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October
紫苑祭二日目 Side 翠葉 09話
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ヒップホップダンスの熱狂さめやらぬまま、プログラムは進行する。
創作ダンスを踊るメンバーがフロアに出て競技を始めようという状態になってもまだ、場内は浮き足立ったまま。
かく言う私の心臓も、まだドキドキしていて創作ダンスに意識が向かない。
「御園生、そろそろアップ行ってきたら?」
佐野くんに声をかけられてはっとする。
そうだ、創作ダンスが終われば次はワルツ。私はこの時間にウォーミングアップを済ませなければならないのだ。
教えてくれた佐野くんに感謝。やっぱり、今日の佐野くんは神様だ。
「ちょっと行ってくるね」
「俺も行こうか?」
「ううん、ひとりで大丈夫。佐野くんは競技見ていて?」
「そう?」
「うん。軽く柔軟運動をしたら、観覧席をぐるっと二、三周する程度だから」
「了解」
私はミニバッグを持って席を立った。
ストレッチから始めたいけれど、観覧席もフロアも人が行き来する。
人の邪魔にならないところ――
桜林館を見回して気づく。北側の半月ステージ裏なら人もいないしある程度のスペースが確保できる、と。
実際、ステージ裏は人が誰もおらずしんとしていた。
ここならゆっくりストレッチができそうだ。
腰を下ろすと身体の筋をゆっくりと伸ばし、ペタペタとあちこちに触れて痛みのレベルを把握する。
「朝よりほんの少し痛みが強くなったかな……」
でも、お昼の薬を飲んだのだから薬効はきちんと維持されるし、佐野くんに触れられる場所はさほど痛くないから大丈夫。
「よしっ、ウォーキング!」
鉄の扉をそっと開けてフロアへ出ると、すぐ近くにある階段を上り観覧席の一番上の通路へ出た。
一番上の通路だから、見えるのは人の背中とフロアで演技している人たちのみ。
十人で踊る創作ダンスとはどんなものかと思ったけれど、先のヒップホップダンスとは違い、全員が同じ動きをすることはほとんどない。
全身を使って踊ることは変わらないものの、複数人でひとつのものを表現するようなダンスだった。
確か、創作ダンスはテーマのみが決められていて、曲は五分以内のものならなんでもいいというルールだったはず。
今年のテーマは「超新星爆発」。星が長年燃え続けた末に、大爆発を起こす現象だ。
テーマを聞いたときにはどんなダンスになるのかと想像もできなかったけれど、実際の演技を見てもすべてを理解することはできそうにない。
たぶんこの組は星が生まれるところから星の一生を表現しているんだろうな、とか。この組は「爆発」に拘っているんだろうな、とか。「なんとなく」の感じでしかわからない。
自組である赤組のダンスでさえきちんと理解できているか怪しい。
「……あとで訊こうかな?」
でも、できることなら数十分前に戻って訊いて、演技を見る前に知っておきたかった。
今さらしても遅い後悔だけど、今日はなんだかずっと心が忙しくて、次の競技を気にする余裕がなかったのだ。
まだ昨日のほうがすべての流れや進行状況をきっちりと把握していた気がする。
今日の私はというと、初めて体育祭に参加できたことが嬉しくて楽しくて、まるで注意力が散漫な人に思える。
でも、そのくらいに嬉しくて楽しくて、それ以上にどんな言葉で表現したらいいのかわからないほどなのだから。
目いっぱい楽しんではいるけれど、紫苑祭を最初から最後まで余すことなく楽しむには、何度か経験しないと味わい尽くせないような気がする。
でも、「何度か」なんて到底無理な話。
私たちの学年は紅葉祭の当たり年のため、紫苑祭は二年次の一度しか体験できないのだ。
「……もっと気合入れて挑むんだった」
もっとも、自分的にはこれ以上ないほどの気合を入れて挑んだはずなのだけど、それでも足りなかったという現状が悔しい。
