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第五章 予言

第三十七話

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渡り廊下を進み、天国行きの部屋を通過するとそれまで空き地だった場所に道場があった。

「こんなものをソッコーで作るとか厩戸さんてやっぱスゴいんだな。ってか、たかむらの師匠って厩戸さんのことだったのか。今度詳しく聞いてみようっと」

大きな門を開けると、中には既に数人がいた。山崎、良順、千代、元春とハナだ。

「あっ勇美ちゃん!」

山崎にやりの使い方を教わっていた良順が手を止め、勇美の姿を見て嬉しそうに言った。

「みんな、おつかれ!調子どう?」

「これは骨が折れるよ。慣れるまで大変さね」

「どうやって力を出したらいいのか分かりません……」

山崎が珍しく上機嫌で言った。

「森久保はんはなかなか筋がええ。槍はすぐに使いこなせるはずや」

「なんか少年漫画のキャラになったみたいでめっちゃ楽しい!」

良順は嬉しそうに自分の身長ほどの長さがある槍を素早く振ると、手を止めて困惑しながら言った。

「でも、この水晶の力をどうやって出したらいいのか分かんない。やっぱ最初から上手くいくワケないか~」

「でも山崎さんは凄いわよ。少し練習しただけでもう完璧なんだから」

「マジか!さすが戦闘集団、新選組!じゃあアタシもやってみる!」

勇美は両手を前に突き出して、精一杯力を込めた。すると、水晶が淡く光って炎が出現。だが、それは炎と呼ぶにはあまりにも心もとない小さな火だった。

「ええ~これじゃあただのライターじゃん……」

勇美はがっくりと肩を落とした。他の隊員達も技を繰り出そうとするも全く上手くいかない。

「草のつるが出たけど短い。これじゃあ敵には届かないねぇ」

「俺の水晶はうんともすんとも言わない」

「私もよ」

「ボクはこの小さなカブトムシだけです……」

「千代さんは草系の技、元春くんは虫?なんかポケ●ンみたい」

「あ!俺もそう思った!」

勇美と良順の言葉に元春が不思議そうな顔で尋ねる。

「ぽけ●んってなんですか?」

「アタシ達の時代にあるゲーム……じゃなくて遊びだよ。色々な架空かくうの動物を育てて技を覚えさせて戦わせるの。スゴく面白いんだよ!」

「へぇ~!ボクもやってみたいです」

それから勇美と良順はポケ●ンの話で盛り上がり、興味津々きょうみしんしんの元春が瞳を輝かせて聞いていた。が、その様子に思い切り眉をひそめた山崎が強い口調で注意をした。

「おい!話脱線してるで!鍛錬に集中しいひんといつまで経っても覚えられへんで。実戦や思て本気にならな力なんて出せんで!」

「はーい」

あまり危機感がない補佐隊員達の姿を見て山崎はため息を吐いた。

(こら相当な時間がかかりそうや。もし間に合わへんかったら……あまり考えとうはあらへんけどその時はわいら新選組が何とかするしかあらへんか。いや、そうなったら逆にわい自身の力を試す時が来たってことか……)

***

それからしばらくして、任務を終えた勇美がたかむらに引き継ぎ道場に向かうと、土方と他の補佐隊員がいた。だが、先日の山崎の指南しなんとは全く様子が違う。

「良順!槍の構えが違う!何度も言わせんじゃねぇ!きちんとやらねぇと煙管きせるの火押し付けんぞ!」

「ヒィッ!土方副長!それオレの時代ではパワハラっていって完全にアウト発言っすよ!」

「はぁ?ぱわはら?なんだそりゃ?訳わかんねぇこと言ってねぇでさっさとやれ!」

「鬼副長、やっぱ鬼~!」

「あぁ?!なんか言ったか?!」

「な、何でもないっす!」

「千代、何で中途半端な技しか出ないのか分かるか?貴様は雑念ざつねんが多過ぎるんだよ。クソ猿はとっくに地獄に送った。仲間も天国に行った。だったら何も心配することはねぇ。ごちゃごちゃ余計なこと考えてねぇで、今は霊界を守ることに集中しろ!いいな?!」

