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第5章
テフスペリア大森林 13
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「何から話すべきか迷ったのだが、やはりギタイナのことから話そう。その方が全てをカバーできると思うので」
フィルクはそう切り出した。
「まず、私達の暮らす森精庄はキミ達の世界と比べて時の流れが違うことを知っておいてほしい。そこに住む者は――つまり我々葉人族のことだが、人間と比べて極めて長く生きることができるのだ。なので、我々にはまず"時間"という概念がほぼない。しかし、それはあくまで森精庄内でのことであり、私のようにあの川を越えてしまえば反動で一気に老いていく。だから、葉人族は絶対にこちら側には来ない」
「それなら何でフィルクは……」
ヒエンが心配そうに眉をひそめるが、フィルクは何でもなさそうに「私は変わり者だから」で済ませた。
「なので、キミ達に正確な年数は教えられないことを許してほしい」
フィルクは一同を見渡す。
当然、誰も異論はない。
「葉人族は小さな世界に住んでいるせいで仲間意識が強い分、とても排他的な種族なのだ。だから侵入者を警戒し、見つけ次第その場で斬り殺すことは当然の行為だった。……私とクロンの二人はその時、ここからずっと北方の警備に就いていた。川の向こうはザール公国だ。そして私達は一人の侵入者を見つけた。それがギタイナ――キミの母親だよ」
ダストはフィルクに向かって頷く。
ダストは勿論のこと、ヒエンとユージンもギタイナの遺書を思い出した。
あの手紙が事実ならば、彼女は当時十五歳で薬草を摘んでいたが、対岸に咲く花弁が銀色の珍しい花に惹かれてつい"生死の境界"を越えてしまったということだ。
フィルクの説明もそこまでは同じだったが、ギタイナはその先を伏せていた。
ダストが矢も楯もたまらずに訊く。
「先走ってしまうけど、でもどうしても訊きたい。そのクロンて人が僕の父さんだね?」
「そう。クロンは私の一番の友だった。自分の信念を曲げない立派な戦士さ」
それを聞いただけで、フィルクは早くも目が潤んでいた。
「しかし、それはずっと後のこと。……私達が眼鏡を掛けた少女の侵入を発見した時、最初に剣を抜き、攻撃に出たのもクロンだった。迂闊なことに私はそれを阻止してしまった」
「何でや? 葉人族は侵入した人間を容赦なく斬るんやろ?」
「そうだ。現に私もそれまで十人以上はこの剣で人を殺めてきた。しかし、ギタイナだけは斬れなかった。何故なら、彼女は息を呑むほどに美しかったから」
「……わかった」
ダストはポツリと話す。
「母さんは元々老けていたんじゃなくて、実際に葉人族との暮らしで長い年月を過ごしてきただけなんだ。川を渡ったことによって、取るべき歳を一気に取ったんだね?」
「そう」
ダストはまだまだ口を挟みたかったが、逸る気持ちを抑えてそこからは聞き役に徹した。
「精霊と人間の間に生まれた葉人族は、雌雄異体でありながら男性しか存在しない。"時間"の概念がないので余程のことがない限り"死"に直面しないことから、子を産む存在は誕生しなかった。……我が親である精霊が我々の存在を恥じていたから、種の繁栄を嫌ったのかもしれない」
フィルクの説明はやや難解だった。
父親となる精霊がこの世から離れてしまい、彼らを産んだ人間はその直後に力尽きて全員死んでしまっていたことで、葉人族はその数を増やすことは永遠にできなかった。
減ることも殆どなく、その個体数をほぼ一定の六十に保ちながら数百年を過ごしてきたのだ。
その男集団の中で育ったフィルクは初めて目にする女性――ギタイナに恋をしてしまったが、クロンは外敵としか見做さなかったので躊躇せず斬ろうとした。
しかし、フィルクに止められ一度斬る機会を逸してしまうと、クロンも忽ちギタイナの美貌に打ちのめされてしまった。
彼らはどうするか悩んだが、とりあえずギタイナを連行し、彼女の処遇をどうするか仲間と話し合うことにした。
