キラキラ!

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第1章

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「誰からどす? 船越? 紅葉?」
「火サスは忘れろ」
「土ワイどす」
「どっちでもいいって。母さんだよ」
「ああ、紅葉似の」
「……」

 即座に否定したいところだったが、確かに微妙に似ていた。

「今、新横浜で新幹線待ちだって。父さんと和歌山に帰省するから二日間、留守番頼むってさ。……どうやら本当にオマエの言った通りになっちまったな」

 狐珠はフンフンと得意顔で胸を張る。

「ウチが仕込んだことゆえ、これくらいお茶の子さいさいどす」
「仕込んだんかい! オマエ、完全に土足で俺の人生に踏み込んでるぞ。……でも、このメールだと墓参りってことになってるぜ?」
「息子にバレないよう表向きな理由どすよ。裏山と広大なミカン畑の土地をどうするかが今一番の争点どす」
「親の配慮をオマエがバラすな! 勘弁してくれよ! 恋人を得る以上にとてつもなく大きなモノを失った気分だ!」
「スッキリしたところで……」
「ドロドロしとるわ!」
「そろそろ絵馬の説明に移ってもいいどすか?」

 好きにしてくれ……。
 それよりも親戚一同の地獄絵図を想像すると、二度と和歌山の田舎には帰りたくなくなった。
 一方、狐珠はマイペースの進行で絵馬の裏側を指さす。

「ここに二十九の漢字を書くどす」
「あ? どうして二十九文字?」

 不貞腐れながら俺は訊ねる。

「二は”フ”で九は”ク”……フクが来るという神様の寒いダジャレが由来どす」

 寒いダジャレ言うな。ただでさえ、あの神様に有難みがないのに。

「そのうち、二十四文字はワタル殿が相手に求める事柄、残る五文字はワタル殿自身を表す漢字で構成されるどす」
「何で漢字だけ?」
「漢字にはいろんな意味が詰まってるからどすよ。それに、神様は平仮名や片仮名の存在は認めておりませんどす」
「ポカリ飲んでたクセに。だったら、十七茶とか左衛門飲んでろよ」
「……ワタル殿、荒れてるどすな?」
「誰のせいだよ? さっきから佐藤家の骨肉の争いが頭から離れないんだ」
「深刻に考えてもなるようにしかならないどすよ。じゃあ、ウチが今からワタル殿に理想の女の子について質問するどす」
「え、ここでやるの?」
「場所、変えるどす?」
「……いや、いいよ」

 よりによってラーメン屋で恋人登録かよ。
 こんな展開になるなら連続して喫茶店に入ればよかった。

「まず、第一印象はどんな人がいいどすか?」

 もうヤケクソだ。なるようになれ!
 俺は顎に手を当てて考えてみる。

「ファーストコンタクトはけっこう重要だよな。その人を見た瞬間、ゾクゾクするっていうか運命的な出会いだってわかるような感覚、その緊張感がだんだん解けてって自然とフィーリングがしっくりくるというか……うまく言えないけど」

 わかるどす、と狐珠はキュッキュッと絵馬に文字を書いている。
 よく見ると、絵馬の表には馬の他に錦鯉の絵が描かれていた。
 どうせこれも寒いセンスの神様が恋と鯉をかけたんだろう。

「容姿はどうどす?」

 容姿はとくに拘りないんだ。
 そうだ、ヒカリの逆を言ってやれ。

「髪の色はそのままで、長くても短くてもかまわない。笑顔が可愛い子がいいな」

 なるほどなるほどと、狐珠が極細ペンを走らせる。

「今、何文字?」
「まだ五文字どすな」
「え、そんだけ? 俺、結構喋ったぞ?」
「漢字にするとそんなもんどすよ。もっとジャンジャン要求するどす」

 もう十分だが。

「うーん、すぐキレるコはイヤかも。気に入らないことがあっても辛抱強くて控えめな性格がいい」

 それならば俺はサッカーに専念できる。今日のデートもヒカリが強引に俺を誘ったんだ。
 他にヒカリと正反対を挙げるとすれば……。

「ケバいのはNG。軽いフレグランス程度ならいいけど、できるだけナチュラルで。それと、少しくらい天然ボケな方が守ってあげたくなるな。……後、何文字?」
「八文字どす」
「もうないよ」
「これだと情報不足でマッグプロにインプットできないどす」
「……何を導入してんだよ?」
「このユビキタス社会において、ウチら神界層も遅れをとってられないどすよ。……さあ、早く挙げるどす。グズグズしてると、またラーメン注文するどすよ?」
「黙れ、文無し!」

 このままじゃ帰してくれそうにもない。何とか捻り出そう。

「んー、じゃあ、あんまり遊んでないコがいいかな。俺はサッカーしか知らないし、恋愛に慣れてないから。あと、何でもいいから一つだけ人より秀でてるものがあれば。それと、キレイ好きな人、捨て猫とか見かけたら家に連れて帰りそうな優しい人……どう? もうこれ以上出ないぞ?」

てか、こんなコ実際にいるのか? 最後のなんて無理やりもいいところだし。

「ギリどすな。まあ、何とか二十四文字に収めるどす」

 よかった。もう要求すること自体恥ずかしい。
 俺は安堵して席を立とうとする。

「まだどす。ワタル殿の五文字が残ってるどすよ」
「あ、そうか」

 狐珠は俺に絵馬と極細ペンを渡す。

「今度はワタル殿が自分自身で書かなきゃいけないどす」
「わかった……え?」

 俺は受け取った絵馬の文字を見て絶句し凝固した。……何だ、コレ?