まだ終わってもいないのに、ちょっと名残惜しさを感じながら残りの一周を歩いた。
携帯のディスプレイを見れば自分の血圧や脈拍、体温までもが表示される。
相変わらず便利なバングルだな、と思いつつ、
「八十八の六十一、脈拍は九十前後――」
いい感じ。
血圧は低すぎず高すぎず、脈もちょうどいい数値をキープできている。
このあと、少しストレッチをして戻れば最後の一組くらいは創作ダンスを見られるかもしれない。
半月ステージ脇にある階段を下りようとしたそのとき、背中に軽い衝撃を受けバランスを崩す。
え……? あっ、だめっ――このまま落ちたらだめっ。
右手に触れていた手すりを力いっぱい掴み、できる限り身体を手繰り寄せる。けれど、それだけでは身体を支えることはできず、最終的には右半身を壁に押し付け足を階段にこすりながらひとつ下の踊り場へ落下した。
痛みに声をあげるより先、瞬時に階上を見上げる。と、そこには谷崎さんが立っていた。
『違う、私じゃない』――
谷崎さんの口がそう動いたように思えた。でも――
そうじゃない。そこじゃなくて、今は自分の状態を把握しなくちゃ。それから、周囲の人に気づかれたのは仕方ないにしても、たくさんの人に知られるのは本意じゃない。
それなら、早くこの場を立ち去らなくては……。
身体の状態を確認しようと足に手を伸ばした瞬間、背後から聞き覚えのある低い声が降ってきた。
「立てんの?」
背をかがめて私を覗き込んだのは飛翔くんだった。その飛翔くんの背後には真っ青になった谷崎さんもいる。
「とりあえず、場所移動すっから。今くらいは静かにしてろよ」
そう言うと、飛翔くんは自分の着ていたジャージで私を包み、肌が直接触れない状態で抱き上げてくれた。
「飛翔くん、半月ステージ裏に連れて行ってもらえる?」
「救護スペースで見てもらったほうがいいんじゃないの?」
「ごめん……わがままを聞いていただけると嬉しいです」
「……わかった」
私たちの近くで所在無さ下にしていた谷崎さんは相変わらず真っ青だ。
それには飛翔くんも気づいていたのだろう。すぐに振り返り、
「谷崎も一緒に来い」
飛翔くんの声音には有無を言わせないものがあり、谷崎さんはおとなしく私たちのあとをついてきた。
ステージ裏に着くまで何も話さなかったけれど、扉を閉じた途端に飛翔くんが口火を切った。
「あんたのこと突き落としたの、谷崎じゃないから」
「え……?」
「こいつ、運悪く居合わせただけ」
「そう、なの……?」
谷崎さんの顔をじっと見ると、
「……ワルツが始まる前に謝りたくて――」
あぁ、なんとなく話が読めた。
朝、目が合ったのに思い切り逸らされたのはばつが悪くてか何かで、ワルツが始まる前に謝りたかったのだけど、私がひとりでいるタイミングがなさすぎて、謝るに謝れなかったのだ。そして、ようやくひとりになった私の近くにいてタイミングをうかがっていたのだろう。そこでこの事態……。
「あの、ひとつ知りたいのだけど、私、突き落とされたの?」
「「は?」」
ふたりはひどく呆れた様子で私を見下ろしてくる。
「や、だって、階段を下りるつもりで前を向いていたから、誰かに押されたのかは定かじゃなくてっ」
「御園生先輩バカなんですかっ!? あんなところで人とぶつかったら、故意じゃなければぶつかったことを謝るし、ぶつかった相手が階段から落ちれば駆け寄るでしょうっ!?」
「……そっか。そうだよね……」
若干呆気に取られてしまったのだけど、今の言葉で谷崎さんが真っ直ぐな人だということがよくわかった。
普通の人は、ぶつかった人が階段から落ちれば駆け寄るのだ。でも、中には自分が突き落としてしまったことが怖くなって駆け寄れない――逃げ出す人だっているはずで、でも、谷崎さんは間違いなく前者。とても真摯な人なのだ。
今まで谷崎さんのキツイ面しか見たことがなかっただけに、会話から得た谷崎さん情報を嬉しく思う。
