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第五章 予言

第三十六話

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「わしが訪れた時、ここはひどい有様だった。今のような立派な建物はなく粗末な小屋があり、中に入り切れない大勢の死者で辺りは溢れ返っておった。呆然ぼうぜんとしながら待ち続け、ようやく順番が来たとき、たかむらと厩戸うまやど殿に協力を依頼された」

「……依頼?」

勇美が首をかしげたので、たかむらが答えた。

「『冥界が閻魔大王もろとも破壊されてから劣悪れつあくな環境で裁判を行っているのです。復興ふっこうをしたいのですが、人手がとても足りず長いことこのような状態です。切実に手助けをしてくれる者を募っているのですが、どうか協力して頂けませんか』そう依頼したのだ」

「わしが訪れるまで、厩戸殿とたかむらがたった二人だけで裁判を行っていたそうだ。ここが崩壊しようとしなかろうと、死者は毎日大勢訪れる。復興にく時間などとてもなかったであろう」

「崩壊後、閻魔大王の後を引き継ぐ者が誰もいなかった。だから、師匠がやるしかなかったんだ」

たかむらがため息を吐くと、良順が顔をしかめて言った。

「平安時代から幕末まで誰も協力してくれなかったとか……みんな冷たすぎじゃね?」

六道珍皇寺ろくどうちんのうじ。たかむらがここをおとずれる為に使っている現世の井戸はその寺にある。ここは冥界と閻魔大王と深いえんのある寺なのだが、京にいた頃、何度か参拝さんぱいしたことがあってな。閻魔大王やたかむらのことを住職じゅうしょくに聞いたことがあってそれなりに知っておった。だから、自分で良ければぜひ協力したいと言ったのだ。たかむらと厩戸殿の他に協力者はいるのかと聞くと、それが山崎くんだった。まさか再会するとは思わず驚きであった。その次に総司、トシが来た」

「再会した時、近藤さんすっげぇ泣いてたよな」

「私も泣きましたが、それ以上でしたね!」

「心なしか、わいに再会した時よりも泣いとったような気ぃするんどすけど」

山崎の言葉に近藤は慌てふためいた。

「や、山崎くん!そんなことはないぞ!だが、そう感じてしまったのなら謝る!すまない」

「いえ。わいは京から入隊したさかい。旧知きゅうちの仲の土方副長と沖田はんに比べたら温度差があるのは当然どす」

山崎は淡々と言った。千代が少し苛立った様子で言った。

「で、その後どうしたんだい?時間がないから早いとこ説明しとくれよ」

「ああ、千代殿すまない。他の新選組隊士にも再会したが、集ったのはここにいる三人とごくわずかな隊士だけだった。厩戸殿はひとまずこの面々でこの世界を再構築すると言った」

「この裁判所が新選組の屯所みたいになってるのは新選組の人達に合わせたからなんですか?」

勇美の質問に近藤は頷いた。

「うむ。局長と副長という役職名も含めて厩戸殿なりのわしらへの気遣いであろう。その後、役割や配属を決定したのだが……これがかなり難航なんこうしてな。たかむらと厩戸殿に裁判長を務めて欲しいと言われ、わしはすぐに断った。先程も言ったように、多くの人をあやめてきた自分が人を裁く資格はないと思ったからだ。すると厩戸殿は『確かにそなたは閻魔大王の裁きでは地獄行きになっていたかもしれぬ』と。そして交換条件を提示ていじした」

「交換条件?」

千代が眉をひそめて言った。

「地獄行きを免除めんじょする代わりに裁判長を務めるという条件だ。わしは相当悩んだ。地獄に行くことを恐れて裁判長を務めるのか?それは単なる逃げではないか?そのようないい加減な気持ちで人を裁いてよいのかと葛藤かっとうした」

「どうして引き受けたんすか?」

「生前、悪事を働いた者達の人生を知り、地獄へ送る事が自分への罰になると思ったからだ。わしにとって人間を地獄へ送る事は人を死に追いやる事と同じ。いや、それ以上の事かもしれぬ。何故ならその者は新しい生命への道筋を絶たれ、二度と生まれ変わる事ができないからだ。そのような罪深い仕事をわしが永遠に続ける事に意味があるのだ」

「期間限定ってワケじゃなくて、この先も永遠にここで局長をやり続けるってことっすか?」

「うむ。そのつもりだ」

「で、でも、それでは地獄に送られた人と同じで近藤局長も生まれ変わることができませんよね?それでもいいんですか?」

元春が困惑した表情で言った。

無論むろん、承知の上だ。それこそが自分へのばつであるからな」

「土方副長、沖田さん、山崎さんはどう思ってるんですか?」

勇美の言葉に土方が即答した。

「近藤さんが生まれ変わりを拒否きょひしてるのに抜け駆けする訳にいかねぇだろ。それに近藤さんの考えには同感だ。俺も相当な人数をやみほうむって来たからな。近藤さんは俺にとって親友であり家族であり、何より共に夢を追って叶えた戦友だ。それも江戸にいた頃からのな。現世では死に目に会えなかったが、この世界で俺はどこまでも近藤さんに付いていく。近藤さんが地獄に行くってんなら俺も喜んで行くぜ」