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 コレって俺が今さっき言ったことか? 確かに二十四文字あるけど。

「鳥肌って何だよ?」
「漢字で表せば凝縮されてそうなるどす」

 ゾクゾク→鳥肌

 他には、

 笑顔が可愛い→歯(笑うと歯が見える)

 ナチュラル→薄化粧

 天然ボケ→不思議(不思議ちゃん)

 人より秀でてる→異彩


 狐珠の説明を聞くとそれぞれ納得できる。

「つーか、普通に漢字平仮名並べればいいじゃないか。こんなのでちゃんと神様に伝わるのか?」
「ウチの神様は絶対どす。抜かりないどす」

 自身満々に狐珠はそう答える。
 本気で信用していいのかな? 道で倒れてた時、あの神様ゲロ吐いてたぞ。
 どっちかと言えば、神様の能力よりマッグのスパコンの依存度の方が高い気がする。

「じゃあ、質問するどす。ワタル殿は夢があるどすか?」

 夢……。

「あるよ。一応、サッカーやってるからいつかは大きな舞台に立ちたい。ワールドカップとは言わないけど、今んとこはJ1が目標だな」

 そうだ、”舞台”って書こう。……つーか、二次予選を前にして、練習さぼってこんなとこでラーメン食ってる場合じゃないんだが。

「待って、ちょっと見せるどす」

 狐珠がヌーッと首を伸ばして覗いてくる。

「……ワタル殿、やっちまったどすな」
「え?」
「今ので贅沢に二文字も使ったどす」
「ダメなのか?」
「ワタル殿の場合、五文字しかないどす。あと三文字しか残らないどすよ?」
「あ、そうか。……ヤベッ! 本当はヒノキ舞台って書こうとしたんだ。ヒノキの漢字知らなくてよかった。……取り消せる?」

 狐珠は無念そうにかぶりを振った。

「ガサツどすな。次からはちゃんと考えて書くどすぞ?」
「……了解」

 て、何で俺がコイツに窘められなければならない?

「では気を取り直して、朝食はごはんかパン……どっち派どすか?」
「そんなの関係あるの? ズバリごはん派だけど」

 俺は迷うことなく”米”と書いたところで気づいた。

「もし、パン派だったらここでも二文字使うところだったぞ。パンの漢字知らないけど」
「その時は”麺麭”ではなく、後ろの”麭”一文字を用いるどす」

 さすが! だてに漢字を扱ってないな。

「次、ワタル殿は自分で肉食系か草食系、どっちだと思うどすか?」
「完全に草食系だな」
「漢字一文字どすよ?」
「わかってるって。”草”だろ?」
「この場合の答えは”狼”か”羊”がいいどすな。なので”羊”と書くどす」

 言われた通り”羊”と書く。

「ではラスト……勉強と運動、どちらが好きどす?」
「愚問。運動に決まってる」

 あれ、ここは”運”か”動”、どっち書いたらいいんだ?

「迷ってるどすか? 普通に文武両道で考えれば、ここは”武”どす」

 舞台でやらかしてしまったので、殆ど狐珠が考えたようなものだ。


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 舞台米羊武


 やっとできた。
 果たしてこんな漢字の羅列だけで、理想的な彼女が俺にできるのだろうか。
 狐珠は指で漢字を数えてる。

「……二十七、二十八、二十九、OKどす。ウチがコレを奉納したら、数時間にはワタル殿の望み通りの彼女が家を訪問するどす。正座しながらワクワクテカテカで待ってるといいどすよ」

 もう殆ど聞いちゃいない。

「疲れた……。もう帰っていい?」
「最後にこの絵馬、スマホで写真撮っとくどす」
「まだスマホじゃねーよ。さっき見ただろ?」
「ガラパゴス諸島ケータイどすか?」
「いらねーモンついてるぞ。写真を撮る意味もわかんねえ」
「時々、クレーム屋がいるどすよ。注文と違うと……」

 証拠か。俺には必要ないと思いつつ、言われる通りにした。
 席を立ってようやくレジに向かう。


 料金を払い終わって店を出た後で、テトテトと狐珠がついてくる。

「ワタル殿、ゴチどす」

 頭を下げると、ざんばらおかっぱが少し乱れる。

「さっき聞いたよ」
「今のは”海苔あーん”の分どす。壁ドーンみたいにいつか若者の間で流行るといいどすな」
「壁ドンな。喪黒じゃねーんだから」

 コイツ、神様の使いなのに何でこっちの世界に詳しいんだ? 
 しかもネタが微妙に古いし……わかる俺も古いのか。

「じゃあ、ここで。もう狐珠と会うこともないだろう」
「いえ、しばしのお別れどす」

 しばし?

「後ほど、女の子を連れてワタル殿のお宅へお邪魔するです。いろいろ説明あるどすから」

 そうか。まあ、いきなり二人きりにされても気まずいしな。

「わかった。じゃあ、待ってるよ。無理につれて来なくてもいいけど」
「必ず連れて行くどす」

 狐珠はニッコリ笑んで、両手を振ってバイバイする。
 俺もつられて思わず両手バイバイ……しまった。屈辱だ。


 そのまま駅を目指して帰路に就く。
 精神的疲労で街をブラつく気力もなくなった。
 和歌山の件は記憶から消そう。……無理だけど。
 
 暑さは更に増している。
 最近、雨が降ってない。ラーメンのスープが早くも汗に転じる。
 それにしても、変わったデートになっちまった。
 まさか、ヒカリにフラれた後、巫女コスの妖怪とラーメン食べるなんてな。
 そして、今度は俺の彼女……いや、彼女候補が二日間、俺の家に……

 え、マジで泊まるのか?

 わざわざ両親を排除したってことはそうなんだろうな。
 いやいやいや、それはそれでちょっと困るぞ! ドキドキが二日も継続したら俺は死んでしまう。

 慌てて振り返ると、狐珠はもうそこにいなかった。

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