ふ、と心が緩み少しの余裕が生まれた。すると、
「何笑ってるんですかっ!? 足、大丈夫なんですかっ!? 手はっ!? 腕はっ!?」
谷崎さんに詰め寄られ、
「あちこち痛いは痛いのだけど、どうかな……? 足が無事だといいのだけど……」
階段からステージ裏までは飛翔くんが運んでくれたので、まだ足の状態は確認していない。
壁に手を添えながら立ち上がると、右足の膝と脛、足首に鋭い痛みを感じた。逆に、落ちるときに負担をかけてしまった右手右半身はさほど痛くない。
やっぱり、どんな体勢であっても重力に勝るものはないということだろうか。
試しに腕を上げてホールドの状態を作ってみる。
うん、大丈夫。
次はゆっくりとワルツのステップを踏んでみた。
これは痛い……。でも、我慢すれば踊れないこともない。
でも、その「大丈夫」は「一位を競えるレベル」での「大丈夫」なのだろうか。
腕時計を見ると、タイムリミットまであと十五分。
お昼のお薬は飲んだけれど、それだけじゃこの痛みは引かないだろう。
この手の炎症系なら普通の鎮痛剤、NSAIDsのほうが効きはいいはず。
幸い、ピルケースの中にはロキソニンとボルタレンも入っている。けれど、即効性を求めるならロキソニンの選択がベスト。
私はピルケースから薬を取り出し残っていたミネラルウォーターですぐさま飲み下した。
でも、薬を飲むには水の分量が少なすぎる。それはあとで対処するとして――
ポケットから携帯を取り出し佐野くんにかける。
「あ、佐野くん? お願いがあるのだけど、私のかばんを持って半月ステージ裏まで来てもらえませんか? ステージに向かって右側にいます」
『は? 何? かばん?』
「はい、かばんです。それから、テーピングなど持っていないでしょうか。持っていたらぜひとも持ってきていただきたいのですが……」
『なんで敬語? しかも、かばんとテーピングって何?』
「敬語なのはスルーしていただいて、かばんとテーピングが必要な理由はのちほどお話しいたしますので、今はできるだけ早くにお越しください。では――」
電話を切って一息つくと、目の前で呆れた顔をしている飛翔くんとハラハラしている谷崎さんに向き直った。
創作ダンスを踊るメンバーがフロアに出て競技を始めようという状態になってもまだ、場内は浮き足立ったまま。
かく言う私の心臓も、まだドキドキしていて創作ダンスに意識が向かない。
「御園生、そろそろアップ行ってきたら?」
佐野くんに声をかけられてはっとする。
そうだ、創作ダンスが終われば次はワルツ。私はこの時間にウォーミングアップを済ませなければならないのだ。
教えてくれた佐野くんに感謝。やっぱり、今日の佐野くんは神様だ。
「ちょっと行ってくるね」
「俺も行こうか?」
「ううん、ひとりで大丈夫。佐野くんは競技見ていて?」
「そう?」
「うん。軽く柔軟運動をしたら、観覧席をぐるっと二、三周する程度だから」
「了解」
私はミニバッグを持って席を立った。
ストレッチから始めたいけれど、観覧席もフロアも人が行き来する。
人の邪魔にならないところ――
桜林館を見回して気づく。北側の半月ステージ裏なら人もいないしある程度のスペースが確保できる、と。
実際、ステージ裏は人が誰もおらずしんとしていた。
ここならゆっくりストレッチができそうだ。
腰を下ろすと身体の筋をゆっくりと伸ばし、ペタペタとあちこちに触れて痛みのレベルを把握する。
「朝よりほんの少し痛みが強くなったかな……」
でも、お昼の薬を飲んだのだから薬効はきちんと維持されるし、佐野くんに触れられる場所はさほど痛くないから大丈夫。
「よしっ、ウォーキング!」
鉄の扉をそっと開けてフロアへ出ると、すぐ近くにある階段を上り観覧席の一番上の通路へ出た。
一番上の通路だから、見えるのは人の背中とフロアで演技している人たちのみ。
十人で踊る創作ダンスとはどんなものかと思ったけれど、先のヒップホップダンスとは違い、全員が同じ動きをすることはほとんどない。