「私も土方さんと同意見です。私にとって二人は兄のような存在で幼い頃からの憧れなんです。現世で私は志半こころざしなかばで命を落としてしまった。この世界では絶対に二人の背中を見失いたくない。どこまでもついていきます」

「さっきも言うたが、わいは途中から入隊したさかい。土方副長や沖田はん程の熱がある訳ではおまへん。そやけども、近藤局長の考え方にはまるっきし同感や。それにわいも沖田はんと同じや。途中で死んでしもた所為せいいが残っとる。わいはもっと自分の力を試したい。この世界でどこまで自分の力をかせるか試したいんや。その舞台が例え地獄かて恐怖など微塵みじんもあらへん」

「す、凄いですね。さすが死を恐れぬ新選組。地獄をも恐れないなんて名だたる維新志士いしんしし達に恐れられていたのも頷けます。西郷さんもきっと警戒していたでしょうね」

「沖田さんが天国の番人、山崎さんが監察ってのは何となく分かるんだけど、土方副長は何で地獄の番人を引き受けたんですか?嫌じゃなかったんですか?」

勇美の問いに土方は鼻で笑った。

「別に嫌じゃねぇよ。むしろ自分で志願してやったんだ。やりたがる奴が他にいなかったからな」 

「自分が鬼副長って呼ばれてたから地獄の鬼達に親近感湧いたんじゃないですか~?」

沖田が楽しそうに言うと土方は腹を抱えて笑った。

「ふはは!総司、面白いこと言うじゃねぇか。まっ間違っちゃいねぇよ」

「さ、さすが鬼副長……」

良順が苦笑いをして言った。

「ところで、冥界と閻魔大王を破壊したのは誰なんだい?」

「地獄に送られた者達が反乱を起こしたのだ。地獄には悪の仙人と呼ばれる邪悪な力を持つ者がいてな。その者がおさとなって番人である鬼を倒して死者を先導せんどうし、騒動を起こした。たかむらと厩戸殿はその怪しい動きを察知さっちすることが出来なかった。気づいた時には既に手遅れだったのだ」

「その悪の仙人ってどうなったんだい?」

「厩戸殿が封印した。だが……」

近藤がその先を口にするのを躊躇ためらったのでたかむらが代わりに口を開いた。

「最近になって封印が何かの拍子ひょうしに解かれたか、あるいはその力を継ぐ者が現れたという可能性がある」

絶望のあまり一同は絶句してしまった。その空気を破ったのは勇美だった。

「あの……前から思ってたんですが、厩戸さんって何者なんですか?ここの職員じゃないですよね?」

勇美の疑問にたかむらが答えた。

「ああ。職員ではない。所謂いわゆる、所有者みたいなものだな」

「……つまり、霊界のオーナーってこと?」

「勇美殿と良順殿の時代の言葉だとそうだな。知っての通り師匠は飛鳥時代の人間だ。その頃にはまだ冥界が存在していて、現世で死を迎えた師匠は彷徨さまようことなくここに辿り着き、閻魔大王の裁きで天国行きに決まった。だが、師匠は天国へ行く事をこばんだ」

「えっ何かあったんすか?」

「別に何もない。単なる好奇心こうきしんだ。師匠は死後の世界に非常に興味があって、生前から様々研究を重ねていたらしい。内密にしていたそうで生前、師匠の周りにいた者は誰も知らないらしいがな」

「マ、マジか……!寺とか沢山作ったって……そういうこと?!」

「聖徳太子、まさかのオカルトオタク説爆誕っすね!」

勇美と良順が感動していると、たかむらが言葉を続けた。

「詳しい事は私にも分からないが、閻魔大王の補佐は代々様々な人間が担当して来たそうだ。師匠もその内の一人で私がここに来るまで担当していたらしく、その時にこの世界のあらゆる知識を身につけたことが一旦、閻魔大王の後を引き継いだ時と再構築の時に非常に役立ったと話していた。新選組の方々が来てから師匠は全てを私達に引き継いで、正式に所有者となった。霊界を自分の手で守る為にな」

「厩戸さんにそんな壮大な秘密があったなんて驚きですね……」

元春が感動して呟いた後、近藤が気を取り直したように両手を叩いて声を張り上げた。

「さて、諸君しょくん。そろそろ仕事を再開するぞ。先程、厩戸殿が言ったように危険がせまっている。常に気を引き締めて任務にあたるように」

一同は返事をすると持ち場に戻った。非番の者は早速鍛錬たんれんをしに道場に向かった。たかむらが勇美に歩み寄ると小声で言った。

「お前は補佐隊員を上手くまとめろ。何かあった時に団結出来ないと困るからな」

「何で?リーダーはたかむらでしょ?」

「お前は人に好かれる才があるし、全員と平等に上手くやれる。俺にはできないことだ」

「あんたが自分の欠点を素直に認めるなんて珍しいじゃん」

「悪いかよ」

「全然。イイことじゃん!」

「と、とにかく頼んだぞ。俺は次の死者の準備をする」

「じゃあ、アタシは早速道場に行って来る」

(何かをたくされたような……何だろ?)

何となく含みを持ったたかむらの発言に勇美は不安を覚えながら裁きの間を後にしたのだった。
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