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November
芸大祭 Side 翠葉 12話
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夕飯を食べたあと、リビングのソファへ移動すると、
「さっき大学で一緒にいた人たち、誰?」
唐突に訊かれてびっくりする。
目を瞬かせると、手に持っていたカップを取り上げられ、真顔で詰め寄られた。
「ロータリーから見えた。タキシード着てる男たちに囲まれてるの。ピアノの先生には見えなかったけど?」
言っていることは秋斗さんと同じだけど、若干きつい物言いに唖然とする。
あのとき、蔵元さんが「嫉妬」と言っていたけれど、ツカサのこれも同じなのだろうか。
車に乗ったときに機嫌が悪かったのって、知らない人たちといたから……?
信じられない思いでツカサを見ていると、
「誰?」
どうしてだろう……。
じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
嫉妬されて嬉しいなんて、変かな……?
でも、自分を好きだからこそ生まれる感情だと思えば、そんな感情を抱いてもらえることや、見せてもらえることがたまらなく嬉しい。
なんというか、「好き」と言われたわけじゃないのに、言われた気分。
思い余ってツカサの腕に抱きつく。と、ツカサはひどく狼狽して見せた。
「ツカサ、好きっ!」
「それ、返事になってないんだけど……」
「うん」
私はツカサにくっついたまま、
「あのね、今日、すっごく色んなことがあったの。全部、全部全部聞いてくれる?」
「聞くけど、その前に回答……」
「あのとき一緒にいた人たちは――えぇと、やっぱり最初から話したい。だめ?」
ツカサの目を見ると、ツカサはひとつため息をつき了承してくれた。
座面の広いソファに上がりこみ、体育座りをした状態でツカサの腕に自分の腕を絡ませる。と、ツカサは絡ませた腕の手を、優しく握り締めてくれた。
自分より少し高い体温が指先から伝い、心まであたたかくなりそう。
でも、少し乾燥してる……?
今度、ハンドクリームを作ってプレゼントしようかな。
酸化しづらくて浸透力の高いオイルといったら何があるだろう……。
おうちに帰ったらオイルの本を開こう。
油分が多くてヌルヌルするのは好きじゃないって言われそうだから、水分多めでアロエベラとか入れてみようかな……。
ついレシピに気を取られていると、控えめに手を揺すられた。
「秋兄とは?」
「え?」
「今日一日一緒だったの?」
「ううん、柊ちゃんと合流するまでの二、三分くらい。なんか、仕事のような趣味のような市場調査って言ってたけれど、なんだったんだろう?」
未だに意味のわからない私に対し、ツカサは聞くなり納得してしまったふうだから面白くない。
そんな視線に気づいたのか、
「たぶんだけど、大学の警備体制を調査してたんだと思う」
「どうして……?」
「翠の進路が芸大に決まったとき、速やかに対処できるように、じゃない?」
「警護班が動くだけじゃだめなの……?」
「今は藤宮だから問題ないけど、他大学になると警護班も動きづらい。おそらく、警護班が学内に入る許可はとるつもりだろうけれど、学内の警備会社が藤宮ならそんな許可を取る必要はなくなる」
なるほど……。
「でも、私が芸大に入ったとしても、短大なら二年だし、長くても四年のことよ……?」
「別に問題ないだろ? 藤宮警備にしてみたら、契約先がひとつ増えるだけのこと」
そんなものだろうかと疑問に思いながら、今日あった出来事をひとつひとつ時系列順に話していく。
先生とはすぐに合流できなくて広場で待っていたこと。そのとき、周りの雰囲気に触発された柊ちゃんが「歌いたい」と言い出したこと。気分が高揚したまま先生からの電話に応じた結果、あまりにも元気に応答しすぎて通話を切られてしまったこと。
ツカサは白けた顔で理解しがたそうに、
「その女子、佐野の従姉なんだろ? そんなにうるさいの?」
「うるさいというよりは、ものすごく元気で賑やかな子、かな? うちの学校でいうなら飛鳥ちゃんみたいな子だけど、もっと元気でぴょんぴょん跳ねてるイメージ。あと、よく歌ってる」
「へぇ……」
