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第七章 仲間
第四十四話
しおりを挟む霊界に戻った勇美は目の前に広がる信じられない光景に唖然とした。屯所は破壊され、多くの瓦礫に埋め尽くされている。大きな穴の開いた天井から覗くのは暗闇だった。
「そ、そんな……もう手遅れってこと?」
その時、勇美はふと気づいた。大量の埃が宙を舞っており、外からは凄まじい破壊音が聞える。それは戦いがまだ始まったばかりであることを物語っていた。
「まだ間に合う……!」
勇美は大量の瓦礫の上を必死によじ登り、無残にも破壊尽くされてしまった裁きの間からの脱出を試みた。ここで過ごした日々が走馬灯のように彼女の脳裏を過った。中でもうたじろうとの時間を思い出すことが今は何よりも辛かった。
「うたじろう……どうしてよ!」
怒りに任せて小さな瓦礫を思い切り叩きつけると、粉々に砕け散った。それはまるでうたじろうとの思い出が一瞬で打ち砕かれたように思え、酷く切ない気持ちになった。しばらくして出口に辿り着き、外へ這い出た勇美は目の前の光景に再び言葉を失った。
そこかしこで火の手が上がっており、その中を大勢の人々が逃げまどい、隠れていた。白い着物を身に着けている者は屯所から逃げ出した死者達だろう。補佐隊員とは色違いの隊服を着ている者は職員だろう。彼らは補佐隊員と違い、武器や力を持たない。逃げるしかないのだ。
その中心には地獄にいるはずの巨大な鬼が一体とその鬼達と全く同じ姿をした人間ぐらいの大きさの鬼が多数いた。
体にある無数の目は白目を剥き、巨大な鬼は真っ赤に燃えたぎった火縄や斧で、小鬼は鋭く長いかき爪で霊界のありとあらゆるものを破壊尽くそうとしていた。その姿は確実にこの世のものではないと分かるぐらい恐しく、勇美は全身が震えるのが分かった。
(あのデカい鬼って確か土方副長と喋ってなかったっけ……。今は意思の疎通ができないほど正気を失ってるってこと?)
モンスターと化した地獄の鬼と小鬼の周りには三人と一匹の補佐隊員と四人の新選組隊士達、そして厩戸皇子がいた。服はボロボロに破れ、体中傷だらけだった。
大鬼の巨大な右足に噛み付いているのは元春が召喚した熊だ。元春自身は両手を突き出して熊を操っているが、右足を負傷したらしく若干ふらついている。千代は杖から太く長い植物のつるを出し、真っ赤に燃えたぎった斧を持っている鬼の両手を封じている。千代の黒髪は乱れ、額から血を流しており見るからに痛々しい。
艶やかな毛並みが真っ黒に汚れてしまったハナは歯を剥き出しながら両足で絶えず地面を踏み続けており、鬼の足元に向かって地割れを起こしている。正面には良順がいて、長い槍を構えているが、その右腕からは大量の血が流れている。
(霊界では傷を負わないはずなのに……たかむらが言ってたダメージを受けるのは近藤局長以外にもいるって、もしかして地獄の鬼達のこと?)
沖田、土方、近藤は次々に迫り来る大量の小鬼を鮮やかな剣術でバタバタと斬り倒していた。山崎は離れた場所から小鬼に向かって手裏剣を投げている。
山崎の背後にはシャボン玉のような大きくて透明な球体があり、その中に逃げ場を失った大勢の死者達の姿があった。皆、酷く怯えた表情を浮かべている。その最前に厩戸がいて両手を前に突き出し、球体の形を必死に保っている。厩戸と山崎は身を挺して死者達を庇っているのだ。
「み、みんな!」
彼らの勇姿を目の当たりにした勇美はハッと我に返ると急いで駆け寄った。
「勇美ちゃん!戻ってきてくれたんだ!」
いち早く気づいた良順が一瞬目を逸らした瞬間。一体の小鬼が彼目掛けて突進。かき爪を振り下ろした。
「危ない!」
勇美は咄嗟に両手を構えた。ブレスレットについている水晶が強く光り、火炎放射が繰り出された。激しい炎により小鬼は消滅した。
「できた……!近藤局長が言ってた火事場の馬鹿力ってやつ?!」
良順は額に流れ落ちた冷や汗を拭いながら言った。
「あっぶねえ~!勇美ちゃん、ありがとう!助かったわ!」
一体の小鬼を斬り倒した後、沖田が近藤に向かって言った。
「近藤さん、無事で良かったです。私はてっきり死者もろともあなたが霊界のチリになってしまったのではないかと。肝が冷えました」
「心配かけてすまぬな、総司。わしも覚悟をしたのだ」
「えっ?近藤局長、何かあったんですか?!」
勇美の質問に沖田が答えた。
「あなたと小野さんが現世に行った後、突然辺りが激しく揺れて屯所が崩れ始めたんです。恐らく鬼達の仕業でしょう。にも関わらず、近藤さんは死者の皆さんを助ける為に待合所に向かったんです」
「ええっ?!よく無事でしたね!」
