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【第一部 きみいろ ~君と僕がみている世界の色は~】
第二十ニ話 往事茫茫
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* * *
桜が咲く季節になると、パパとママと車に乗って大きな桜が咲いているところにピクニックへ行くの。その桜の木の下には私たち家族しかいなくて、ママが言うにはここはパパとママだけが知っているトクベツな場所らしいの。
桜が満開に咲き乱れ花びらが舞い、桜の木の下には秋桜がひっそりと並び、昼間だというのに蛍のような光を放つ虫が飛び交い、触れると冷んやりする白い結晶が降っている場所。
トクベツな場所……。
「彩、今年も満開だね」
衣は満面に喜色を湛え、桜の木に向かって大きく手を広げる。
「うん。お天気もいいし、ステキなピクニックになりそうだね」
彩もキラキラの笑顔で背伸びをするように手足をピンと伸ばしきる。
二人の笑顔にこたえるかのように大量の桜の花びらが舞う。花びらはまるで一枚一枚が生き物のようにフワフワと踊り、上に下にと舞っている。
彩も花びらと一緒にクルクルと回る。
「彩、みて! 手の中には何がはいっているでしょう」
彩の父、世奈は彩に一枚の葉をのせた両手を見せ手を閉じる。
世奈の手をジッと見つめながら「葉っぱ!」と元気よく答える彩。
世奈は立ち上がり、彩の頭の上で両手を広げる。すると、たくさんの桜の花びらが降ってくる。
「わぁ! すごーい! 魔法みたい!」
彩はピョンピョンとジャンプする。
「彩、じゃあ今度はこっちで魔法の絨毯をひくのを手伝ってくれるかな」
「はーい!」
彩は衣と一緒にレジャーシートを広げ終わると靴を脱ぎ、ジャンプしてシートに上がる。でんぐり返しをしてそのまま座り、足をバタバタとさせる。
「彩、ママ。こっち向いて」
パシャっ!
世奈は一眼レフのカメラを向けて彩と衣の写真を撮る。
「パパ! みんなで写真撮りたい!」
「そうだね」
世奈は三脚を立てカメラのタイマーをかける。
「うふふ」
彩はくしゃくしゃの笑顔で衣と世奈の間に座り、それぞれの手を取り手を繋ぐ。
パシャっ!
「うふふ」
彩は両親の手をギュッと握ってブンブンと振る。
「パパ、ママ、大好きだよ」
「ママもよ」
「パパも、彩とママが大好きだよ」
衣は彩をギュッと抱きしめ、世奈は彩の頭を優しく撫でる。
これは……子供の頃の記憶?
こんなことあったっけ? 覚えていないな……。
彩はゆっくりと目を閉じ、眠る。
* * *
あのね、あのね!
私のお家の窓はピンク色でいっぱいになるの。お家の近くには大きい川があって、その川の土手ってところには桜がいっぱいあるんだ。
窓がピンク色でいっぱいになると、お父さんとお母さんと三人でお弁当を持ってピクニックをするの。それがいつも楽しみなんだ。お母さんは忙しいみたいであまりお家に帰ってくることがない。けど毎年ピンク色の時には必ず帰ってきてみんなでお出かけをするの。
でも……今年はまだ帰ってこない。
いつものピンクの時なら太陽がニコニコ顔で元気いっぱいに背伸びしてて、キラキラのお天気が続くのに……今年はずっと雨。雨、雨、雨、雨、雨で桜の木たちがしょんぼりして泣いているかのよう。おかげで私のココロもどんより。
明日は小学校の入学式っていうのがあるらしい。明日からそこに通うんだって。ドキドキとワクワクでいっぱいです。けど雨。ちょっと気分はじめじめのご機嫌斜めです。
今から明日のためにお買い物に行くんだって。今日も雨だけどお父さんと一緒にお手てを繋いで歩くのはちょっと嬉しくて楽しい。