全会一致の合議制で物事を決めていた葉人族は、ギタイナの処分について意見が真っ二つに分かれたが、最終的には特例として森精庄への居住権を与えることにした。
ギタイナにしてみればそれは好意ではなく完全なる拉致であり居住権など全く求めていなかったのだが、非は自分にあることを考えてその処分を甘んじて受け入れることにした。
ただし、ギタイナに与えられた自由は殆どなかった。
まず、顔や全身の肌を葉人族に似せるよう緑色に塗らなければならなかった。
森精庄内であっても移動は制限されていたし、葉人族に恋愛感情を抱いてもいけなかった。
彼女の役割は偶像に徹することのみだ。
「ところが、若いギタイナには当然なのだろうが、やがて一人の葉人族を恋い慕うようになった。……実に言いにくいのだが相手はこの私なのだ」
ギタイナは身を呈して自分を守ろうとした異種族のフィルクに、脅えながらも一目惚れしてしまった。
それに加え、眼鏡の煩わしさをギタイナから聞いていたフィルクは、その視力を回復させるために"精霊の涙"を贈っていた。
眼鏡から解放されたギタイナは感謝の気持ちを込めてそれをフィルクにプレゼントしたのだが、彼は嬉しい内面を隠して素っ気ない態度を取るしかなかった。
「ギタイナは我々全ての者に癒しを与える女神だ。そんな彼女を私は独占する気持ちにはなれなかった。自分の感情よりも規律を守る方が重要に思われたからだ。必然、私はギタイナにつれない態度を取るようになる。苦しみ憔悴していくギタイナは次第にクロンに慰められることが多くなり、徐々にそちらに惹かれるようになっていった。薬草の知識を教えたのも彼だ。……クロンは私と違って自分の気持ちに正直な男だ。彼は規律を破ってまでもギタイナと一緒になろうと考えていた」
そして、その想いは形となって表れる。
ギタイナはクロンの子供を身ごもってしまった。
他の葉人族に知れたら規律を破ったクロンとギタイナは間違いなく殺される。
しかし、二人は初めからそれを覚悟していた。
誰にも気づかれないように森精庄を抜けて、人間の世界で暮らそうと考えていたのだった。
フィルクはいち早くそれに感づき問い詰めた。
クロンとギタイナは正直に計画を打ち明け、脱走の協力までフィルクに要請してきた。
「私はクロンを許せなかった。そもそも、ギタイナから好意を抱かれていたのは私なのだ。しかし、私は苦しみながらも強い自制心でギタイナから一定の距離を保ち続け自我を抑制していた。ところが、後からギタイナに好意を持ったクロンが簡単に一線を越えてしまった。のみならず、ギタイナにまで危険な目に遭わせようとしている。それなのに私を味方につけようなんてあまりにも虫がよすぎる話だ。怒りと失望で頭がいっぱいの私は、嫉妬心も手伝って仲間に報告しようと考えたが、懸命に哀願するギタイナの表情を見て迷いが生じてきた」
フィルクはギュッと眉根を寄せる。
「私は苦悩の末、彼らに一つの策を授けることにした。祭壇に祀られている弓を盗み、それを武器として使えば、追っ手を逃れて川を越えられるかもしれないと入れ知恵したのだ。成功の見込みは殆どなかったが、それで彼らが死んでしまったとしても私は友やギタイナを裏切ったことにはならない。……そう、卑怯な私は誰からも嫌われずに事を片づけようとしていた。ところが、クロンとギタイナは涙を浮かべ、手を握って私に感謝したのだよ。……信じられるかい? 望み薄の逃避行を提案したこの私にだよ」
自虐的なフィルク、何だかひどく疲れているように見える。
岩壁にもたれかかったまま、その姿勢を崩そうとしない。
「フィルク、大丈夫か? しんどかったら休んでからでもええで」
ヒエンが心配するのも無理はない。
さっきまではあれほど精悍な顔つきだったフィルクが今や別人のようにやつれ果て、呼吸をするのも苦しそうだ。
急速な老いが彼の中で進行しているのはもはや疑う余地もない。
この男はここで逝ってしまうのだと、ヒエンは直感的に思った。