「はいはい、分かったよ」

「元春!貴様はビクビクし過ぎだ!そんな弱腰よわごしじゃ、すぐやられちまうぞ!技を出す前にその臆病おくびょうを何とかしろ!」

「は、はい!すみません!」

「ハナ、貴様は力が足りねぇ。もっと足に力を込めろ。全身の気を足に集結しゅうけつさせ、そんでもって力一杯踏み込め」

「分かったわ」

「勇美!何ボーっと突っ立ってやがる!やる気がないなら失せろ!目障めざわりだ!」

「ひゃっ、す、すいません!すぐにやります!」

「おい!何だそのへっぴり腰は!そんなんじゃ100年経っても技なんか出せねぇぞ!」

「すいません!あ、あの、土方副長!ちょっといいですか?!」

「何だ?!」

「お、お手本見せてください!」

「甘えたこと抜かしてんじゃねえ!自力でやれ!」

「ええっ、す、すいません!自力でやります!」

(まだまだ俺達の足元にもおよばねぇがやる気は充分あるな。叩き込めば何とか形になるか……。フン、鬼の副長はとっくの昔に捨てたつもりだったが、つい熱くなっちまうのは地獄の番人やってるからってだけじゃあなさそうだな。こいつら見てると当時を思い出すからかもしれねぇ。やっぱ俺は一人よりも仲間といる方が好きだぜ)

土方は嬉しそうに微笑みを浮かべると、必死に汗を流して鍛錬に励む補佐隊員達を熱い眼差しで見つめたのだった。

***

更に数日後、天国行きの部屋で沖田が待っているとうたじろうがやって来た。

「沖田殿、お待たせ致しました」

「うたじろうさん。お忙しい中いつもすみません。ありがとうございます」

「いえ。鍛錬は大事です。ましてやあなたは新選組随一ずいいち剣客けんかく。補佐隊員の皆さんにとってあなたの御指南ごしなんを受けることは何よりの励みになることでしょう。補佐隊員の皆様の助手として僕も精一杯、留守番を務めさせて頂きます」

「うたじろうさん。あなたはどんな時も丁寧でとても優しい。私はあなたのその優しさにいつも癒されているんですよ」

沖田はとても嬉しそうに笑った。

「そ、そんな……勿体無もったいないお言葉です。僕はただ沖田殿はもちろん皆さんと仲良く過ごしたいだけですよ」

「その心構えが素晴らしいではないですか。ああ、生前療養りょうよう中にあなたのような猫さんがそばにいてくれていたら私はどんなに心強かったことでしょう」

「沖田殿……」

(なんと素直な人なんでしょう……)

うたじろうは感激のあまり言葉に詰まってしまった。沖田は腰の刀を確認すると障子を開け、振り返って言った。

「では、うたじろうさん。留守番をよろしく頼みます」

「承知致しました」

沖田が道場に向かうと、既に補佐隊員達が鍛錬を開始していた。最初に比べると明らかに上達しており、ある程度技も形になっていた。

「小林さん、とても良いですよ。もう少しつるを伸ばせば敵に届きます。あと一息です」

「ああ、頑張るよ」

「ハナさん、もう少し踏み込んでみましょうか。もっと地割じわれが深くなれば敵に致命傷ちめいしょうを与えられます」

「やってみるわ」

「浪川さん。虫ではなく動物を召喚しょうかんできるようになったのは上出来じょうできですが、うさぎとか鳥では敵を倒すことはできません。もっとこう、大きな動物を想像しましょう。例えば……ほら、猛獣もうじゅうです。獅子ししとか熊とか」

