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第12話
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桜まつりの後、村長と村人達が僕に声を掛けてくれた。皆、僕の耳が聞こえるようになり、手話や筆談をしなくても言葉を交わせるようになったことにとても驚き、心から喜んでくれた。また、桜まつりが大成功で終えられたことに対しても皆、感謝の言葉を掛けてくれた。僕も村人達へのヤヨイ様からのメッセージを一字一句間違えることなく伝えた。すると皆、感動のあまり泣き出してしまった。
「来世もわしらの元へ生を受けると……ヤヨイ様がそう仰ったのか……なんと尊い……光栄なことよ……」
「ヤヨイ様にそう思ってもらえるなんて私らは幸せだわね!」
「ヤヨイ様、本当にありがとうございました……!」
しばらくして泣き止み、落ち着いた村長が穏やかな口調で言った。
「野樹くんのおかげでヤヨイ様と素晴らしい思い出を作ることができた。本当にありがとう。それにしても……ヤヨイ様は最後に凄い奇跡を起こしたのじゃな」
村長に続き、村人達が次々に僕に声を掛けてくれた。
「そうよ、咲人くん、凄いわね!」
「君と直接、会話ができるようになるなんて嬉しいよ」
「皆さん、ありがとうございます。僕も嬉しいです。ヤヨイ様はもういないけど、僕はこれからも変わらずにまたここに来ます」
僕がそう言うと、皆は笑顔で大きく頷いてくれた。特に仁哉は嬉しそうな笑みを浮かべるとこう言った。
「そうだ、これからもずっと、ここはお前の故郷なんだからな。いつでも来いよ!」
村はその後、隣町と合併し無くなった。しかし、そこに住む人々は何も変わらなかった。皆、かつて「村」で過ごした様々な思い出を胸に抱きながら毎日を懸命に生きている。
長い一生を終えたヤヨイ様の亡骸は、葉が全て落ちる秋を待って伐採、抜根された。かつてヤヨイ様がいたあの丘。そこは今、色とりどりの草花が静かに風に揺れているだけ。寂しさを募らせた人々の間で、新しい桜の木を植える計画が持ち上がっているのだそうだ。
村長は村がなくなると同時に長を退いた。自宅にヤヨイ様と同じ種類の桜の木を植え、静かに余生を過ごしている。
「ヤヨイ様と過ごした日々はわしの宝物じゃ。彼女との思い出を胸に、新しい桜の木を育てておる。わしの新しい人生のスタートじゃ!」
そう言って嬉しそうに笑いながら、まだ小さな桜の木に優しく水をあげている。
仁哉は修行を終え「民宿たけだ」のオーナーになった。明るくて心優しい彼は合併した新しい町の人気者になった。また、彼の作る郷土料理が美味しいと評判になり、テレビや雑誌に取り上げられた。それを見た客が全国から大勢訪れるようになった。
「俺は将来、この民宿を旅館にするんだ!」
大きな夢を掲げて、日々頑張っている。
人間の声と桜の声、両方を聞けるようになった僕は、これまで以上に「橋渡し」に力を入れている。ヤヨイ様との別れはとても寂しいものだった。笑顔で送り出すと決めてはいたものの、子供の頃から実の祖母のように慕っていたのだ。しかし、彼女は最期に僕を心の底から笑顔にしてくれた。耳が聞こえる、というのがこんなに素晴らしいことだなんて。僕はすっかり忘れていたのだ。その喜びは想像以上だった。
もちろん、耳が聞こえなかった日々も今の僕にとっては素晴らしい思い出だ。人と違うということに悩まされたこともあったが、それも全て自分が成長するためのものだった。その頑張りをヤヨイ様はずっと近くで見守っていてくれて、最期の贈り物として「耳が聞こえる」という奇跡を起こしてくれたのだ。あの日々があったからこそ今の僕がいる。
僕は朝起きるとまず、自宅の窓を開ける。そして、桜の木々が風に揺れる音を聞く。そうすると、幼い頃に両親の手に引かれて訪れた「桜まつり」のことを思い出すのだ。ヤヨイ様の咲かせる美しい花びらが舞い、枝が風に揺れるさらさらとした音。可愛らしい鳥のさえずり。広場を駆け巡る子供達の明るくて賑やかな声。忘れかけていた「音の記憶」が僕の脳裏に鮮やかに蘇る。
僕は日本全国を飛び回って桜の木と対話を続けている。その際に聞こえる自然の音、動物の奏でる声、人間の声。僕は目を閉じて、じっくりと耳を傾ける。そうすることによって桜の声を聞くだけではなく、彼らの周辺の環境をより詳しく知ることができるのだ。
多忙な毎日を送っている。けれど、ヤヨイ様を忘れた日は一日もない。これから先も絶対に忘れはしないだろう。
「ヤヨイ様、今日も頑張ります」
日記帳を開き、僕は挟んでいるしおりを見つめて言った。それは桜の花びらを押し花にしたもの。そう、彼女が僕の頭に残していったあの欠片だ。悩んだり辛いことがあると、このしおりを手に取る。見ていると何だか勇気が湧いて来るのだ。