「休んでいる猶予はない。話さなければ……。川を渡ってキミ達に真実を打ち明けるのは、今の私にできるせめてもの罪滅ぼしだよ。私は友と愛する人を裏切り、そして仲間までも裏切った。私が弓を盗むよう入れ知恵したことを今の今まで仲間は知らなかったはずだ。もし、彼らがこの会話を聞いているのだとしたら、この場を借りて謝りたい。……すまなかった」
ヒエンは何と声を掛ければいいのかわからなかった。
他の三人も同様だ。
さっきまで御機嫌で果実を食べていたモブランは、ただオロオロするばかりでこの深刻な事態を受け入れられないでいる。
フィルクは目を瞑りながら話を再開する。
「端的に言えば、ギタイナは運よく川を越えることができたが、クロンは川岸に差し掛かったところで追っ手の矢に当たり死んでしまった。葉人族は永遠の命を持つが、それも殺されるか聖域を越えてしまえば永遠ではなくなる。……当然、クロンにもそれがわかっていた。ほんの一瞬でも愛するギタイナと一緒に過ごしたかったのだろうな」
そこで言葉に詰まる。
心身ともに話を続けるのは辛そうだったが、ここは黙って見守るしかない。
「しばらくの間、彼が盗んだ弓は我々の手の届かない領域に横たわったままとなった。我々はその手の届かない弓に対し、指を咥えて監視するしかできなかったのだが、偶然それを見つけた盗賊にとうとう持ち去られてしまった。我々もできる限りの攻撃を加えたのだが、致命傷を与えるまでには至らなかった。……それにしても、ギタイナが無事に森を出てキミのような立派な子供を産んでいたなんて今でも信じられない。盗賊団は全身を緑色に塗った彼女をおそれて手が出せなかったようだな。……ダスト。ギタイナは今どうしてる?」
ダストは静かに答える。
「母さんはつい最近死んだよ。幸せに人生を全うできたと思う」
「……そうか」
閉じた目からフィルクは涙を流した。
万感の思いが一気にこみ上げてきたのだろう。
「彼女は私を恨んでいただろうな」
「フィルク」
老人のようにシワシワになっている葉人族の手を、ダストは力強く握った。
「母さん――ギタイナ・ブランカは僕にあなたと同じ名前をつけたんだ。僕の真実の名はフィルク・ブランカだよ。母さんはあなたが大好きだったんだ。間違いないよ。僕は母さんにとても愛されていたからね」
「……ギタイナ」
フィルクは心から安堵し、そっと微笑を浮かべる。それは彼を喜ばせる最適の言葉だった。
フィルクはそう切り出した。
「まず、私達の暮らす森精庄はキミ達の世界と比べて時の流れが違うことを知っておいてほしい。そこに住む者は――つまり我々葉人族のことだが、人間と比べて極めて長く生きることができるのだ。なので、我々にはまず"時間"という概念がほぼない。しかし、それはあくまで森精庄内でのことであり、私のようにあの川を越えてしまえば反動で一気に老いていく。だから、葉人族は絶対にこちら側には来ない」
「それなら何でフィルクは……」
ヒエンが心配そうに眉をひそめるが、フィルクは何でもなさそうに「私は変わり者だから」で済ませた。
「なので、キミ達に正確な年数は教えられないことを許してほしい」
フィルクは一同を見渡す。
当然、誰も異論はない。
「葉人族は小さな世界に住んでいるせいで仲間意識が強い分、とても排他的な種族なのだ。だから侵入者を警戒し、見つけ次第その場で斬り殺すことは当然の行為だった。……私とクロンの二人はその時、ここからずっと北方の警備に就いていた。川の向こうはザール公国だ。そして私達は一人の侵入者を見つけた。それがギタイナ――キミの母親だよ」
ダストはフィルクに向かって頷く。
ダストは勿論のこと、ヒエンとユージンもギタイナの遺書を思い出した。
あの手紙が事実ならば、彼女は当時十五歳で薬草を摘んでいたが、対岸に咲く花弁が銀色の珍しい花に惹かれてつい"生死の境界"を越えてしまったということだ。
フィルクの説明もそこまでは同じだったが、ギタイナはその先を伏せていた。
ダストが矢も楯もたまらずに訊く。
「先走ってしまうけど、でもどうしても訊きたい。そのクロンて人が僕の父さんだね?」
「そう。クロンは私の一番の友だった。自分の信念を曲げない立派な戦士さ」
それを聞いただけで、フィルクは早くも目が潤んでいた。