まるでそのあとには、「関わりたくない」という言葉が続きそうなニュアンスだ。
私は気づかない振りをして別の話題を口にする。
「ピアノの先生のお話、したことあったっけ?」
「いや、とくに聞いたことはない」
「仙波先生っておっしゃるのだけど、本職はピアニストなの。それと、今日知ったのだけど、ご実家があの仙波楽器で、ご自分でもピアノの調律ができるんだって」
「……男?」
「うん。秋斗さんと同い年」
「ふーん……」
「それでね、私、全然気づかなかったのだけど、先生とは私が三歳のころにお会いしたことがあったの」
「は……?」
ツカサの反応が正直すぎて思わず笑みが零れる。
「三歳のころ、城井アンティークの催事にベーゼンドルファーがレイアウトされたことがあって、そのピアノの演奏に来ていたのが先生と先生のお姉さんだったの。演奏が終わってから、先生とお姉さんが私と蒼兄にピアノの手ほどきをしてくれたのだけど、私、ピアノに触れたのはそのときが初めてで、それがきっかけでピアノを習い始めたから、先生がそのときのお兄さんって知ってびっくりしちゃった。先生も、私の名前を音楽教室で見たときにびっくりしたみたい。普段受験生は受け持たない契約らしいのだけど、『縁かな』って受け持つことにしてくれたらしくて」
あと、先生に「音が好き」と言われて嬉しかった話をすると、ツカサはどこか面白くなさそうな表情になった。
「ツカサ……お話、つまらない?」
「いや、そういうわけじゃない。続けて」
「うん……。コンサートが終わるまでは柊ちゃんと先生と三人でいたのだけど、コンサートが終わってから発熱していることがわかって、先生のご好意で構内にある仙波楽器出張所の応接室で休ませてもらうことになったの」
「今熱は?」
「あ……」
バッグから携帯を取り出すと、即座に取り上げられた。
「三十七度五分……。体調は?」
「少しだるいかな? でも、大丈夫。ちょっと疲れただけだと思う」
まだ一緒にいたい――
そんな思いでツカサを見ると、ツカサは腕時計に視線を落としていた。
「七時になったら出よう」
「あと二十分……」
でも、八時までに帰宅することを考えたら、渋滞にはまることも考慮して七時に出るのがベストだろう。
少し残念な気持ちで時計を見ていると、つないでいた手に力をこめられた。
「ここに居られるのは二十分だけど、藤倉へ戻るのに二十分から三十分はかかる。あと一時間は一緒にいられる」
「そうだね……」
「それより、まださっきの人間にたどり着いてないんだけど」
話の続きを催促され、私は少し早口で話し始める。
先生が席を外しているときに男の子がやってきて、その男の子が八年前のコンクールで声をかけてくれた男の子だったこと。先生と一緒に手ほどきをしてくれたお姉さんが白血病で亡くなっていたこと。それに気づいたとき、ひどく動揺して泣いてしまったことや、極度のあがり症を知っている倉敷くんにAO入試を勧められたこと。
何から何まで残さず話した。
「でも、さっき四、五人はいたと思うんだけど……」
「あ、うん。車椅子を押してくれたのが倉敷くんで、ほかの四人は正門まで送ってもらう途中で会った、倉敷くんのお友達。名前の中に春夏秋冬が入っていて、『Seasons』ってカルテットを組んでるって言ってた。あ、ライブチケットをいただいたの。次の日曜日の――」
チケットを見せようとバッグに手を伸ばすと、つないでいた手を引っ張られ、勢いのままにツカサ側へ身体が傾く。と、瞬く間に口付けられた。
「んっ――」
急で強引なキスにびっくりしていると、
「これ以上は限界。ほかの男の話なんかするな」
そう言って、再度噛み付かれるようなキスをされる。
「……嫉妬、してくれたの?」
「だったら何?」
「ううん。ただ、嬉しいなって……」
「は……?」
「だって……好きって言われてるみたいで嬉しい」
つい頬が緩んでしまう私に対し、ツカサはものすごく不服そうな面持ちだ。
私は仏頂面に手を伸ばし、白い頬をぷにっとつまむ。
「でもね、嫉妬なんてしなくて大丈夫だよ。私が好きなのはツカサだけだもの」
言った直後、室内にオルゴール音が響く。
一フレーズで途切れたところを見るとメールのようだけど、
「誰だろう……?」
ツカサにくっついたまま携帯を操作する。と、倉敷くんからのメールだった。
件名: メール開通!
