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ごんぎつねの思い出
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イタズラ好きなキツネ・ごんと母を亡くした百姓・兵十の切ない童話、作家・新美南吉による「ごんぎつね」
小学校の国語の教科書に掲載されているので日本人なら一度は読んだ事があるだろう。私も国語の授業で習ったのだが、その他に懐かしい思い出がある。正確な学年は忘れてしまったが、(たぶん3、4年生ぐらい)小学生の時に学芸会で主役の「ごん」を演じたのである。
当時、私は芝居をする事が好きだった。台詞を覚えるのは大変だったが、舞台の上で自分ではない人物を演じる事が楽しかった。何故自分が主役であるごんを演じる事になったのかは覚えていないが、他の学年で演じた劇では主役をオーディションで決めており、1、2回ぐらいそのオーディションを勝ち抜き主役を演じた事があるので、もしかしたらごん役もオーディションで射止めたのかもしれない。
演劇の内容も断片的にしか覚えていないのだが、そんな中でも鮮明に記憶している場面がひとつだけある。兵十がごんを火縄銃で撃つクライマックスシーンである。ここは物語において最も重要かつとても悲しい場面である。簡単にあらすじを説明しよう。
ごんは兵十が獲った獲物を横取りするなどイタズラ好きなキツネだった。兵十はそんなごんを目の敵にしていた。ある日、兵十が獲ったうなぎを横取りしたごん。しかし、それは病気で亡くなる間際に「うなぎが食べたい」と口にした母親の為に兵十が獲った獲物だった。結局、母親はうなぎを口にする事なく亡くなってしまう。兵十はごんに対して怒りを募らせる。
取り返しのつかない事をしてしまったと気づいたごんは深く反省し、お詫びの証に山で栗やきのこを取ったり、魚売りからイワシを奪ったりして兵十の家の前に置いた。兵十は食べ物が知らぬ間に置かれている事を不思議に思い、友人に相談。すると「母を亡くして一人きりになってしまったお前に対する神様からの贈り物では」と言われる。
しかし、魚売りからイワシを盗んだと思われ兵十は盗人扱いされて殴られてしまう。ごんの仕業だと気づいた兵十の堪忍袋の尾はとうとう切れる。ある日、ごんはいつものように兵十の家の前に食べ物を置いて立ち去ろうとした。だが、兵十と鉢合わせてしまう。食べ物に気づかない兵十は「またイタズラしに来たのかこのイタズラきつねめ!」と怒り、火縄銃でごんを撃った。その直後、兵十は傍らに置いてある沢山の食べ物に気づき、驚愕する。「食べ物をくれたのはお前だったのか……」ごんは静かに頷くと息を引き取ったのだった。
私が覚えているのはこのクライマックス場面の練習をしていた時の事である。その日、私は学校にスカートを履いて行った。演劇の練習がないと思っていたのだ。ところが、練習はありしかもその箇所はクライマックス場面だった。
(ヤバい!撃たれて倒れる時にスカートがめくれるかもしれない!)
私は焦った。着替えも持って来ていなかったので何とか上手くやるしかない。意を決して練習に挑んだ。
兵十が撃つ火縄銃の音は舞台袖で担任のT先生が運動会で使うスターターピストルを撃つ事で演出をした。スターターピストルは外で聞いてもかなり耳に響くが、室内だと尚更だった。私は当時まだ自分が発達障害を持っているという事を知らなかったが、大きな音にはかなり敏感だったのでクライマックス場面の練習の度にスターターピストルの音に怯えていた。T先生がピストルを鳴らす位置が自分にかなり近かったので尚更だ。
この時の練習ではスターターピストルの音に加えて、自身のスカートの心配もしなければならない。内心気が気ではなかった。しかし、本番で最高の演技をする為にはこれを乗り越えなければならない。兵十役のMくんが小道具の火縄銃を構えた。
(くるぞ、くるぞ……)
と、思いながら私はきのこや栗を土間に置いて兵十の姿に気づかない演技をした。舞台袖でT先生がスターターピストルを頭上に構え自分の耳を塞ぎ、一気に引き金を引いた。
パァーーン!