「しかし、それはずっと後のこと。……私達が眼鏡を掛けた少女の侵入を発見した時、最初に剣を抜き、攻撃に出たのもクロンだった。迂闊なことに私はそれを阻止してしまった」
「何でや? 葉人族は侵入した人間を容赦なく斬るんやろ?」
「そうだ。現に私もそれまで十人以上はこの剣で人を殺めてきた。しかし、ギタイナだけは斬れなかった。何故なら、彼女は息を呑むほどに美しかったから」
「……わかった」
ダストはポツリと話す。
「母さんは元々老けていたんじゃなくて、実際に葉人族との暮らしで長い年月を過ごしてきただけなんだ。川を渡ったことによって、取るべき歳を一気に取ったんだね?」
「そう」
ダストはまだまだ口を挟みたかったが、逸る気持ちを抑えてそこからは聞き役に徹した。
「精霊と人間の間に生まれた葉人族は、雌雄異体でありながら男性しか存在しない。"時間"の概念がないので余程のことがない限り"死"に直面しないことから、子を産む存在は誕生しなかった。……我が親である精霊が我々の存在を恥じていたから、種の繁栄を嫌ったのかもしれない」
フィルクの説明はやや難解だった。
父親となる精霊がこの世から離れてしまい、彼らを産んだ人間はその直後に力尽きて全員死んでしまっていたことで、葉人族はその数を増やすことは永遠にできなかった。
減ることも殆どなく、その個体数をほぼ一定の六十に保ちながら数百年を過ごしてきたのだ。
その男集団の中で育ったフィルクは初めて目にする女性――ギタイナに恋をしてしまったが、クロンは外敵としか見做さなかったので躊躇せず斬ろうとした。
しかし、フィルクに止められ一度斬る機会を逸してしまうと、クロンも忽ちギタイナの美貌に打ちのめされてしまった。
彼らはどうするか悩んだが、とりあえずギタイナを連行し、彼女の処遇をどうするか仲間と話し合うことにした。
全会一致の合議制で物事を決めていた葉人族は、ギタイナの処分について意見が真っ二つに分かれたが、最終的には特例として森精庄への居住権を与えることにした。
ギタイナにしてみればそれは好意ではなく完全なる拉致であり居住権など全く求めていなかったのだが、非は自分にあることを考えてその処分を甘んじて受け入れることにした。
ただし、ギタイナに与えられた自由は殆どなかった。
まず、顔や全身の肌を葉人族に似せるよう緑色に塗らなければならなかった。
森精庄内であっても移動は制限されていたし、葉人族に恋愛感情を抱いてもいけなかった。
彼女の役割は偶像に徹することのみだ。
「ところが、若いギタイナには当然なのだろうが、やがて一人の葉人族を恋い慕うようになった。……実に言いにくいのだが相手はこの私なのだ」
ギタイナは身を呈して自分を守ろうとした異種族のフィルクに、脅えながらも一目惚れしてしまった。
それに加え、眼鏡の煩わしさをギタイナから聞いていたフィルクは、その視力を回復させるために"精霊の涙"を贈っていた。
眼鏡から解放されたギタイナは感謝の気持ちを込めてそれをフィルクにプレゼントしたのだが、彼は嬉しい内面を隠して素っ気ない態度を取るしかなかった。
「ギタイナは我々全ての者に癒しを与える女神だ。そんな彼女を私は独占する気持ちにはなれなかった。自分の感情よりも規律を守る方が重要に思われたからだ。必然、私はギタイナにつれない態度を取るようになる。苦しみ憔悴していくギタイナは次第にクロンに慰められることが多くなり、徐々にそちらに惹かれるようになっていった。薬草の知識を教えたのも彼だ。……クロンは私と違って自分の気持ちに正直な男だ。彼は規律を破ってまでもギタイナと一緒になろうと考えていた」
そして、その想いは形となって表れる。
ギタイナはクロンの子供を身ごもってしまった。
他の葉人族に知れたら規律を破ったクロンとギタイナは間違いなく殺される。
しかし、二人は初めからそれを覚悟していた。
誰にも気づかれないように森精庄を抜けて、人間の世界で暮らそうと考えていたのだった。
フィルクはいち早くそれに感づき問い詰めた。
クロンとギタイナは正直に計画を打ち明け、脱走の協力までフィルクに要請してきた。