お気に入りのカッパと長靴で雨にしかできないオシャレをして、雨の日の土木の匂いを感じて、雨が色んな楽器みたいに音を出すのを聞くのもほんとは嫌いじゃないんだ。でも雨ばっかりはちょっと悲しい。だって、お母さんはいつも晴れた時に帰って来るから。お母さんがいると雨なんて降ったことないんだもん。
彩はゆっくりと歩く。水たまりを見つけると蹴るような仕草をする。
「彩、雨は嫌い?」
「う~ん。お天気が好き」
「そっか。お空が晴れたら笑った顔をみせてくれる?」
「え? お父さんはお天気にできるの?」
「ああ、お父さんは魔法使いだからね。簡単にできちゃうよ」
「魔法使い!」
彩は目をキラキラと輝かせ、水たまりをバシャバシャとジャンプする。
「じゃあ、目を閉じて。いくよ!」
パチン。と指を鳴らす音が響く。
「目を開けてごらん」
「わぁ、太陽さんと青いお空だ。お父さん、すっごーい!」
雲ひとつない天色が広がる。
まるでさっきまで雨が降っていなかったのような空。
「彩の太陽みたいな笑顔がみられて、嬉しいよ」
お父さんはニコニコ顔で優しく頭を撫でてくれた。
ドンっ! 大きな雷鳴とともにいくつもの閃光が走り地響きが起きる。
「うわあ。すごい光と音だったね。あと、すっごく地面ユラユラしてたね」
お父さんは空を見つめ、私の手をギュッと強く握る。
「お父さん、痛い」
お父さんは難しい顔をして空を見ていて、私のことをすっかり忘れているよう。
「お父さん!」
彩の目の前に小さな竜巻が現れる。
* * *
“彩、ごめんね”
気が付くとお部屋のお布団にいた。
あれ? さっきまでお父さんとお出かけしていたような?
「お父さん?」
お家の中を探してもお父さんが見つからない。
お買い物、一人で行っちゃったのかな?
彩は父親が帰ってくるのを待つ。
夜になり、ずぶ濡れのお父さんが帰ってきた。
「お父さん、おかえり」
その日から、お父さんは私に声をかけることも視線を向けることもなくなった……。
そして、その日から今まで見えなかったモノがみえるようになった。
桜の木の上には縦より横に大きい妖モノが大きな瓢箪と大盃を持っていつもお酒を飲んで座り込んでいて、通る人を選んでは木を揺らし毛虫を落として遊んでいる。木の下には、その脅かすのに落とした毛虫を手に乗せ木に返すニコニコ顔のヒョロヒョロした妖モノが立っている。夜になると宴会のような集まりをして、変な歌のようなものが聞こえてくる。
楽しそうだなって思うけど、やっぱ五月蠅いから寝る時は必ず窓を閉める。
道を歩けば可笑しなモノが普通に歩いていたり生活をしていたりする。今まで知らない人から声をかけられることもなかったのに知らない人から声をかけられることが多くなった。その人が声をかけてもみんな無視をしてるから思わず見てしまう。なんとなく可哀そうだなって思って、私から話しかけることも多くなった。
小学校のお友達は出来なくって、話しかけてもすぐに逃げてしまうから悲しかった。家にいてもお父さんは私がいないかのように過ごすから、外で私に声をかけてくれる人と話をするのが当たり前になった。
それが妖モノだなんて当時は知らなかった。
これが私の子供の頃の記憶。
母は家にはほとんどいなかったけれど、帰って来る時はパーティーをするようにたくさんのご馳走を用意して三人でご飯を食べる。みんな笑顔で笑い声も聞こえる、それが私の父と母の楽しかった思い出。
ほとんどの時間は父と過ごしていたけれど、いつも私のことを一番に考えていてくれた。父は口数は少ないけどいつも笑っていた記憶がある。母が帰ってこなくなってから父は別人になってしまったように感じる。
それでも私には父だけが家族だった。
父は魔法使いじゃないけれど、私を喜ばすためにマジックを趣味でやっていたと聞く。だから雨を晴天にしたのはきっと幻覚、思い込みのようなものだったんだと思う。
