を冷やさないように、と再びベッドの中に縛り付けられた。
 今日の家族の予定はまちまち。
 お母さんとお父さんはお客様の自宅に行った帰りにディナーを食べてくると言っていたし、蒼兄は午後から桃華さんとデート。唯兄の予定はとくに聞いていないけれど、夕飯に何を作ろうかな、と悩んでいるところを見ると、出かける予定はないのかも。
 お昼ご飯におうどんを食べているとき、唯兄にマフラーをプレゼントした。
「ラッピングしてなくてごめんね」
「ううんっ、嬉しいっ! 去年の分と今年の分でふたつだー!」
 唯兄はさっそくマフラーをぐるぐると首に巻いた。
 去年のマフラーはモードっぽい感じだったのに対し、今年は時間的余裕があったため、細いモヘアでふわふわした感じのマフラーにした。色白な唯兄の肌に淡い藤色は優しく色味を添えてくれる。
「因みに、今年は司っちとお揃いじゃないよね……?」
 言われて吹きだしてしまう。
「大丈夫、今年は違うよ。ツカサのはブルーのグラデーションになっている糸を使ったの。デザインは同じだけど糸の色は違う」
「司っちはブルーで俺は藤色? 藤色だけど若干ピンクっぽくも見えるよね?」
「うん。唯兄は顔立ちが優しいから、そういう柔らかい色が似合う気がして……」
「司っちは?」
「……ツカサも色白だからきっと淡い色も似合うと思うの。でも、なんとなくイメージができないというか、渡した瞬間に引きつった顔がイメージできてしまうというか……。だからがんばりにがんばってブルー止まり」
「くっ……俺、見てみたいなぁ。司っちの嫌そうな顔。この藤色だったら免疫ありそうじゃない?」
「え……唯兄、何か企んでる?」
「うん、ちょっと……。ねぇねぇ、司っち引っ掛けようよ。こっちの藤色のマフラー渡してみてよ。俺、影からこっそり見てるからさ」
「……大丈夫かなぁ」
 苦笑しつつ、目を爛々と輝かせている唯兄に負けた。幸いラッピングがされていないため、反応を見るだけならいかようにもできる。
「あんちゃんにあげるマフラーは?」
「蒼兄のはシルバーっぽいグレーで、お父さんは唯兄のマフラーと同じ感じの淡いグリーン」
「うん、やっぱり反応を見るならこのピンクっぽい藤色でしょ」
 唯兄はツカサが来る時間を心待ちに食器を片付け始めた。
「唯兄、牛乳ある?」
 冷蔵庫事情を唯兄に訊くと、
「うん、一本半くらいあるけど?」
「あのね、ツカサにココアを出そうと思って」
「……でも、ココアはなかったと思うけど?」
「うん、だからツカサが買って来てくれるの」
「そっかそっか。なんつーか、俺にはココアが似合っても司っちには似合わないよね」
「私もそう思う」
「念のためにコーヒーは淹れておいてあげな」
「そうする」
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