彼女はもういない。だけど、こうして今もずっとそばで僕を見守ってくれている。寂しくなんかない。僕は大きく頷き、顔を上げた。今日も僕の桜の旅が始まる。
完
「来世もわしらの元へ生を受けると……ヤヨイ様がそう仰ったのか……なんと尊い……光栄なことよ……」
「ヤヨイ様にそう思ってもらえるなんて私らは幸せだわね!」
「ヤヨイ様、本当にありがとうございました……!」
しばらくして泣き止み、落ち着いた村長が穏やかな口調で言った。
「野樹くんのおかげでヤヨイ様と素晴らしい思い出を作ることができた。本当にありがとう。それにしても……ヤヨイ様は最後に凄い奇跡を起こしたのじゃな」
村長に続き、村人達が次々に僕に声を掛けてくれた。
「そうよ、咲人くん、凄いわね!」
「君と直接、会話ができるようになるなんて嬉しいよ」
「皆さん、ありがとうございます。僕も嬉しいです。ヤヨイ様はもういないけど、僕はこれからも変わらずにまたここに来ます」
僕がそう言うと、皆は笑顔で大きく頷いてくれた。特に仁哉は嬉しそうな笑みを浮かべるとこう言った。
「そうだ、これからもずっと、ここはお前の故郷なんだからな。いつでも来いよ!」
村はその後、隣町と合併し無くなった。しかし、そこに住む人々は何も変わらなかった。皆、かつて「村」で過ごした様々な思い出を胸に抱きながら毎日を懸命に生きている。
長い一生を終えたヤヨイ様の亡骸は、葉が全て落ちる秋を待って伐採、抜根された。かつてヤヨイ様がいたあの丘。そこは今、色とりどりの草花が静かに風に揺れているだけ。寂しさを募らせた人々の間で、新しい桜の木を植える計画が持ち上がっているのだそうだ。
村長は村がなくなると同時に長を退いた。自宅にヤヨイ様と同じ種類の桜の木を植え、静かに余生を過ごしている。
「ヤヨイ様と過ごした日々はわしの宝物じゃ。彼女との思い出を胸に、新しい桜の木を育てておる。わしの新しい人生のスタートじゃ!」
そう言って嬉しそうに笑いながら、まだ小さな桜の木に優しく水をあげている。
仁哉は修行を終え「民宿たけだ」のオーナーになった。明るくて心優しい彼は合併した新しい町の人気者になった。また、彼の作る郷土料理が美味しいと評判になり、テレビや雑誌に取り上げられた。それを見た客が全国から大勢訪れるようになった。
「俺は将来、この民宿を旅館にするんだ!」
大きな夢を掲げて、日々頑張っている。
人間の声と桜の声、両方を聞けるようになった僕は、これまで以上に「橋渡し」に力を入れている。ヤヨイ様との別れはとても寂しいものだった。笑顔で送り出すと決めてはいたものの、子供の頃から実の祖母のように慕っていたのだ。しかし、彼女は最期に僕を心の底から笑顔にしてくれた。耳が聞こえる、というのがこんなに素晴らしいことだなんて。僕はすっかり忘れていたのだ。その喜びは想像以上だった。
もちろん、耳が聞こえなかった日々も今の僕にとっては素晴らしい思い出だ。人と違うということに悩まされたこともあったが、それも全て自分が成長するためのものだった。その頑張りをヤヨイ様はずっと近くで見守っていてくれて、最期の贈り物として「耳が聞こえる」という奇跡を起こしてくれたのだ。あの日々があったからこそ今の僕がいる。
僕は朝起きるとまず、自宅の窓を開ける。そして、桜の木々が風に揺れる音を聞く。そうすると、幼い頃に両親の手に引かれて訪れた「桜まつり」のことを思い出すのだ。ヤヨイ様の咲かせる美しい花びらが舞い、枝が風に揺れるさらさらとした音。可愛らしい鳥のさえずり。広場を駆け巡る子供達の明るくて賑やかな声。忘れかけていた「音の記憶」が僕の脳裏に鮮やかに蘇る。
僕は日本全国を飛び回って桜の木と対話を続けている。その際に聞こえる自然の音、動物の奏でる声、人間の声。僕は目を閉じて、じっくりと耳を傾ける。そうすることによって桜の声を聞くだけではなく、彼らの周辺の環境をより詳しく知ることができるのだ。
多忙な毎日を送っている。けれど、ヤヨイ様を忘れた日は一日もない。これから先も絶対に忘れはしないだろう。
「ヤヨイ様、今日も頑張ります」
日記帳を開き、僕は挟んでいるしおりを見つめて言った。それは桜の花びらを押し花にしたもの。そう、彼女が僕の頭に残していったあの欠片だ。悩んだり辛いことがあると、このしおりを手に取る。見ていると何だか勇気が湧いて来るのだ。
彼女はもういない。だけど、こうして今もずっとそばで僕を見守ってくれている。寂しくなんかない。僕は大きく頷き、顔を上げた。今日も僕の桜の旅が始まる。
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