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第七章 仲間

第四十三話

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「ちょ、ちょっと待ってよたかむら!」

勇美は必死にたかむらの後を追いかけたが、彼は勇美のことなど全く気にも留めず真っ直ぐに前を向いたまま走り続けている。

「たかむらってば!どこに行くつもり?!うたじろう……じゃなかった、ちさとがどの時代に行ったのかなんて分かんないじゃん!」

たかむらは振り返って叫んだ。

「平安時代に決まってんだろ!あいつ俺の時代を滅茶苦茶めちゃくちゃにするつもりだ!」

「ええっ?!」

その時、勇美はふと思い出した。

(そういえば、厩戸うまやどさんが来た時、たかむらがうたじろうに沖田さんと交代しろって言ったのは、厩戸さんが重要な話をしに来た事に気づいてうたじろうを遠ざけようとしたってこと?)

蘇りをして歴史にない事を防ごうとした時、臆病者のはずのうたじろうが率先して敵地に潜入したりなど、思い返してみると、爪をむ癖以外にも思い当たることは様々あった。たかむらはその全ての違和感に気づいていたのだ。

(たかむらの洞察力どうさつりょくやっぱスゴい……)

勇美とたかむらは再び平安時代にやってきた。急いで屋敷の中に駆け込むと何やら騒がしい。二人は声が響いている部屋をのぞいた。

「お、お前……もしや上田ちさとか?!」

「死んだはずでは……?!」

「一体どういうことだ?!」

突然現れたちさとを取り囲み、まるで化け物でも見るような目つきで職員達が追求していた。

「そうだよ。僕は死んだんだ。たかむらの所為せいでね」

「なっ……」

「じゃあ、お前は……幽霊?!」

「やはりたかむらの奴がやったのか!」

「そうだよ。彼は人間の皮を被った悪魔だ。その所為で僕は死に切れず、こうして現世を彷徨さまよっているんだ」

「なんということだ……」

「あいつの所為で成仏じょうぶつできぬとは……」

たかむらが自身の拳を握り締めたのを勇美は見逃さなかった。

(めっちゃ怒ってる。そりゃあそうだよね……)

すると、たかむらはちさとから目を離さずに勇美にこう言った。

「さっきお前は俺に『現実から逃げてるだけだ』と言ったな。確かにその通りだ。だから俺は自分が生きているこの世界でもう一度自分を見つめ直してきっちりとケジメをつけたい。お前だけじゃなく皆に指摘してきされた時、俺は本気でそう思った。皆がおのれと向き合って過去にケジメをつけたようにな」

「たかむら……」

「だが、そんな悠長ゆうちょうなことは言ってられなくなった。今あいつを止めないと大変なことになる。俺は師匠ししょう……厩戸皇子から霊界と死者達をたくされたんだ。もう二度とあの世界を破壊させる訳にはいかない。だから俺は自分の過去よりも霊界の未来を選ぶぞ」

「……何であんたはそこまでこの仕事にこだわるの?」

「やり甲斐がいと師匠への恩返しだ。師匠とこの仕事に出会わなければ俺は恐らく一生現世でくすぶったままだった」

勇美が口を開こうとしたその時、たかむらはフッと笑った後、物陰ものかげから飛び出した。そして、ちさとの胸倉むなぐらつかんで怒鳴った。

「てめえ!黙って聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!俺の所為で成仏できないだと?ふざけんな!お前が勝手に霊界に戻ってきたんだろうが!」

「た、たかむら!?落ち着いて!」

勇美は慌てて止めようとしたが、たかむらは聞く耳を持たない。が、ちさとは全く動じない。それどころか鼻で笑ってたかむらをにらみつけている。

「ちょうどいい。今から君のいるこの世界を滅茶苦茶めちゃくちゃにしてやろうと思っていたところさ」

「あんた、何する気……?!」

ちさとは自分の胸倉むなぐらを掴んでいるたかむらの両手を乱暴に振りほどくと、周りにいる職員達に向かって両手をかざした。次の瞬間、彼の両手から真っ黒な影が飛び出して職員達に命中した。

「ぐはっ!」

「うわぁっ!」

「ぎゃあっ!」

勢いで倒れ込んだ職員達がゆっくりと体を起こす。顔は真っ青で全く血の気がない。目に精気せいきもなくうつろな視線をちゅうに漂わせている。勇美はその様子を目の当たりにして背筋が凍りついた。

(ま、まるでゾンビ……!死んでないけど!)

たかむらも目を丸くしていた。ちさとは楽しそうに二人の様子を眺めた後、ゾンビ化した職員達に手を使って指図さしずした。

「さぁ、たかむらを抑えつけるんだ」

「お、おい!離せ!やめろ!」

職員達はたかむらの両腕をがっしりと固定した。すると、ちさとは素早く勇美の背後に回り込み、彼女の体を羽交はがい締めにした。

「なっ、何すんのっ?!」

「勇美殿。僕は君のことは好きだったんだけどね。君は勇敢ゆうかん物怖ものおじしない、それでいて優しい。良い子だよ。だから本当はこんなことしたくないんだ」

ちさとは残念そうに首を横に振ると、短刀たんとうを取り出して勇美の喉元のどもとに突き付けた。勇美は小さく悲鳴を上げた。

「お、おい!やめろ!」

驚いたたかむらが声を上げ、必死にもがくが職員達にがっしりと固定され身動きが取れない。勇美は恐怖を抱いたが、それを悟られまいとあえて強い口調で言った。

「ア、アタシを殺す気っ?!」

「僕の目的はたかむらを苦しめること。だから、彼には危害きがいを加えずジワジワと追い詰めていく。大事な友が自分の目の前で殺される。こんなに苦しくて辛いことはない。そうだろ?」