本文: 日曜日のライブ、絶対に来いよ!
春夏秋冬も楽しみにしてるからさ!
それから右手、くれぐれもお大事に。
もう怪我すんなよ?
慧
「へぇ……連絡先の交換までしてきてたんだ?」
「うん。悪い人じゃないと思ったから」
「ふーん……」
「……だめ、だった?」
「別にいいんじゃない?」
そう言う割にそっぽを向いている。
「もぅ……どうしたら機嫌なおしてくれる?」
ツカサは澄ました表情で私を見る。
「今日、ほかにも何かあったんじゃない? 俺に報告することは?」
ほかに……? ほかに――何かあったっけ……?
これといったものが思いつかずにうんうん唸っていると、ツカサの手が額へ伸びてきた。
その動作にはっとする。
「秋斗さんの手っ!? でもっ、熱を心配されて額に触れただけよ?」
「それ、抱きしめられたわけでもキスされたわけでもないって言いたいの?」
私はコクコクと頷く。すると、
「俺は翠が知らない男たちに囲まれているだけでも嫉妬するし、俺以外の男が翠に触れることだってよくは思わない」
「……ごめんなさい。でも、突然でよけられなかったんだもの……」
「急に抱きしめられてもキスされても同じ言い訳を口にしそう」
「うう、ごめんなさい……。以後、これまで以上に気をつけます。願わくば許してほしいのだけど、どうしたら許してくれる……?」
「……キス、してくれたら?」
「えっ――」
慌てる私に、ツカサは絶対零度の笑みを見せる。
「さぁ、どうする?」――そんな表情で笑みを深めるからひどい。
何も言えずに唇をきつく引き結び、考えに考えて行動に移す。
「これで我慢してっ」
勢いをつけてツカサに抱きつくと、しばらくしてツカサの胸から振動が伝ってきた。さらにはくつくつと笑い声まで降ってくる。
そっとツカサの顔を見上げると、絶対零度の笑みを引っ込めおかしそうに笑っているからひどい。
「意地悪……」
「翠が悪い」
そう言うと、再び口を塞がれた。けれどそれはさっきのキスとは違い、優しく求めるような、熱を帯びたキスだった。
「さっき大学で一緒にいた人たち、誰?」
唐突に訊かれてびっくりする。
目を瞬かせると、手に持っていたカップを取り上げられ、真顔で詰め寄られた。
「ロータリーから見えた。タキシード着てる男たちに囲まれてるの。ピアノの先生には見えなかったけど?」
言っていることは秋斗さんと同じだけど、若干きつい物言いに唖然とする。
あのとき、蔵元さんが「嫉妬」と言っていたけれど、ツカサのこれも同じなのだろうか。
車に乗ったときに機嫌が悪かったのって、知らない人たちといたから……?
信じられない思いでツカサを見ていると、
「誰?」
どうしてだろう……。
じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
嫉妬されて嬉しいなんて、変かな……?
でも、自分を好きだからこそ生まれる感情だと思えば、そんな感情を抱いてもらえることや、見せてもらえることがたまらなく嬉しい。
なんというか、「好き」と言われたわけじゃないのに、言われた気分。
思い余ってツカサの腕に抱きつく。と、ツカサはひどく狼狽して見せた。
「ツカサ、好きっ!」
「それ、返事になってないんだけど……」
「うん」
私はツカサにくっついたまま、
「あのね、今日、すっごく色んなことがあったの。全部、全部全部聞いてくれる?」
「聞くけど、その前に回答……」
「あのとき一緒にいた人たちは――えぇと、やっぱり最初から話したい。だめ?」
ツカサの目を見ると、ツカサはひとつため息をつき了承してくれた。
座面の広いソファに上がりこみ、体育座りをした状態でツカサの腕に自分の腕を絡ませる。と、ツカサは絡ませた腕の手を、優しく握り締めてくれた。
自分より少し高い体温が指先から伝い、心まであたたかくなりそう。
でも、少し乾燥してる……?