「あ!そうですね!」

「森久保さん。槍の使い方はもう完璧です。覚えが早いですね。あとはその水晶の力を最大限に引き出せるよう頑張ってください」

「はい!やってやりますよ!」

「松山さん、あなたはどうですか?順調ですか?」

「何とか火は出るようになりました!でもまだ技としては……沖田さんはどんな感じですか?」

「私はもう慣れましたよ。いつでも戦いに打って出られます」

「スゴい……!さすが天才剣士……!」

「新選組の方々は何故そんなに慣れるのが早いのですか?」

元春の質問に沖田は真剣な顔で答えた。

「生前、私達は常に死と隣合わせでした。だから、戦闘はいつも命懸けでしたし、もちろん全力でした。その経験が活きてるのだと思います」

「やっぱり死闘しとうをくぐり抜けて来た人達は違うわよね」

補佐隊員達の熱い視線を浴びながら沖田はふと思った。

(病のせいで志半こころざしなかばで前線ぜんせんから離脱りだつしなければならなかった。その悔しさが今、力になっている気がする。近藤さんや土方さんの役に立ちたいと願いながらも叶わなかったあの時の雪辱せつじょくを今こそ果たすべきなのかも……)

***

数日後、道場には近藤と補佐隊員達がいた。

「近藤局長。攻撃のは掴んだんすけど、水晶の力を使うが分かんないっす」

「うむ。おぬしの力は敵と距離があっても有利だ。槍で打撃を与え、敵が隙を見せたその時に発動すると良いだろう。その水晶には回復力以外にも力が備わっているはず」

「分かりましたっす!」

「架空の動物を出すにはどうしたらいいですか?例えば龍とか……」

「おぬしが具体的に想像するのだ。関連の書物を読んで絵や図を頭に入れておくのも良いかもしれぬ」

「ここにいる誰かと連携技れんけいわざを出すことは可能かしら?」

「その人物にもよるが……例えば元春殿なら大蛇だいじゃを召喚して動きを封じた後、ハナ殿が地割れを起こしてその中に落とす、というのはどうだろうか」

「敵の動きを封じた後はどうすればいい?私も誰かと連携技を出すべきかい?」

「うむ。その通りだな。勇美殿や良順殿が敵に致命傷ちめいしょうわせるのだ。勇美殿、技は出せるようになったか?」

「う~ん……火のいきおいが全然足りなくて。もっと豪快ごうかいな火を放つにはどうしたらいいですかね?」

「具体的に『こうすれば出る』というようなものではないゆえになかなか難しいだろう。これは勇美殿に限った話ではないが……敵を必ず倒すという強い信念を持つことが大切だ。その信念を水晶に思い切り込めれば必ず最大限の力が発揮できる。火事場かじばの馬鹿力ともいうように追い込まれた時に発揮することもある。おぬしらは皆それぞれ良きものを持っている。強大な力が自分の中にあると信じるのだ」

「火事場の馬鹿力……アタシにもあると信じて頑張ります!」

しかし、勇美を始め補佐隊員達の腕前は実戦で敵に致命傷を負わせられるとは言いがたいものだった。当の本人達はもちろん、たかむらや近藤、新選組隊士達は危機感を抱いていた。

***

裁きがひと段落した後、たかむらが言った。

「近藤局長。今のままではまた霊界がほろぼされてしまいます。もっと厳しく鍛錬をした方が良いでしょうか」

「いや。彼らはもう十分努力を重ねておる。更に厳しくするのは逆効果だろう。彼らの力を信じるしかない。彼らがまだ未熟であれば我々がその分おぎなって戦う。助け合える仲間がいてこその団結力だろう」

「仰る通りですね」

「たかむらよ。わしは近頃思うのだ。この仕事は自分に対する罰としてきたが、それだけではないと」

「……どういうことでしょうか?」

「死んでもなお、こうして信頼し合える仲間がいるのは何より幸せな事なのではないかとな」

たかむらは何も言わずに黙っていた。

「そう感じておるのはおぬしも同じではないか?いや、わしよりもそれを実感しておるのではないか?たかむらよ」

たかむらは少し間を置いた後、微かに笑みを浮かべて言った。

「あなたが私を見てそう感じるのなら、きっとそうなのでしょう」

近藤はフッと小さく笑みをこぼすと思った。

(『素直じゃない!』といきどおる勇美殿の気持ちがよく分かるものだな……)
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