――だって、父は私と母を笑顔にする天才だったから。
なんで今更、こんな記憶を思い出すのだろう。
桜が咲く季節になると、パパとママと車に乗って大きな桜が咲いているところにピクニックへ行くの。その桜の木の下には私たち家族しかいなくて、ママが言うにはここはパパとママだけが知っているトクベツな場所らしいの。
桜が満開に咲き乱れ花びらが舞い、桜の木の下には秋桜がひっそりと並び、昼間だというのに蛍のような光を放つ虫が飛び交い、触れると冷んやりする白い結晶が降っている場所。
トクベツな場所……。
「彩、今年も満開だね」
衣は満面に喜色を湛え、桜の木に向かって大きく手を広げる。
「うん。お天気もいいし、ステキなピクニックになりそうだね」
彩もキラキラの笑顔で背伸びをするように手足をピンと伸ばしきる。
二人の笑顔にこたえるかのように大量の桜の花びらが舞う。花びらはまるで一枚一枚が生き物のようにフワフワと踊り、上に下にと舞っている。
彩も花びらと一緒にクルクルと回る。
「彩、みて! 手の中には何がはいっているでしょう」
彩の父、世奈は彩に一枚の葉をのせた両手を見せ手を閉じる。
世奈の手をジッと見つめながら「葉っぱ!」と元気よく答える彩。
世奈は立ち上がり、彩の頭の上で両手を広げる。すると、たくさんの桜の花びらが降ってくる。
「わぁ! すごーい! 魔法みたい!」
彩はピョンピョンとジャンプする。
「彩、じゃあ今度はこっちで魔法の絨毯をひくのを手伝ってくれるかな」
「はーい!」
彩は衣と一緒にレジャーシートを広げ終わると靴を脱ぎ、ジャンプしてシートに上がる。でんぐり返しをしてそのまま座り、足をバタバタとさせる。
「彩、ママ。こっち向いて」
パシャっ!
世奈は一眼レフのカメラを向けて彩と衣の写真を撮る。
「パパ! みんなで写真撮りたい!」
「そうだね」
世奈は三脚を立てカメラのタイマーをかける。
「うふふ」
彩はくしゃくしゃの笑顔で衣と世奈の間に座り、それぞれの手を取り手を繋ぐ。
パシャっ!
「うふふ」
彩は両親の手をギュッと握ってブンブンと振る。
「パパ、ママ、大好きだよ」
「ママもよ」
「パパも、彩とママが大好きだよ」
衣は彩をギュッと抱きしめ、世奈は彩の頭を優しく撫でる。
これは……子供の頃の記憶?
こんなことあったっけ? 覚えていないな……。
彩はゆっくりと目を閉じ、眠る。
* * *
あのね、あのね!
私のお家の窓はピンク色でいっぱいになるの。お家の近くには大きい川があって、その川の土手ってところには桜がいっぱいあるんだ。
窓がピンク色でいっぱいになると、お父さんとお母さんと三人でお弁当を持ってピクニックをするの。それがいつも楽しみなんだ。お母さんは忙しいみたいであまりお家に帰ってくることがない。けど毎年ピンク色の時には必ず帰ってきてみんなでお出かけをするの。
でも……今年はまだ帰ってこない。
いつものピンクの時なら太陽がニコニコ顔で元気いっぱいに背伸びしてて、キラキラのお天気が続くのに……今年はずっと雨。雨、雨、雨、雨、雨で桜の木たちがしょんぼりして泣いているかのよう。おかげで私のココロもどんより。
明日は小学校の入学式っていうのがあるらしい。明日からそこに通うんだって。ドキドキとワクワクでいっぱいです。けど雨。ちょっと気分はじめじめのご機嫌斜めです。
今から明日のためにお買い物に行くんだって。今日も雨だけどお父さんと一緒にお手てを繋いで歩くのはちょっと嬉しくて楽しい。
お気に入りのカッパと長靴で雨にしかできないオシャレをして、雨の日の土木の匂いを感じて、雨が色んな楽器みたいに音を出すのを聞くのもほんとは嫌いじゃないんだ。でも雨ばっかりはちょっと悲しい。だって、お母さんはいつも晴れた時に帰って来るから。お母さんがいると雨なんて降ったことないんだもん。