「アタシは既に死んでるんだから今更刺されたところで殺されるわけ……」

「勇美殿、忘れたのかい?蘇りをしている間は生きている時と同じ状態に戻るってこと」

「なっ……」

「やめろ、ちさと!刺すなら俺を刺せ!」

たかむらが必死に訴えるも、ちさとはニヤリと笑って短刀を握る手に力を込めた。勇美の首から一筋ひとすじの血が流れたその瞬間。

「痛っ!何するんだ?!」

突然、ちさとが短刀を床に落とした。勇美がちさとの手に思い切り噛み付いたのだ。

「アタシをナメんじゃねーよ!」

勇美は叫ぶと床に落ちた短刀を素早く拾い、刃先はさきをちさとに向けた。

「早くその人達を元に戻して、たかむらを解放して」

ちさとは悔しそうに爪を噛むと勇美を睨みつけた。

「早くして!じゃないと、アタシがあんたを殺す!」

「……分かった。仕方ないな」

ちさとは観念かんねんしたようにため息を吐くと職員達のゾンビ化をいた。ホッとして勇美が短刀を下ろした次の瞬間。ちさとが再びニヤリと笑い、勇美に向かって手をかざした。その手から勢いよく黒くて尖った影が飛び出した。

「勇美!」

たかむらが咄嗟とっさに勇美の前に飛び出し、立ちはだかった。その胸に黒くて鋭い影が深く突き刺さったのを目の当たりにして、勇美は悲鳴を上げた。

「きゃあ!」

口から血を流し、体勢を崩したたかむらの体をすぐ後ろにいた勇美が受け止めた。勇美の腕の中でたかむらはうつろな目を彼女に向けた。

「たかむら!しっかりして!」

ちさとは目を丸くした。

「まさか君が勇美殿をかばうなんてね……」

「なんで……?!今度はアタシがあんたを助けるって言ったのに!なんでまたあんたがアタシを……?!」

「……言っただろ?俺は早く死にたい……その為に考えはあるって……別にお前を助けた訳じゃねえ……」

たかむらの口と胸から大量の血が流れ出た。

「まさか……さっき笑ってたのは……」

勇美はちさとにつかみかかる直前のたかむらの表情や態度を思い出してハッとした。勇美よりも先にちさとが驚いた表情を浮かべて言った。

「なるほど。全て君の策だった訳だね。この世界で死に、霊界の人間になる為の。それも自殺を回避かいひした。さすがだ」

「ってか!アタシをおとりに使うなんて!やっぱあんたは悪魔!土方副長以上の鬼ー!」

勇美は全力で悪態あくたいをついた。だが、内心は霊界の為とはいえ今にも死にそうなたかむらを前にして、悲しさと自分をかばって致命傷ちめいしょうったことへの申し訳なさでいっぱいで複雑な気持ちだった。

「何泣いてんだよ……今散々俺に……悪態あくたいついたばかりだろうが……」

「ハァ?な、泣いてなんかないし!」

勇美は慌てて羽織の袖で涙をぬぐった。たかむらはちさとに向かって言った。

「ちさと……お前の思い通りにならなかったな……」

「甘いね、たかむら。もうすでに次の手は打ってある」

ちさとは鼻で笑うとそう呟き、突然部屋から走り去ってしまった。

「えっ?!ちょ、ちょっと待ちなよ!」

たかむらがあせった様子で必死に声を上げた。

「ま、まずい……い、勇美……早く霊界に……戻れ」

「え?何で?」

「鬼だ……あいつ、地獄の鬼達に何かする気だ……」

「ええっ?!で、でもあいつの狙いはこの平安時代じゃ……」

困惑する勇美に向かってたかむらは苦しそうに息をしながら言った。

「俺達をこっちに……引きつけてる内にあっちを……破壊はかいするつもりだったんだ……クソっ気づくのがまた遅くなった……勇美、早く戻れ……」

「で、でも……」

「大丈夫だ……師匠が与えてくれた『霊力』で……皆と一緒に……何とか奴を食い止めてくれ……俺もすぐ行く……大丈夫だ」

たかむらは勇美の腕を強くつかみ大きくうなずいた。その手は激しく震え、切れ長の瞳は真っ直ぐで確信に満ち溢れていた。勇美は内心驚きを隠せなかった。

(たかむらがこんなに真っ直ぐな目をするなんて……俺を信じろってことか)

「分かった!霊界はアタシに任せて!」

勇美は立ち上がろうとしたが、ハッとしてもう一度たかむらの顔を見た。

「たかむら、絶対霊界に戻って来てよ。他の死者みたいにどっかで彷徨さまよったりしないでよね」

「何……言ってやがる……俺は必ず戻る……皆と師匠にもそう伝え……ろ……」

たかむらはそう言うと事切こときれた。抜けがらになった彼の体にはまだ温もりが残っている。酷く切ない気持ちになり、勇美は唇を噛み締めた。

「たかむら……ありがとう。アタシ、あんたのこと信じてるから」

勇美は自身の手で、うつろに開いたままのたかむらのまぶたをそっと閉じた。勇美の目から再び涙が溢れた。

(まさかこいつのために涙を流す日が来るなんてね……)

勇美は涙をそっとぬぐうと立ち上がった。その目は並ならぬ決意に満ち溢れていたのだった。
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