今度、ハンドクリームを作ってプレゼントしようかな。
酸化しづらくて浸透力の高いオイルといったら何があるだろう……。
おうちに帰ったらオイルの本を開こう。
油分が多くてヌルヌルするのは好きじゃないって言われそうだから、水分多めでアロエベラとか入れてみようかな……。
ついレシピに気を取られていると、控えめに手を揺すられた。
「秋兄とは?」
「え?」
「今日一日一緒だったの?」
「ううん、柊ちゃんと合流するまでの二、三分くらい。なんか、仕事のような趣味のような市場調査って言ってたけれど、なんだったんだろう?」
未だに意味のわからない私に対し、ツカサは聞くなり納得してしまったふうだから面白くない。
そんな視線に気づいたのか、
「たぶんだけど、大学の警備体制を調査してたんだと思う」
「どうして……?」
「翠の進路が芸大に決まったとき、速やかに対処できるように、じゃない?」
「警護班が動くだけじゃだめなの……?」
「今は藤宮だから問題ないけど、他大学になると警護班も動きづらい。おそらく、警護班が学内に入る許可はとるつもりだろうけれど、学内の警備会社が藤宮ならそんな許可を取る必要はなくなる」
なるほど……。
「でも、私が芸大に入ったとしても、短大なら二年だし、長くても四年のことよ……?」
「別に問題ないだろ? 藤宮警備にしてみたら、契約先がひとつ増えるだけのこと」
そんなものだろうかと疑問に思いながら、今日あった出来事をひとつひとつ時系列順に話していく。
先生とはすぐに合流できなくて広場で待っていたこと。そのとき、周りの雰囲気に触発された柊ちゃんが「歌いたい」と言い出したこと。気分が高揚したまま先生からの電話に応じた結果、あまりにも元気に応答しすぎて通話を切られてしまったこと。
ツカサは白けた顔で理解しがたそうに、
「その女子、佐野の従姉なんだろ? そんなにうるさいの?」
「うるさいというよりは、ものすごく元気で賑やかな子、かな? うちの学校でいうなら飛鳥ちゃんみたいな子だけど、もっと元気でぴょんぴょん跳ねてるイメージ。あと、よく歌ってる」
「へぇ……」
まるでそのあとには、「関わりたくない」という言葉が続きそうなニュアンスだ。
私は気づかない振りをして別の話題を口にする。
「ピアノの先生のお話、したことあったっけ?」
「いや、とくに聞いたことはない」
「仙波先生っておっしゃるのだけど、本職はピアニストなの。それと、今日知ったのだけど、ご実家があの仙波楽器で、ご自分でもピアノの調律ができるんだって」
「……男?」
「うん。秋斗さんと同い年」
「ふーん……」
「それでね、私、全然気づかなかったのだけど、先生とは私が三歳のころにお会いしたことがあったの」
「は……?」
ツカサの反応が正直すぎて思わず笑みが零れる。
「三歳のころ、城井アンティークの催事にベーゼンドルファーがレイアウトされたことがあって、そのピアノの演奏に来ていたのが先生と先生のお姉さんだったの。演奏が終わってから、先生とお姉さんが私と蒼兄にピアノの手ほどきをしてくれたのだけど、私、ピアノに触れたのはそのときが初めてで、それがきっかけでピアノを習い始めたから、先生がそのときのお兄さんって知ってびっくりしちゃった。先生も、私の名前を音楽教室で見たときにびっくりしたみたい。普段受験生は受け持たない契約らしいのだけど、『縁かな』って受け持つことにしてくれたらしくて」
あと、先生に「音が好き」と言われて嬉しかった話をすると、ツカサはどこか面白くなさそうな表情になった。
「ツカサ……お話、つまらない?」
「いや、そういうわけじゃない。続けて」
「うん……。コンサートが終わるまでは柊ちゃんと先生と三人でいたのだけど、コンサートが終わってから発熱していることがわかって、先生のご好意で構内にある仙波楽器出張所の応接室で休ませてもらうことになったの」
「今熱は?」
「あ……」
バッグから携帯を取り出すと、即座に取り上げられた。
「三十七度五分……。体調は?」
「少しだるいかな? でも、大丈夫。ちょっと疲れただけだと思う」
まだ一緒にいたい――
そんな思いでツカサを見ると、ツカサは腕時計に視線を落としていた。
「七時になったら出よう」
「あと二十分……」
でも、八時までに帰宅することを考えたら、渋滞にはまることも考慮して七時に出るのがベストだろう。