全身を使って踊ることは変わらないものの、複数人でひとつのものを表現するようなダンスだった。
確か、創作ダンスはテーマのみが決められていて、曲は五分以内のものならなんでもいいというルールだったはず。
今年のテーマは「超新星爆発」。星が長年燃え続けた末に、大爆発を起こす現象だ。
テーマを聞いたときにはどんなダンスになるのかと想像もできなかったけれど、実際の演技を見てもすべてを理解することはできそうにない。
たぶんこの組は星が生まれるところから星の一生を表現しているんだろうな、とか。この組は「爆発」に拘っているんだろうな、とか。「なんとなく」の感じでしかわからない。
自組である赤組のダンスでさえきちんと理解できているか怪しい。
「……あとで訊こうかな?」
でも、できることなら数十分前に戻って訊いて、演技を見る前に知っておきたかった。
今さらしても遅い後悔だけど、今日はなんだかずっと心が忙しくて、次の競技を気にする余裕がなかったのだ。
まだ昨日のほうがすべての流れや進行状況をきっちりと把握していた気がする。
今日の私はというと、初めて体育祭に参加できたことが嬉しくて楽しくて、まるで注意力が散漫な人に思える。
でも、そのくらいに嬉しくて楽しくて、それ以上にどんな言葉で表現したらいいのかわからないほどなのだから。
目いっぱい楽しんではいるけれど、紫苑祭を最初から最後まで余すことなく楽しむには、何度か経験しないと味わい尽くせないような気がする。
でも、「何度か」なんて到底無理な話。
私たちの学年は紅葉祭の当たり年のため、紫苑祭は二年次の一度しか体験できないのだ。
「……もっと気合入れて挑むんだった」
もっとも、自分的にはこれ以上ないほどの気合を入れて挑んだはずなのだけど、それでも足りなかったという現状が悔しい。
まだ終わってもいないのに、ちょっと名残惜しさを感じながら残りの一周を歩いた。
携帯のディスプレイを見れば自分の血圧や脈拍、体温までもが表示される。
相変わらず便利なバングルだな、と思いつつ、
「八十八の六十一、脈拍は九十前後――」
いい感じ。
血圧は低すぎず高すぎず、脈もちょうどいい数値をキープできている。
このあと、少しストレッチをして戻れば最後の一組くらいは創作ダンスを見られるかもしれない。
半月ステージ脇にある階段を下りようとしたそのとき、背中に軽い衝撃を受けバランスを崩す。
え……? あっ、だめっ――このまま落ちたらだめっ。
右手に触れていた手すりを力いっぱい掴み、できる限り身体を手繰り寄せる。けれど、それだけでは身体を支えることはできず、最終的には右半身を壁に押し付け足を階段にこすりながらひとつ下の踊り場へ落下した。
痛みに声をあげるより先、瞬時に階上を見上げる。と、そこには谷崎さんが立っていた。
『違う、私じゃない』――
谷崎さんの口がそう動いたように思えた。でも――
そうじゃない。そこじゃなくて、今は自分の状態を把握しなくちゃ。それから、周囲の人に気づかれたのは仕方ないにしても、たくさんの人に知られるのは本意じゃない。
それなら、早くこの場を立ち去らなくては……。
身体の状態を確認しようと足に手を伸ばした瞬間、背後から聞き覚えのある低い声が降ってきた。
「立てんの?」
背をかがめて私を覗き込んだのは飛翔くんだった。その飛翔くんの背後には真っ青になった谷崎さんもいる。
「とりあえず、場所移動すっから。今くらいは静かにしてろよ」
そう言うと、飛翔くんは自分の着ていたジャージで私を包み、肌が直接触れない状態で抱き上げてくれた。
「飛翔くん、半月ステージ裏に連れて行ってもらえる?」
「救護スペースで見てもらったほうがいいんじゃないの?」
「ごめん……わがままを聞いていただけると嬉しいです」
「……わかった」
私たちの近くで所在無さ下にしていた谷崎さんは相変わらず真っ青だ。
それには飛翔くんも気づいていたのだろう。すぐに振り返り、
「谷崎も一緒に来い」