乾いた音が狭い体育館に響き渡った。私は内心ビクッとしながらスカートに細心の注意を払ってその場に倒れ込んだ。スカートの裾はめくれず最悪な状態は免れた。内心ホッとしながら次の演技に移ろうとした。撃たれた瞬間に「あっ」という台詞を口にする事になっていたのだが、何となくしっくり来ない。
「先生、ここはあっ、ではなく、キャアとか悲鳴の方がいいんじゃないですか?」
すると、T先生は優しく答えてくれた。
「突然撃たれる訳だから悲鳴を上げる余裕はないと思うんだよ。だから、ここはキャアじゃなくてあっの方がいいよ」
その言葉に納得した私は演技を再開。「あっ」という声を上げた。兵十役のMくんが駆け寄って来て倒れている私を抱き起す。そして「ごん、食べ物をくれたのはお前だったのか……!」と、涙を流したところで幕が下りる。心配していたスカート問題も無事クリアし、その日の練習は無事に終了したのだった。今思えば小学校の時に芝居を経験したことが、現在小説の執筆に役立っているのかもしれない。あの時の経験は私にとって大きなものだったのだ。
それから、私にとって大きな出来事がもうひとつある。兵十を演じたクラスメイトのMくん、彼に関しても特別な思い出があるのだ。小学校を卒業した後、私とMくんは同じ中学校に進学した。クラスは別々になり一緒に遊ぶこともなくなった。しかし、中学2年生の時、彼から突然手紙を渡された。それは真っ白なメモ用紙を綺麗に折り畳んだものだった。その時の状況は覚えていないが、自分がいないところで開けて欲しいと言われたような気がする。不思議に思いながら帰宅した後に開けてみると……
「ええっ、ラブレター?!」
正確な文章は覚えていないが、小学校の時からずっと好きだったことと付き合って欲しいという内容だった。驚きのあまり、ラブレターを見つめたまましばらく固まってしまった。異性に告白をされたのは初めてだったのでとても嬉しかったが、それよりも戸惑いの方が大きかったように思う。手紙には好きになった時期やキッカケなどは書かれていなかった為、詳しいことは何も分からなかった。
「一体いつから……」
小学校時代のことを思い返してみて、ふと気づいた。当時、クラスメイト達は休み時間にT先生と一緒にバスケをやることが日課だった。体を動かすことに少し疲れを感じて体育館の隅っこで休んでいると、Mくんがやって来て隣に並んだ。T先生とクラスメイト達がバスケを楽しむ様子をMくんと二人でぼんやり眺めるという状況になった。すると、Mくんが突然私の手を握って来た。驚きのあまり声が出なかった。振りほどくことも、Mくんの顔を見ることもできなかった。しかし、不思議と嫌ではなかった。私達は無言で手を繋いだままT先生とクラスメイト達がバスケをしているのを眺めていた。
「あの手はそういう意味だったのか……」
大抵の場合、異性から突然手を繋がれたら好意を持たれていることに気が付くはず。だが、私はあまりにも鈍感だった。あの日から手紙を渡されるまでMくんの好意に全く気が付かなかったのである。だとすると「ごんぎつね」を演じた時もMくんは私に好意を持ってくれていたのかもしれない。私は二人で演じたクライマックスシーンを思い返した。練習ではなく本番の。
土間に食べ物を置いて立ち去ろうとするごん。
火縄銃を構える兵十。
T先生がスターターピストルの引き金を引く。
倒れ込むごん。
駆け寄って来て食べ物に気が付き、驚愕。そして、ごんを抱き起す兵十。
「ごん、食べ物をくれたのはお前だったのか……」
その時、私の肩を抱くMくんの手に力が入ったのを思い出した。それは「兵十としてのMくん」だったのか。もしかしたら「兵十ではなくMくん自身の気持ちの表れ」だったのではないか……。自分に向けられた相手の好意について考えるのはこっぱずかしいし、自意識過剰みたいで何だか気が引けるが……。しかし、私はあの時のMくんの手の感触も、バスケを見ている時に繋いだ手の温もりも、今でもはっきりと覚えているのだ。
その後、私はMくんに断りの手紙を出した。(面と向かって言うのは憚られたのでMくんの家の郵便受けに直接手紙を入れた)何故なら、その時私はクラスメイトのSくんに片想いをしていたからだ。Sくんはジ〇ニーズ系のとても可愛らしい顔立ちをした子だった。性格は明るく、とてもお調子者で変顔をしたり冗談を言うのが大好きで所謂「芸人タイプ」だった。周りから「あいつ変だよね~」なんて言われることも多かったが、私はそのギャップが好きだった。