彩はゆっくりと歩く。水たまりを見つけると蹴るような仕草をする。
「彩、雨は嫌い?」
「う~ん。お天気が好き」
「そっか。お空が晴れたら笑った顔をみせてくれる?」
「え? お父さんはお天気にできるの?」
「ああ、お父さんは魔法使いだからね。簡単にできちゃうよ」
「魔法使い!」
彩は目をキラキラと輝かせ、水たまりをバシャバシャとジャンプする。
「じゃあ、目を閉じて。いくよ!」
パチン。と指を鳴らす音が響く。
「目を開けてごらん」
「わぁ、太陽さんと青いお空だ。お父さん、すっごーい!」
雲ひとつない天色が広がる。
まるでさっきまで雨が降っていなかったのような空。
「彩の太陽みたいな笑顔がみられて、嬉しいよ」
お父さんはニコニコ顔で優しく頭を撫でてくれた。
ドンっ! 大きな雷鳴とともにいくつもの閃光が走り地響きが起きる。
「うわあ。すごい光と音だったね。あと、すっごく地面ユラユラしてたね」
お父さんは空を見つめ、私の手をギュッと強く握る。
「お父さん、痛い」
お父さんは難しい顔をして空を見ていて、私のことをすっかり忘れているよう。
「お父さん!」
彩の目の前に小さな竜巻が現れる。
* * *
“彩、ごめんね”
気が付くとお部屋のお布団にいた。
あれ? さっきまでお父さんとお出かけしていたような?
「お父さん?」
お家の中を探してもお父さんが見つからない。
お買い物、一人で行っちゃったのかな?
彩は父親が帰ってくるのを待つ。
夜になり、ずぶ濡れのお父さんが帰ってきた。
「お父さん、おかえり」
その日から、お父さんは私に声をかけることも視線を向けることもなくなった……。
そして、その日から今まで見えなかったモノがみえるようになった。
桜の木の上には縦より横に大きい妖モノが大きな瓢箪と大盃を持っていつもお酒を飲んで座り込んでいて、通る人を選んでは木を揺らし毛虫を落として遊んでいる。木の下には、その脅かすのに落とした毛虫を手に乗せ木に返すニコニコ顔のヒョロヒョロした妖モノが立っている。夜になると宴会のような集まりをして、変な歌のようなものが聞こえてくる。
楽しそうだなって思うけど、やっぱ五月蠅いから寝る時は必ず窓を閉める。
道を歩けば可笑しなモノが普通に歩いていたり生活をしていたりする。今まで知らない人から声をかけられることもなかったのに知らない人から声をかけられることが多くなった。その人が声をかけてもみんな無視をしてるから思わず見てしまう。なんとなく可哀そうだなって思って、私から話しかけることも多くなった。
小学校のお友達は出来なくって、話しかけてもすぐに逃げてしまうから悲しかった。家にいてもお父さんは私がいないかのように過ごすから、外で私に声をかけてくれる人と話をするのが当たり前になった。
それが妖モノだなんて当時は知らなかった。
これが私の子供の頃の記憶。
母は家にはほとんどいなかったけれど、帰って来る時はパーティーをするようにたくさんのご馳走を用意して三人でご飯を食べる。みんな笑顔で笑い声も聞こえる、それが私の父と母の楽しかった思い出。
ほとんどの時間は父と過ごしていたけれど、いつも私のことを一番に考えていてくれた。父は口数は少ないけどいつも笑っていた記憶がある。母が帰ってこなくなってから父は別人になってしまったように感じる。
それでも私には父だけが家族だった。
父は魔法使いじゃないけれど、私を喜ばすためにマジックを趣味でやっていたと聞く。だから雨を晴天にしたのはきっと幻覚、思い込みのようなものだったんだと思う。
――だって、父は私と母を笑顔にする天才だったから。
なんで今更、こんな記憶を思い出すのだろう。
応援ありがとうございます!
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