飛翔くんの声音には有無を言わせないものがあり、谷崎さんはおとなしく私たちのあとをついてきた。
ステージ裏に着くまで何も話さなかったけれど、扉を閉じた途端に飛翔くんが口火を切った。
「あんたのこと突き落としたの、谷崎じゃないから」
「え……?」
「こいつ、運悪く居合わせただけ」
「そう、なの……?」
谷崎さんの顔をじっと見ると、
「……ワルツが始まる前に謝りたくて――」
あぁ、なんとなく話が読めた。
朝、目が合ったのに思い切り逸らされたのはばつが悪くてか何かで、ワルツが始まる前に謝りたかったのだけど、私がひとりでいるタイミングがなさすぎて、謝るに謝れなかったのだ。そして、ようやくひとりになった私の近くにいてタイミングをうかがっていたのだろう。そこでこの事態……。
「あの、ひとつ知りたいのだけど、私、突き落とされたの?」
「「は?」」
ふたりはひどく呆れた様子で私を見下ろしてくる。
「や、だって、階段を下りるつもりで前を向いていたから、誰かに押されたのかは定かじゃなくてっ」
「御園生先輩バカなんですかっ!? あんなところで人とぶつかったら、故意じゃなければぶつかったことを謝るし、ぶつかった相手が階段から落ちれば駆け寄るでしょうっ!?」
「……そっか。そうだよね……」
若干呆気に取られてしまったのだけど、今の言葉で谷崎さんが真っ直ぐな人だということがよくわかった。
普通の人は、ぶつかった人が階段から落ちれば駆け寄るのだ。でも、中には自分が突き落としてしまったことが怖くなって駆け寄れない――逃げ出す人だっているはずで、でも、谷崎さんは間違いなく前者。とても真摯な人なのだ。
今まで谷崎さんのキツイ面しか見たことがなかっただけに、会話から得た谷崎さん情報を嬉しく思う。
ふ、と心が緩み少しの余裕が生まれた。すると、
「何笑ってるんですかっ!? 足、大丈夫なんですかっ!? 手はっ!? 腕はっ!?」
谷崎さんに詰め寄られ、
「あちこち痛いは痛いのだけど、どうかな……? 足が無事だといいのだけど……」
階段からステージ裏までは飛翔くんが運んでくれたので、まだ足の状態は確認していない。
壁に手を添えながら立ち上がると、右足の膝と脛、足首に鋭い痛みを感じた。逆に、落ちるときに負担をかけてしまった右手右半身はさほど痛くない。
やっぱり、どんな体勢であっても重力に勝るものはないということだろうか。
試しに腕を上げてホールドの状態を作ってみる。
うん、大丈夫。
次はゆっくりとワルツのステップを踏んでみた。
これは痛い……。でも、我慢すれば踊れないこともない。
でも、その「大丈夫」は「一位を競えるレベル」での「大丈夫」なのだろうか。
腕時計を見ると、タイムリミットまであと十五分。
お昼のお薬は飲んだけれど、それだけじゃこの痛みは引かないだろう。
この手の炎症系なら普通の鎮痛剤、NSAIDsのほうが効きはいいはず。
幸い、ピルケースの中にはロキソニンとボルタレンも入っている。けれど、即効性を求めるならロキソニンの選択がベスト。
私はピルケースから薬を取り出し残っていたミネラルウォーターですぐさま飲み下した。
でも、薬を飲むには水の分量が少なすぎる。それはあとで対処するとして――
ポケットから携帯を取り出し佐野くんにかける。
「あ、佐野くん? お願いがあるのだけど、私のかばんを持って半月ステージ裏まで来てもらえませんか? ステージに向かって右側にいます」
『は? 何? かばん?』
「はい、かばんです。それから、テーピングなど持っていないでしょうか。持っていたらぜひとも持ってきていただきたいのですが……」
『なんで敬語? しかも、かばんとテーピングって何?』
「敬語なのはスルーしていただいて、かばんとテーピングが必要な理由はのちほどお話しいたしますので、今はできるだけ早くにお越しください。では――」
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