キッカケは家庭科の授業。その日、私は母から借りたテディベア柄の青いエプロンを身に着けていた。するとSくんがやって来て満面の笑顔で「そのエプロン可愛いね!似合うよ!」と言った。その瞬間、恋に落ちた。異性に褒められたことがなかったのでとても驚いたし嬉しかったのである。結局、勇気が出せずにSくんには自分の気持ちを伝えることはできなかったが、今でもあの時のSくんの満面の笑顔を覚えている。私には推しが何人かいるが、見た目と性格にギャップがある人が多いのは、今思えばSくんの影響が大きいのかもしれない。
ここで思うのは私がもしあの時、Sくんに片想いをしていなかったら一体どうなっていたのだろうということだ。自分がMくんに対して恋愛感情を抱いていたかどうかは覚えていないが、手を繋いだ事が嫌ではなかった事は確か。だから、もしかしたらMくんと付き合っていたかもしれない。上手くいったかどうかは分からないが、相性が合っていたら長い交際を経て結婚をしていた可能性もあったのではないか。小学校の幼馴染と結婚し、家庭を築く人は少なくない。
もしそうだとしたら、今頃全く違う人生を歩んでいたかもしれない。今の人生を後悔している訳ではないが、Mくんと付き合った場合の人生を経験してみたい気もする。たらればを考えても仕方がないのだが、Mくんのことを思い出すとそう考えないではいられない。それぐらいMくんとの思い出は私の中で大きいのだ。それに恋愛経験も告白された経験も極端に少ない私にとってMくんには何より「こんな私を好きになってくれてありがとう」と、感謝の気持ちでいっぱいなのである。
あれから約30年。「ごんぎつね」を読む度に心から願う。Mくんが兵十とは違う後悔のない幸福な人生を歩んでいることを。
小学校の国語の教科書に掲載されているので日本人なら一度は読んだ事があるだろう。私も国語の授業で習ったのだが、その他に懐かしい思い出がある。正確な学年は忘れてしまったが、(たぶん3、4年生ぐらい)小学生の時に学芸会で主役の「ごん」を演じたのである。
当時、私は芝居をする事が好きだった。台詞を覚えるのは大変だったが、舞台の上で自分ではない人物を演じる事が楽しかった。何故自分が主役であるごんを演じる事になったのかは覚えていないが、他の学年で演じた劇では主役をオーディションで決めており、1、2回ぐらいそのオーディションを勝ち抜き主役を演じた事があるので、もしかしたらごん役もオーディションで射止めたのかもしれない。
演劇の内容も断片的にしか覚えていないのだが、そんな中でも鮮明に記憶している場面がひとつだけある。兵十がごんを火縄銃で撃つクライマックスシーンである。ここは物語において最も重要かつとても悲しい場面である。簡単にあらすじを説明しよう。
ごんは兵十が獲った獲物を横取りするなどイタズラ好きなキツネだった。兵十はそんなごんを目の敵にしていた。ある日、兵十が獲ったうなぎを横取りしたごん。しかし、それは病気で亡くなる間際に「うなぎが食べたい」と口にした母親の為に兵十が獲った獲物だった。結局、母親はうなぎを口にする事なく亡くなってしまう。兵十はごんに対して怒りを募らせる。
取り返しのつかない事をしてしまったと気づいたごんは深く反省し、お詫びの証に山で栗やきのこを取ったり、魚売りからイワシを奪ったりして兵十の家の前に置いた。兵十は食べ物が知らぬ間に置かれている事を不思議に思い、友人に相談。すると「母を亡くして一人きりになってしまったお前に対する神様からの贈り物では」と言われる。
しかし、魚売りからイワシを盗んだと思われ兵十は盗人扱いされて殴られてしまう。ごんの仕業だと気づいた兵十の堪忍袋の尾はとうとう切れる。ある日、ごんはいつものように兵十の家の前に食べ物を置いて立ち去ろうとした。だが、兵十と鉢合わせてしまう。食べ物に気づかない兵十は「またイタズラしに来たのかこのイタズラきつねめ!」と怒り、火縄銃でごんを撃った。その直後、兵十は傍らに置いてある沢山の食べ物に気づき、驚愕する。「食べ物をくれたのはお前だったのか……」ごんは静かに頷くと息を引き取ったのだった。
私が覚えているのはこのクライマックス場面の練習をしていた時の事である。その日、私は学校にスカートを履いて行った。演劇の練習がないと思っていたのだ。ところが、練習はありしかもその箇所はクライマックス場面だった。
(ヤバい!撃たれて倒れる時にスカートがめくれるかもしれない!)