「私はクロンを許せなかった。そもそも、ギタイナから好意を抱かれていたのは私なのだ。しかし、私は苦しみながらも強い自制心でギタイナから一定の距離を保ち続け自我を抑制していた。ところが、後からギタイナに好意を持ったクロンが簡単に一線を越えてしまった。のみならず、ギタイナにまで危険な目に遭わせようとしている。それなのに私を味方につけようなんてあまりにも虫がよすぎる話だ。怒りと失望で頭がいっぱいの私は、嫉妬心も手伝って仲間に報告しようと考えたが、懸命に哀願するギタイナの表情を見て迷いが生じてきた」
フィルクはギュッと眉根を寄せる。
「私は苦悩の末、彼らに一つの策を授けることにした。祭壇に祀られている弓を盗み、それを武器として使えば、追っ手を逃れて川を越えられるかもしれないと入れ知恵したのだ。成功の見込みは殆どなかったが、それで彼らが死んでしまったとしても私は友やギタイナを裏切ったことにはならない。……そう、卑怯な私は誰からも嫌われずに事を片づけようとしていた。ところが、クロンとギタイナは涙を浮かべ、手を握って私に感謝したのだよ。……信じられるかい? 望み薄の逃避行を提案したこの私にだよ」
自虐的なフィルク、何だかひどく疲れているように見える。
岩壁にもたれかかったまま、その姿勢を崩そうとしない。
「フィルク、大丈夫か? しんどかったら休んでからでもええで」
ヒエンが心配するのも無理はない。
さっきまではあれほど精悍な顔つきだったフィルクが今や別人のようにやつれ果て、呼吸をするのも苦しそうだ。
急速な老いが彼の中で進行しているのはもはや疑う余地もない。
この男はここで逝ってしまうのだと、ヒエンは直感的に思った。
「休んでいる猶予はない。話さなければ……。川を渡ってキミ達に真実を打ち明けるのは、今の私にできるせめてもの罪滅ぼしだよ。私は友と愛する人を裏切り、そして仲間までも裏切った。私が弓を盗むよう入れ知恵したことを今の今まで仲間は知らなかったはずだ。もし、彼らがこの会話を聞いているのだとしたら、この場を借りて謝りたい。……すまなかった」
ヒエンは何と声を掛ければいいのかわからなかった。
他の三人も同様だ。
さっきまで御機嫌で果実を食べていたモブランは、ただオロオロするばかりでこの深刻な事態を受け入れられないでいる。
フィルクは目を瞑りながら話を再開する。
「端的に言えば、ギタイナは運よく川を越えることができたが、クロンは川岸に差し掛かったところで追っ手の矢に当たり死んでしまった。葉人族は永遠の命を持つが、それも殺されるか聖域を越えてしまえば永遠ではなくなる。……当然、クロンにもそれがわかっていた。ほんの一瞬でも愛するギタイナと一緒に過ごしたかったのだろうな」
そこで言葉に詰まる。
心身ともに話を続けるのは辛そうだったが、ここは黙って見守るしかない。
「しばらくの間、彼が盗んだ弓は我々の手の届かない領域に横たわったままとなった。我々はその手の届かない弓に対し、指を咥えて監視するしかできなかったのだが、偶然それを見つけた盗賊にとうとう持ち去られてしまった。我々もできる限りの攻撃を加えたのだが、致命傷を与えるまでには至らなかった。……それにしても、ギタイナが無事に森を出てキミのような立派な子供を産んでいたなんて今でも信じられない。盗賊団は全身を緑色に塗った彼女をおそれて手が出せなかったようだな。……ダスト。ギタイナは今どうしてる?」
ダストは静かに答える。
「母さんはつい最近死んだよ。幸せに人生を全うできたと思う」
「……そうか」
閉じた目からフィルクは涙を流した。
万感の思いが一気にこみ上げてきたのだろう。
「彼女は私を恨んでいただろうな」
「フィルク」
老人のようにシワシワになっている葉人族の手を、ダストは力強く握った。
「母さん――ギタイナ・ブランカは僕にあなたと同じ名前をつけたんだ。僕の真実の名はフィルク・ブランカだよ。母さんはあなたが大好きだったんだ。間違いないよ。僕は母さんにとても愛されていたからね」
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