少し残念な気持ちで時計を見ていると、つないでいた手に力をこめられた。
「ここに居られるのは二十分だけど、藤倉へ戻るのに二十分から三十分はかかる。あと一時間は一緒にいられる」
「そうだね……」
「それより、まださっきの人間にたどり着いてないんだけど」
話の続きを催促され、私は少し早口で話し始める。
先生が席を外しているときに男の子がやってきて、その男の子が八年前のコンクールで声をかけてくれた男の子だったこと。先生と一緒に手ほどきをしてくれたお姉さんが白血病で亡くなっていたこと。それに気づいたとき、ひどく動揺して泣いてしまったことや、極度のあがり症を知っている倉敷くんにAO入試を勧められたこと。
何から何まで残さず話した。
「でも、さっき四、五人はいたと思うんだけど……」
「あ、うん。車椅子を押してくれたのが倉敷くんで、ほかの四人は正門まで送ってもらう途中で会った、倉敷くんのお友達。名前の中に春夏秋冬が入っていて、『Seasons』ってカルテットを組んでるって言ってた。あ、ライブチケットをいただいたの。次の日曜日の――」
チケットを見せようとバッグに手を伸ばすと、つないでいた手を引っ張られ、勢いのままにツカサ側へ身体が傾く。と、瞬く間に口付けられた。
「んっ――」
急で強引なキスにびっくりしていると、
「これ以上は限界。ほかの男の話なんかするな」
そう言って、再度噛み付かれるようなキスをされる。
「……嫉妬、してくれたの?」
「だったら何?」
「ううん。ただ、嬉しいなって……」
「は……?」
「だって……好きって言われてるみたいで嬉しい」
つい頬が緩んでしまう私に対し、ツカサはものすごく不服そうな面持ちだ。
私は仏頂面に手を伸ばし、白い頬をぷにっとつまむ。
「でもね、嫉妬なんてしなくて大丈夫だよ。私が好きなのはツカサだけだもの」
言った直後、室内にオルゴール音が響く。
一フレーズで途切れたところを見るとメールのようだけど、
「誰だろう……?」
ツカサにくっついたまま携帯を操作する。と、倉敷くんからのメールだった。
件名: メール開通!
本文: 日曜日のライブ、絶対に来いよ!
春夏秋冬も楽しみにしてるからさ!
それから右手、くれぐれもお大事に。
もう怪我すんなよ?
慧
「へぇ……連絡先の交換までしてきてたんだ?」
「うん。悪い人じゃないと思ったから」
「ふーん……」
「……だめ、だった?」
「別にいいんじゃない?」
そう言う割にそっぽを向いている。
「もぅ……どうしたら機嫌なおしてくれる?」
ツカサは澄ました表情で私を見る。
「今日、ほかにも何かあったんじゃない? 俺に報告することは?」
ほかに……? ほかに――何かあったっけ……?
これといったものが思いつかずにうんうん唸っていると、ツカサの手が額へ伸びてきた。
その動作にはっとする。
「秋斗さんの手っ!? でもっ、熱を心配されて額に触れただけよ?」
「それ、抱きしめられたわけでもキスされたわけでもないって言いたいの?」
私はコクコクと頷く。すると、
「俺は翠が知らない男たちに囲まれているだけでも嫉妬するし、俺以外の男が翠に触れることだってよくは思わない」
「……ごめんなさい。でも、突然でよけられなかったんだもの……」
「急に抱きしめられてもキスされても同じ言い訳を口にしそう」
「うう、ごめんなさい……。以後、これまで以上に気をつけます。願わくば許してほしいのだけど、どうしたら許してくれる……?」
「……キス、してくれたら?」
「えっ――」
慌てる私に、ツカサは絶対零度の笑みを見せる。
「さぁ、どうする?」――そんな表情で笑みを深めるからひどい。
何も言えずに唇をきつく引き結び、考えに考えて行動に移す。
「これで我慢してっ」
勢いをつけてツカサに抱きつくと、しばらくしてツカサの胸から振動が伝ってきた。さらにはくつくつと笑い声まで降ってくる。
そっとツカサの顔を見上げると、絶対零度の笑みを引っ込めおかしそうに笑っているからひどい。
「意地悪……」
「翠が悪い」
そう言うと、再び口を塞がれた。けれどそれはさっきのキスとは違い、優しく求めるような、熱を帯びたキスだった。
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