私は焦った。着替えも持って来ていなかったので何とか上手くやるしかない。意を決して練習に挑んだ。
兵十が撃つ火縄銃の音は舞台袖で担任のT先生が運動会で使うスターターピストルを撃つ事で演出をした。スターターピストルは外で聞いてもかなり耳に響くが、室内だと尚更だった。私は当時まだ自分が発達障害を持っているという事を知らなかったが、大きな音にはかなり敏感だったのでクライマックス場面の練習の度にスターターピストルの音に怯えていた。T先生がピストルを鳴らす位置が自分にかなり近かったので尚更だ。
この時の練習ではスターターピストルの音に加えて、自身のスカートの心配もしなければならない。内心気が気ではなかった。しかし、本番で最高の演技をする為にはこれを乗り越えなければならない。兵十役のMくんが小道具の火縄銃を構えた。
(くるぞ、くるぞ……)
と、思いながら私はきのこや栗を土間に置いて兵十の姿に気づかない演技をした。舞台袖でT先生がスターターピストルを頭上に構え自分の耳を塞ぎ、一気に引き金を引いた。
パァーーン!
乾いた音が狭い体育館に響き渡った。私は内心ビクッとしながらスカートに細心の注意を払ってその場に倒れ込んだ。スカートの裾はめくれず最悪な状態は免れた。内心ホッとしながら次の演技に移ろうとした。撃たれた瞬間に「あっ」という台詞を口にする事になっていたのだが、何となくしっくり来ない。
「先生、ここはあっ、ではなく、キャアとか悲鳴の方がいいんじゃないですか?」
すると、T先生は優しく答えてくれた。
「突然撃たれる訳だから悲鳴を上げる余裕はないと思うんだよ。だから、ここはキャアじゃなくてあっの方がいいよ」
その言葉に納得した私は演技を再開。「あっ」という声を上げた。兵十役のMくんが駆け寄って来て倒れている私を抱き起す。そして「ごん、食べ物をくれたのはお前だったのか……!」と、涙を流したところで幕が下りる。心配していたスカート問題も無事クリアし、その日の練習は無事に終了したのだった。今思えば小学校の時に芝居を経験したことが、現在小説の執筆に役立っているのかもしれない。あの時の経験は私にとって大きなものだったのだ。
それから、私にとって大きな出来事がもうひとつある。兵十を演じたクラスメイトのMくん、彼に関しても特別な思い出があるのだ。小学校を卒業した後、私とMくんは同じ中学校に進学した。クラスは別々になり一緒に遊ぶこともなくなった。しかし、中学2年生の時、彼から突然手紙を渡された。それは真っ白なメモ用紙を綺麗に折り畳んだものだった。その時の状況は覚えていないが、自分がいないところで開けて欲しいと言われたような気がする。不思議に思いながら帰宅した後に開けてみると……
「ええっ、ラブレター?!」
正確な文章は覚えていないが、小学校の時からずっと好きだったことと付き合って欲しいという内容だった。驚きのあまり、ラブレターを見つめたまましばらく固まってしまった。異性に告白をされたのは初めてだったのでとても嬉しかったが、それよりも戸惑いの方が大きかったように思う。手紙には好きになった時期やキッカケなどは書かれていなかった為、詳しいことは何も分からなかった。
「一体いつから……」
小学校時代のことを思い返してみて、ふと気づいた。当時、クラスメイト達は休み時間にT先生と一緒にバスケをやることが日課だった。体を動かすことに少し疲れを感じて体育館の隅っこで休んでいると、Mくんがやって来て隣に並んだ。T先生とクラスメイト達がバスケを楽しむ様子をMくんと二人でぼんやり眺めるという状況になった。すると、Mくんが突然私の手を握って来た。驚きのあまり声が出なかった。振りほどくことも、Mくんの顔を見ることもできなかった。しかし、不思議と嫌ではなかった。私達は無言で手を繋いだままT先生とクラスメイト達がバスケをしているのを眺めていた。
