危険な情事

星名雪子

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危険な情事 2話

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約束の時間が少し過ぎた頃、彼から着信があった。

「着いたよ!待ってるから車に乗ってくれる?」

「分かった!どの車かな?」

「ロータリー正面の白い車だよ」

「……正面?正面ってどこ?」

方向音痴な私は彼の言っていることがいまいち良く分からず、携帯電話を耳に当てたままロータリーをウロウロした。すると、いつまでも車に乗り込んで来ない私に苛ついたのか、電話の向こうの彼がぶっきらぼうに言った。

「そっちじゃない。もっと右だから」

ロータリーを彷徨う私の姿が分かったらしい。見ているなら車から降りて迎えに来てくれたらいいのに。

私は咄嗟にそう思った。いつもの紳士な彼なら私を迎えに来てくれるはず、それなのに私が迷っているだけで苛ついている。私はその時、微かに違和感を覚えた。

ようやく白い車を発見。助手席の窓を叩くと、運転席にいる彼がドアを開けた。私はその瞬間、違和感の正体に気づいた。

「お待たせ……っ?」

それは私の知っている彼ではなかった。少し長く茶色いはずの髪は、黒くて僅かに頭部を覆っているだけ。銀縁眼鏡の奥には優しく爽やかな笑顔はどこにもなく、細長くて鋭い瞳があった。何より彼は青年ではなかった。年齢は40過ぎぐらい。中年にしてはスマートな体型をしていたことが妙に印象に残っている。思わず彼の顔を凝視すると、彼はバツが悪そうに目を逸らした。

彼が頑なに車から降りて来なかったのは、自分の本当の姿を見た私が逃げ出すと思ったからだろう。車に乗り込んでドアを閉めてしまえば自分の思い通りになる、と。

普通ならこの時点で危険を察知して去るはずだ。しかしこの時既に、私の体は助手席にあった。ドアが開いて、反射的に乗り込んでしまったのだ。今更、降りることなどできない、もし仮に降りることができたとしても、彼が大人しく私を返すとは思えない。恐らく咄嗟に私の腕を掴んで車の中へ無理矢理引きずり込むに違いない。もはや大人しく、彼の言う通りにするしかなかった。

恐怖と緊張で動揺していたが、私は何とか冷静さを保った。予期せぬことが起こるとパニックに陥り、オロオロしたり泣いたりすることがあるが、この時はやけに冷静だった。

今、私が取り乱したら何をされるか分からない

と、本能が動いたのかもしれない。しかし、それだけではなかった。心のどこかで

彼が写真を偽っていたのはきっと何か理由があるはず

と、彼を信じたい気持ちがあったのだ。裏切りに対する恐怖心やショックと、それでも彼を疑い切れない、彼のことを信じたいという信頼感の狭間で私は酷くもがき苦しんでいた。

ひとまず、写真と違うこと、なりすまし疑惑にはあえて一切触れずにいつも通り彼に話しかけた。

「お疲れ様。お仕事大変だったでしょ?」

「いや、そんなことないよ。大丈夫」

ハンドルを握ったままこちらを見ようともせずに彼が言った。私が顔をじっと見つめると、彼はとてもバツが悪そうに顔を背けたり目を逸らしたりした。その行為が「写真を偽っていた」という事実を物語っていた。

人影がまばらな、夜の国道を駆け抜ける。淡い街灯に照らされたアスファルト、遠くに見える工場地帯の夜景は怪しく光り、非現実的な雰囲気を醸し出している。昼間とは全く違う夜の風景。私は一抹の不安を覚え、彼に聞いた。

「……どこのお店に行くの?」

「もう少しで着くよ。とっても良い店なんだ」

にこりともせずに彼は答えた。繁華街に差し掛かったので、この辺りのどこかの店の駐車場に入るのだと思った。しかし、車はどこにも入らず、繁華街を颯爽と通り抜けた。私の不安はますます大きくなる。やがて車はネオン街に滑り込んだ。怪しげなホテルが立ち並び、見る者を夜の世界に誘う。私はその時、自分の置かれた状況を全て悟った。

私は鈍感だが、子供ではない。大人だ。それなりに経験もある。(相手は元彼が大半だったけど)だから今、目の前にある怪しげなホテル街が一体何の意味を持つのか十分に理解していた。

「えっ……ここって……」

「そうだよ。良い店だって言ったじゃん。ほら、行くよ」

彼はそう言って車から降りようとした。焦っているようで口調も態度も忙しない。

「待って、食事は?」

「この後で行くから大丈夫だよ」

拒めなかった。「嫌だ」といえば何をされるか分からない。もしかしたら逆上して刃物で刺される可能性だってある。私は仕方なく、覚悟を決めて彼に続いて車から降りた。彼は私を待たずにホテルの入り口へ一人でスタスタと歩いていった。そこには紳士な態度などどこにもなかった。まぁ、食事と偽りホテルに連れて来る時点で紳士のカケラもないのだが……

受付で部屋を選び、殆ど無言でエレベーターに乗り込んだ。並んで気づいたが、彼はかなり背が高かった。180センチは余裕だろう。私は身長が145センチしかないので余計に彼が大きく見えた。

改めて彼の顔を見てみたが、写真の人には似ても似つかなかった。「どうして写真を偽ったの?」と、何度も疑問が口をついて出そうになった。その度に私は堪えたのだった。
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