「うむ。待合所の案内をしておる隊士達が先に死者達を避難させてくれておってな。無事に脱出する事ができたのだ」
すると、ハナが切羽詰まった様子で叫んだ。
「その後こいつらが地獄の中から出てきて暴走を始めたのよ!それで、うたじろう……じゃなかった、さっきちさとが突然現れてその中に入って行ったの!」
ハナの視線の先には扉が開け放たれた地獄の入り口があった。
「マ、マジ?!」
「8体の内の5体は倒したわ!」
「ってことは……まだあと3体いるってこと?!」
勇美は鬼達の動きを封じる為、技を繰り出しながら驚愕した。勇美の火炎放射を目に受けて鬼は絶えず叫び声を上げている。すると、土方が叫んだ。
「貴様らすまねぇ!まさか奴が鬼達に目付けてるとは……今の奴らは話も通じねぇ!油断した俺の落ち度だ!地獄の番人として情けねぇったらねぇ!」
「土方さん!今更悔やんだって遅いですよ!」
「そうだぞトシ!とにかく今は奴らを止めることだけを考えるのだ!」
小鬼達を地道に斬り倒している近藤の姿を見て、勇美は思わず声を上げた。
「近藤局長!あなたの攻撃は相手を粉々にするぐらい威力があるんじゃなかったんですか?!」
「こやつらには全く効果がないのだ!」
「ええっ……!」
勇美は絶望的な気持ちになった。鬼の背中目掛けて攻撃している千代が声を上げた。
「勇美!たかむらはどこなんだい?!」
「現世でちさとに殺されたの!」
すると、右足に噛みついている熊を必死に操りながら元春が悲鳴を上げた。
「そ、そんな……!」
「でも大丈夫だよ!だってあいつはこれで正式な霊界の人間に……アタシ達の仲間になるんだから!」
勇美の言葉に一同はハッとした。その様子を見た勇美は全員を鼓舞する為に更に叫んだ。
「大丈夫!あいつ必ず戻るって言ったから!みんな!もう少しだけ堪えて!」
「望むところだぜ!」
良順が叫び声を上げながら鬼の巨大な腹目掛けて長い槍を突き刺した。途端に鬼の腹から鋭く眩い光が放たれたかと思うとグングンと槍にはめ込まれている水晶に吸収されていく。
「ぐあああああ!」
鬼の巨大な叫び声が霊界にこだまする。腹を押さえて苦しそうにしている。淡い桃色に光っている槍を見て良順が嬉しそうに声を上げた。
「スゲー!めちゃくちゃ吸い取った!掃除機かよ!」
「吸い取ったやつってどうなるの?!」
勇美が驚いて尋ねると、良順が楽しそうに言った。
「へへ~☆見てからのお楽しみってことで!」
そして、千代に向かって叫んだ。
「千代さん!今っす!トドメの一撃を!」
「任せときな!ハナ!アレ出せるかい?!」
「楽勝だわ!」
ハナは後ろ足で思い切り地面を掘り始めた。茶色の水晶が光って掘られた砂が空中に舞い上がり、みるみる内に巨大な渦となった。千代が勢いよく杖を振ると刃物のように鋭い無数の葉が出現し、砂の竜巻とひとつになった。千代がもう一度強く杖を振ると、砂と草の巨大な竜巻は片足に噛み付いている熊もろともすっぽりと鬼一体を飲み込んだ。
「がああああっ!」
無数の草の刃に全身を刺され、鬼は断末魔の叫び声を上げたかと思うとバラバラに引き裂かれ、間もなく消滅した。砂と草の竜巻もろとも鬼が消え去った跡を見て、良順と千代とハナは地面にへたり込み、肩で息をしていた。その様子を見て土方が叫んだ。
「くたばってんじゃねぇ!まだ終わってねぇぞ!さっさと立ちやがれ!」
「そ、そんなこと分かってるわよ!」
座り込んでいたハナが立ち上がろうとしたその時。一体の小鬼がハナ目掛けて突進して来た。鋭いかぎ爪が迫り、ハナはしっぽを巻いて目を瞑った。次の瞬間。
「ハナさん!」
すぐ近くにいた沖田が素早い動きでハナを抱き上げて小鬼の攻撃を交わした。その直後、沖田の背後から手裏剣が飛んで来て小鬼の顔面に勢いよく突き刺さった。
「があああああっ!」
小鬼は絶叫して消滅した。
「山崎さん、助かりました。ありがとうございます」
「沖田はん、何で刀を抜かへんかったんどすか?」
「すみません、刀を抜くより先に体が動いてました……」
頭を掻きながら苦笑いする沖田に山崎は軽く肩をすくめたが、何も言わなかった。沖田がハナを優しくおろすと、ハナが言った。
「ありがとう、沖田さん。あなた意外と力あるのね」
「技術だけでは刀を振れませんからね。こう見えて結構力あるんですよ」
沖田が腕まくりをして力こぶを見せるとハナは微笑みを浮かべた。その時。鬼の叫び声がこだました。どうやら地獄の入り口から響いているようだった。
「貴様ら、来るぞ!」
土方の声に一同は息を呑んで身構えた。が、姿を現したのは純白の着物に身を包んだ美女であった。
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