「あの手はそういう意味だったのか……」
大抵の場合、異性から突然手を繋がれたら好意を持たれていることに気が付くはず。だが、私はあまりにも鈍感だった。あの日から手紙を渡されるまでMくんの好意に全く気が付かなかったのである。だとすると「ごんぎつね」を演じた時もMくんは私に好意を持ってくれていたのかもしれない。私は二人で演じたクライマックスシーンを思い返した。練習ではなく本番の。
土間に食べ物を置いて立ち去ろうとするごん。
火縄銃を構える兵十。
T先生がスターターピストルの引き金を引く。
倒れ込むごん。
駆け寄って来て食べ物に気が付き、驚愕。そして、ごんを抱き起す兵十。
「ごん、食べ物をくれたのはお前だったのか……」
その時、私の肩を抱くMくんの手に力が入ったのを思い出した。それは「兵十としてのMくん」だったのか。もしかしたら「兵十ではなくMくん自身の気持ちの表れ」だったのではないか……。自分に向けられた相手の好意について考えるのはこっぱずかしいし、自意識過剰みたいで何だか気が引けるが……。しかし、私はあの時のMくんの手の感触も、バスケを見ている時に繋いだ手の温もりも、今でもはっきりと覚えているのだ。
その後、私はMくんに断りの手紙を出した。(面と向かって言うのは憚られたのでMくんの家の郵便受けに直接手紙を入れた)何故なら、その時私はクラスメイトのSくんに片想いをしていたからだ。Sくんはジ〇ニーズ系のとても可愛らしい顔立ちをした子だった。性格は明るく、とてもお調子者で変顔をしたり冗談を言うのが大好きで所謂「芸人タイプ」だった。周りから「あいつ変だよね~」なんて言われることも多かったが、私はそのギャップが好きだった。
キッカケは家庭科の授業。その日、私は母から借りたテディベア柄の青いエプロンを身に着けていた。するとSくんがやって来て満面の笑顔で「そのエプロン可愛いね!似合うよ!」と言った。その瞬間、恋に落ちた。異性に褒められたことがなかったのでとても驚いたし嬉しかったのである。結局、勇気が出せずにSくんには自分の気持ちを伝えることはできなかったが、今でもあの時のSくんの満面の笑顔を覚えている。私には推しが何人かいるが、見た目と性格にギャップがある人が多いのは、今思えばSくんの影響が大きいのかもしれない。
ここで思うのは私がもしあの時、Sくんに片想いをしていなかったら一体どうなっていたのだろうということだ。自分がMくんに対して恋愛感情を抱いていたかどうかは覚えていないが、手を繋いだ事が嫌ではなかった事は確か。だから、もしかしたらMくんと付き合っていたかもしれない。上手くいったかどうかは分からないが、相性が合っていたら長い交際を経て結婚をしていた可能性もあったのではないか。小学校の幼馴染と結婚し、家庭を築く人は少なくない。
もしそうだとしたら、今頃全く違う人生を歩んでいたかもしれない。今の人生を後悔している訳ではないが、Mくんと付き合った場合の人生を経験してみたい気もする。たらればを考えても仕方がないのだが、Mくんのことを思い出すとそう考えないではいられない。それぐらいMくんとの思い出は私の中で大きいのだ。それに恋愛経験も告白された経験も極端に少ない私にとってMくんには何より「こんな私を好きになってくれてありがとう」と、感謝の気持ちでいっぱいなのである。
あれから約30年。「ごんぎつね」を読む度に心から願う。Mくんが兵十とは違う後悔のない幸福な人生を歩んでいることを。
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