光のもとで2

葉野りるは

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March

フィアンセの紹介 Side 翠葉 01話

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 それはツカサと正式に婚約した翌週のこと。
 久しぶりに慧くんからのメールを受信した。
 メールを見る前からなんとなく用件はわかっていて、ある程度の想像をしながらメールを開くと――


件名:例のスコア
本文:どうなった?
    できてるなら、弓弦のレッスンのときに
    もらいに行くよ。


 予想は的中。
 スコア自体は冬休みの間に出来上がっていたのだけど、一月は二月にある進級テストへ向けての勉強が忙しくて、連絡するのを忘れていた。
「わー……申し訳ないことしちゃった」
 そこでふと鎌田くんを思い出す。
 以前、鎌田くんにもメールを送ると言っておきながら、鎌田くんから連絡が来るまですっかり忘れていたことがある。
 自分が忘れっぽい性格だとは思わないけれど、前科があるだけに、認識を改めなくてはいけないかもしれない。
 申し訳なさ全開の私は、すぐさま返信を送ることにした。


件名:ごめんなさい
本文:スコアはもうできています。
    でも、取りに来てもらうなんて申し訳ないよ。
    もしよければ郵送するよ?


 むしろ、ぜひとも郵送させてください……。
 土下座の勢いでメールを送り出すと、一分と経たないうちに返信メールを受信した。


件名:Re:ごめんなさい
本文:どんなとこで練習してるのか見てみたいし、
    間宮さんのピアノも見てみたいから、
    遊びに行かせてよ。
    あ、レッスンの邪魔はしねーからさ。


 なるほど……。
 もしかしたら、ミュージックルームのことを仙波先生から聞いているのかもしれない。
 それに、間宮さんの形見とも言えるピアノだ。
 間宮さんの演奏を聴いたことがある人なら、ピアノに興味を持ってもおかしくはない。
 その後のやりとりで、来週のレッスンのときに仙波先生と一緒に来ることになった。
「あ……っていうことは、ツカサと慧くんは初顔合わせ?」
 それはとても都合のいいことだけど、「好きな人」でも「お付き合いしている人」でもなく、「フィアンセです」と紹介しなくてはいけないことを考えると、ちょっと悶えたくなってしまう。
 最近になってようやく、「好きな人です」とか、「お付き合いしている人です」と言えるようになってきたというのに、またしてもハードルが上がってしまった。
 しかも、仙波先生もいる前で「フィアンセです」と紹介するのはなんとも恥ずかしい。
 でも、それでツカサの心に平安が訪れるなら、がんばらなくては――

「ひとまず、ツカサに連絡……かな?」
 メールにしようか電話にしようか悩んで、声が聴きたくて電話にした。
 前ほど電話をかけるまでに時間はかからなくなったけれど、コール音が鳴っている間の待ち時間は相変わらず緊張する。
 ドキドキしながらコール音を聞いていると、二回目が鳴り終わったところで応答があった。
『はい』
「……今、電話していても大丈夫?」
『問題ない』
 ここまではいつもと変わらないやり取り。
 声が聴きたくて電話したときは、このあとすぐに天気予報の話になるけれど、今日は話す内容がある。そして、天気予報の話をするときはついつい早口になり勝ちだけれど、これから話すことは少しゆっくり、ツカサの様子をうかがいながら話したい内容だった。
「あのね、慧くんが――去年の芸大祭で再会した倉敷慧くんがね、来週のピアノのレッスンに来ることになったの」
『何をしに?』
 当然すぎる質問に、思わず笑みが漏れる。
「ちょっと前に私のオリジナル曲を聴いてもらう機会があって、そのスコアを欲しいって去年のうちに言われていたの。で、そのスコアが出来上がったから取りに来てくれるの」
『それ、郵送すればいいだけじゃない?』
 的を射た返答だけど、これは合理性を考えてのことだろうか。それとも、嫉妬……?
 どちらかはかりかねつつ、
「私もそう言ったのだけど、ミュージックルームと間宮さんのピアノに興味があるみたい。ツカサは来週の月曜日もミュージックルームに来る? ……もし来てくれるなら、そのとき慧くんを紹介するね?」
 元旦の約束を果たすよ、という思いをこめて話すと、「わかった」と短く返答があった。
 これは機嫌が悪いのか、それとも鎌田くんほど気になる人物ではないのか――
 考えてみれば、慧くんには告白されたわけじゃないし、鎌田くんほど気にならなくてもおかしくはない。
 ツカサの心情が掴めないまま、
「ツカサは今、何をしていたの?」
『医療英語のリスニング』
「わ、勉強の邪魔してごめんなさいっ。用件はそれだけだから、切るね」
 急いで通話を切ろうとしたら、「翠」と呼び止められた。
「……ん、何?」
『おやすみ』
 改めて言われた言葉がなんだかとても嬉しくて、私はできるだけゆっくり、丁寧に「おやすみなさい」と返事をして通話を切った。
「夜に電話をしたら、『おやすみ』を言ってもらえるのね……」
 たったそれだけのことが、四文字の言葉が嬉しくて仕方がない。
 六年後、もしも本当にツカサと結婚することができたなら、毎日「おやすみ」が聞けるのだろうか。朝起きたら、「おはよう」を言い合えるのだろうか。
 少し考えるだけでもたまらなく幸せに思えて、じっとしてられなくなった私はラヴィを引き寄せぎゅっと抱きしめた。
「ラヴィ、信じられる? この私が婚約したのよ?」
 現実だということはきちんと理解している。でも、どうにもこうにも不思議な気分なのだ。
 秋斗さんと出逢うまでは「結婚」なんて意識したこともなかったし、意識した途端に「絶対無理」だとも思った。なのに今は婚約者がいて、六年後には入籍の予定がある。
 体調不安も何もかもを受け止めて、それでも結婚しようと言ってくれたツカサを思い出しては涙が溢れる。
「私、こんなに幸せでいいのかな? いつか急に取り上げられたりしないかな?」
 ラヴィにたずねても、当然ながら返事はない。
 幸せを感じれば感じた分だけ不安も大きくなる。
 でも今は、まだ幸せに浸っていたくて、心の不安に布を被せ、まだ耳に残るツカサの低い声を何度となく反芻させてお布団に入った。
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